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40話、ベアトリスの晩餐

 海辺の町エスティライトで偶然出会ったエメラルダと数日過ごした後、私は彼女に別れを告げてまた旅を再開していた。


 これからどこへ向かおうか迷い、箒に乗って海を越えるのもいいかな、と思ったのだが、いつ陸にたどり着けるか分からないのでそれはやめておいた。

 なので大人しく陸路を歩き、適当に次の町を探すことにしていた。


 ……しかし、エスティライトを後にして二日ほど経ったのだが、特に目ぼしい町は見つからない。

 向かった方向が悪かったのか、針葉樹が広がる森を進むしかなく、今の私は完全に森の中で迷子状態だったのだ。


「やばい……どうしよう」


 森に入って三日目の夜が間もなくやってこようとしていた。


 細長い針葉樹は太陽の光を結構通してくれるので、日中はそれなりに明るく暖かい。

 しかし夜になると当然辺りは真っ暗闇に包まれ、夜行性の動物たちの鳴き声があちこちから聞こえてくる。


 私は魔女なので魔術で火も起こせるし、動物避けの魔術で蚊なども寄り付かないので、夜でも結構快適に過ごすことが出きる。

 それでも、真っ暗闇の森の中で数日過ごすのはやっぱり嫌だ。気が滅入る。


 せめてこの森からは出たいと思った私は、夕日が沈んでいくのにも構わず足を進めていた。


「リリア、もう諦めて野宿の準備をしたら?」

「ま、まだもうちょっとだけ進ませて。もしかしたら森から抜けられるかもしれないしっ」


 ライラが多分無理でしょそれ、と言いたげな顔をしていたが、私の足は止まらない。

 まだ日は完全に落ちてない。周囲はどんどん薄暗くなっていくが、まだ進める。


 きっともう少しで森から出られるはずだ。

 そんな希望を抱いて必死に歩いていると、やや遠くの方で密集していた木々が突然無くなっている空間を発見した。


 もしかしたら森の出口かもしれない。

 気がはやりながらも、うっかりこけないように足早にそこを目指す。


 そしてようやくその木々が開けた空間にたどり着いた時、私は思わず間が抜けた声を出してしまっていた。


「なにこれ。洋館……?」


 そこにあったのは、こんな森の中になぜ建てられたのかと疑ってしまうほど立派な洋館だった。

 見た目は少し古い物の、厳かな雰囲気を纏っている。廃墟には見えないので、もしかしたら人が住んでいるのかもしれない。


 ……人が住んでいるなら、事情を話したら泊めてくれたりしないかな?


 そんな淡い希望を抱いて洋館に近づき、頑丈そうな玄関の扉にたどり着く。

 するとライラが慌てた声を出して私の袖を引っ張った。


「ちょっとリリア、まさかこの洋館に入るつもり?」

「入るっていうか、人が住んでるか確認したいんだけど。人がいたら泊めてくれるかもしれないし、いなくても中で一晩過ごせるじゃない」

「でも妙よ。なんでこんな森の中に洋館なんて建ってるわけ? 人が住んでたとしても、住んでなかったとしても、絶対変」


 ……確かにライラの言う通りだ。

 森小屋ならまだしも、こんな立派な洋館をなぜ森の中に建てる必要があるのだろう。

 近隣の町からは遠そうだし、あえて建てるとしたら……人目につきたくないから?


