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25話、オリーブオイルを食べようの会前半

 ヘレンの町に滞在して二日目のお昼。

 今日の昼食はどうしようかとお店を見て回っていた私は、妙な店を発見して足を止めていた。


 飲食店が立ち並ぶ区域のちょうど角に位置する、緑色の壁が特徴的な小ぢんまりとしたお店。

 その看板に書かれていた文字を思わず口にしてしまう。


「オリーブオイルを食べようの会……?」


 本当に変なのだが、それがそのお店の名前らしい。

 色々とツッコミたい店名なのだが、どこから指摘したものか考えあぐねて最終的にツッコめなくなってしまう。


 店名から察するにまずまともなお店ではないだろう。偏見かもしれないが、そうとしか思えない。

 だって、常人はオリーブオイルを食べるなんて表現しないだろうし、こんな妙な店名にだってしないと思う。


 普段の私ならこんなお店に入ることは絶対にないと言いきれる。だってごはんは普通においしいのが食べたいもん。


 でもこれまでの旅が私を変えたのか、はたまた、今日のお昼が失敗でも夜においしいの食べればいいじゃんという打算的な考えをしたせいか、私は自然とこの妙なお店に入店してしまっていた。


 お店に入ってまず目に入ったのは、薄暗い店内だった。

 ひょっとしてまだ開いてなかったのかな? と思ったが、カウンター席にはすでに一人の男性が座ってたし、どうやらこの薄暗さはこのお店にとって普通らしい。


「いらっしゃい」


 カウンターの向こう側にいる不愛想な顔をした店員さんがそう言い、カウンター席に水が注がれたコップを置く。ここに座れと言わんばかりだ。

 テーブル席が空いていたが、別にテーブル席へのこだわりもないし、おとなしくカウンター席に座ることにした。


「えーっと、メニューは……?」


 席に座ってメニューを探していると、店員さんが無言で卵サラダの入ったお皿をテーブルに置いてきた。え、ここ勝手に料理が出てくる感じ?


「お嬢さん、ここは初めてかい?」


 どうしたものかとうろたえていると、隣りに座っていたちょっと渋いおじ様が話しかけてきた。彼は最初からお店にいた人だ。


「ここはオリーブオイルのフルコースしかやってないんだ。だからメニューなんてないんだよお嬢さん」


 渋いおじ様はそう言いながら、やけに渋い仕草でグラスに注がれた鮮やかな緑色の液体を飲んでいく。


 やばい、もうなんか色々とツッコみたい。オリーブオイルのフルコースってなに? とか、グラスの中の緑色の液体ってひょっとしてオリーブオイル? とか。


 でもなんかツッコむにツッコめない雰囲気なので、軽く相づちをするのにとどめておいた。私だって空気は読む。


 もう料理は出されてしまったし、この異様なお店から脱出するにはオリーブオイルのフルコースとやらを食べなければいけないのだろう。しょうがない、やるしかない。


 私はちょっとだけ気合を入れて、先ほど出された卵サラダを眺めてみた。フルコースと言っていたので、きっとこれは前菜だろう。

 卵サラダは端的に言っておいしそうだった。角切りにしたゆで卵を乳白色のソースで和えた物が、みずみずしいレタスの上に乗っている。


 しかしオリーブオイルのフルコースだというだけあって、キラキラと緑色に輝く液体、つまりオリーブオイルがたっぷりとかけられている。

 別にオリーブオイルは嫌いじゃない。むしろ塩コショウで軽く味付けしたオリーブオイルをパンにつけて食べるのは好きな方だ。


 でも、この乳白色のソースはおそらくマヨネーズ。オリーブオイルと相性がいいとは思えないけど……。


 意を決してスプーンを握り、卵サラダを一口食べる。


 口に入れた途端、オリーブオイルの香りが鼻を通り抜ける。やはりオリーブオイルにこだわりがあるのか、かなり上質の物らしい。

 だが問題は卵サラダとの相性だ。私は恐る恐る咀嚼して、ゆっくり味わっていく。


「……あれ、これクリームチーズだ」


 食べてみて分かったが、卵と和えてあるこの乳白色のソースは、マヨネーズではなくクリームチーズを使った物だった。

 ほのかに酸味を感じるクリームチーズとオリーブオイルの相性はかなり良い。そこに卵が加わるのだから、もう言うことは無い。


「うーん、結構おいしいなこれ……」


 私は思わずそう小さく漏らしていた。

 正直まともなお店と思えなかったので、こんなにおいしい料理を出されるのは意外だった。


 夢中になってもぐもぐと卵サラダを食べていると、不愛想な店員さんが私の前にパンが入ったバスケットを置いて来た。卵サラダと一緒に食べろと言うことだろうか?