 そんなことを考えて、今にも洋館の扉をノックしようとしていた手が止まる。

 しかしそれと同時に、目の前の扉がぎぎぎ、と不愉快な音を立てて開きはじめた。


「……外から話し声が聞こえると思ったら、こんな時間にお客様かしら?」


 扉の先から現れたのは、目も覚めるような美少女だった。

 鮮やかな金髪に、雪のように白い肌。そして真っ赤な瞳。


 背は私と同じくらい。年齢も今の私の見た目と同じくらいだろうか。

 まるでこの世の物とは思えない、神秘的な少女だ。


「あの……私、森の中で道に迷ってしまって、できれば夜を安全に過ごしたいんですけど……」


 同性でありながら少女の美しさに思わず息を飲んでいた私だったが、気を落ち着けダメ元でそう聞いてみる。

 すると少女はくすりとほほ笑んだ。


「そう、だったら泊まっていったらどうかしら? 一人暮らしには広すぎる館だから、あなたを泊める部屋ならいくらでもあるわ」

「いいんですか? ありがとうございます」


 聞いてみるものだ。まさかこんな森の中で、立派な館にお泊りできるとは想像もしていなかった。

 ライラはなんだか不安そうな顔をしていたけど、この少女の言葉に甘えて一泊することに決める。


「さあどうぞ。遠慮しないで入ってちょうだい」


 金髪の少女に招き入れられて、彼女と肩を並べて洋館の中を歩いていく。

 廊下は品の良い絨毯がしかれ、壁には絵画などが飾られていた。


「私はベアトリス。あなたは?」

「私はリリア。当てもなく旅をしている最中です」

「その姿格好からすると、もしかして魔女かしら?」

「ええ、一応は」


 私が魔女であることは見た目から簡単に分かるので、素直に頷いておいた。


「魔女のリリアさんね。私と同じ年頃のようだから、そんなに気を使わなくていいわよ」

「……なら少しだけお言葉に甘えます」


 彼女の言葉を受け入れておくが、私は突然の客なのだから敬意は忘れないよう心に留める。


「そちらの妖精さんも、私に気を遣わなくても構わないわ」


 金髪の少女ベアトリスがそう言うと、私の肩にとまっていたライラがびくんと体を震わせた。


「この子が見えるんですか?」

「ええ、私はどうやら魔女の素質があるらしく、昔から妖精の姿は見えていたの。森の中にも妖精が結構いるし、結構身近な存在よ」

「そうなんですか……あ、この子の名前はライラです」


 一向に口を開かないライラの代わりに私が紹介してあげる。

 どうやらライラは自分の姿が見えるベアトリスのことを警戒しているようだ。


 エメラルダにもその姿を見られていたライラだが、私の知り合いでもあるエメラルダと初対面のベアトリスでは、警戒心が段違いなのだろう。

 砂漠でカナデさんと出会った時は……カニでテンション高かったからな。


 もともと妖精は警戒心が強い生き物なので、今のライラを別に変だとは思わない。

 ベアトリスも妖精は身近な存在と言っているだけあって、ライラの態度を特別変だと思ってはいないようだ。


 長い廊下を歩き続けてベアトリスに案内されたのは、大広間だった。

 長いテーブルにいくつもの椅子が並べられ、大人数の晩餐会が目に浮かぶようだ。

 しかし、どうもこの洋館には人の気配が無い。


「先ほど言ってましたけど、本当に一人暮らしなんですか?」

「ええ、こんな森の中にある洋館だから、結構安くて思わず買ってしまったの。今さらだけど、失敗だったわね。無駄に広くて、町も遠くて、しかも夜の森は結構うるさいわ」


 自虐的に笑うベアトリスに、失礼にならない程度に愛想笑いを返しておく。


 私も最初に思ったが、館自体は立派だが立地は良いと言えない。

 これなら確かに格安で購入できそうな物件だ。


 ……とはいえ、見た目若いこの少女がこんな館を買ったり、ここで一人暮らしをしているのには少し違和感を覚える。

 話し方もそうだが、どうも見た目通りの年齢とは思えない落ち着きがある。


 まさか、私のように見た目と実年齢が一致しないということは無いと思うが……。

 ほんの少しの疑念を抱いてベアトリスの顔を見つめると、彼女は私の視線に気づいてくすりと笑った。


 ……まるで、私の心を見透かすかのように。


「そろそろ良い時間だし、お腹が空いて来たでしょう? せっかくだから、ごはんも食べていったら?」

「それはありがたいですけど、いいんですか?」

「もちろんよ。人と会話しながらごはんを食べるなんて久しぶりだから、むしろ私の方がお願いしたいくらいだわ」


 冗談めかして言葉尻を浮かせた後、席について待っていて、とベアトリスは言いのこし、大広間から出ていった。


「ねえリリア、今からでも遅くないわ。この洋館から出ましょうよ」


 ベアトリスがいなくなったとたん、ライラが普段よりも私に身を寄せてそうささやいた。


「え、今さらそんなことしたら、かなり失礼だよ。せっかく招いてくれたのに」

「でも……」

「なにか気になることでもあるの?」


 ライラがここまで警戒するのは初めてだ。何か不安の種があるのだろうか?


「なんとなく……だけど、あのベアトリスって人から変な気配がするの。妖精とは対極の存在というか……あと、彼女から血の匂いも感じるわ」

「……?」


 妖精とは対極の存在? 血の匂い?

 私はそうは感じられなかったが、ライラは彼女にそういう印象を持ったらしい。


 それにしても、妖精の対極の存在とはなんだろうか。

 妖精は自然の存在だから……自然とは別のもの?

 うーん、その答えに一番近いのは人間のような気がするんだけど……ライラの言い方だと多分違うのだろう。


 もしくは人間であって人間でないもの、とか?

 ライラの印象はよく分からない謎かけのようで、考えても良い答えは浮かばない。


 そうしているうちにベアトリスがまた大広間に姿をあらわした。

 彼女は三人分の料理を乗せた台車をごろごろと転がして、自らの手で私たちの前に料理を運んでいく。


 手伝おうとした私だが、お客様にそんなことはさせられない、とやんわり断られ、私はしかたなく座り続けた。

 ほどなくして三人分の料理が運ばれ、隣り合って座る私とライラの正面の席にベアトリスが座った。


 真っ赤なトマトスープに、血がしたたるようなレアステーキ、そしてテーブルの中央には小麦の上品な匂いが漂う山盛りのパン。

 喉を潤してくれるのは香り立つぶどうジュースだ。

 これは文句なくごちそうだ。匂いだけで食欲が沸いてくる。


「妖精さん用の食器は無かったから、子供用の食器で代用しておいたわ。食べにくかったら教えてちょうだい」


 ライラへの気遣いまで見せるベアトリスは、私からしたら何ら変なことはない。

 ライラが血の匂いがする、と言っていたのは、今日の料理がたまたまレアステーキだったからではないだろうか。


「さて、それではいただきましょうか」


 ベアトリスが歌うような声でそう言って、私たち三人の食事が始まった。

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