「そのパンはここの自家製パンだ。オリーブオイルを使ってあるから、病みつきになるぜ」


 また隣りの渋いおじ様が話しかけてきた。店員さんは無口なのに、なぜかこの人が料理の説明をしてくる。このシステムなんなの?


 それにしてもオリーブオイルを使ったパンか。パンって作る時に油分とか必要だっけ?

 クロワッサンはバターを使うらしいけど、このパンはロールパンだ。ロールパンに油を使うのかどうかは……私知らない。


 でもパンからは良い匂いが漂ってくるし、モチモチしててとてもおいしそうだ。特に問題はないだろう。

 まずはパンだけを味わってみることに。


「ん……良い匂いしてる」


 焼きたてのパン特有の良い匂いに交じって、オリーブオイルの香りをほのかに感じた。

 香ばしい匂いで一気に食欲をかきたてられ、早速一噛じりしてみた。


 口の中に入れるとパンの香りが更に広がっていく。小麦の素朴な味だけでなく、甘みも感じられた。

 意外だが、このお店はおいしくてまともな料理を提供してくれるらしい。良かった。店名と違ってそこそこまともで良かった。


 次はちぎったロールパンに卵サラダを乗せて食べてみることにした。

 オリーブオイルがたっぷりかけられた卵サラダと、オリーブオイルを使ったロールパン。完全にオリーブオイルが過多だが、当然のようにおいしい。


 特にクリームチーズの酸味が効いていて、オリーブオイルの強い香りをさっぱりと飛ばして後味を爽やかにしてくれる。

 ずっとオリーブオイルの香りが口内に残っていたら胸焼けしそうだし、後味がさっぱりするのは良いことだと思う。おかげで食べる手が止まらない。


 と、卵サラダとロールパンだけでお腹いっぱいにしそうな私の前に、また一つ料理が差し出された。

 コース料理では前菜の次はスープと相場が決まっている。案の定次の料理はスープだった。しかし、その見た目はちょっとインパクトある。


 オリーブオイルと思われる緑色の膜がところどころ張ったスープの中央に、大きなトマトが丸ごと一個。

 どうやらこれは、トマトを一個丸ごと煮込んだスープらしい。案の定オリーブオイルもたっぷり使われてある。


 少々見た目のインパクトに面食らったが、別に変な料理という訳ではない。トマトを使ったスープは珍しくないし、オリーブオイルとの相性だって悪くないはずだ。

 さすがにこのスープが全部オリーブオイルだったら引いてたけど……さすがにそれはね? このお店でもさすがにやらないよね?


「マスター、もう一杯お代わり」


 隣の渋いおじ様がグラスに入った緑色の液体を飲みほしてからそう言うと、空のグラスにまた緑色の液体が注がれていく。


「やっぱりこいつは原液で飲むに限るな」


 渋いおじ様はそう呟いて、何かに取りつかれたように緑色の液体を飲んでいく。私は平静を保つためそれを見て見ぬふりをした。


 さすがにね? オリーブオイルをそのまま飲む人なんてね? いないよね?

 あの緑色の液体はきっとオリーブオイルじゃないよ。だったら引いちゃう。


 私は気を取り直して、トマトが丸ごと入ったスープを飲んでみた。

 スープはさらさらとしていて口当たりが良く、結構淡泊な味わいだ。

 しかしトマトの甘みと酸味の他、オリーブオイルが入っていて何だか複雑な感じ。何か深い味わいとでも言うのだろうか。


 おいしいと言えばおいしい。ただちょっと酸っぱいかな。

 口内の酸っぱさを中和したくなってか、トマトのスープを飲むとパンが食べたくなってくる。自然と私の手はパンをちぎって口に運んでいた。


 うん、パンとスープの相性は悪くない。もうこれだけで満足。パンと言ったらやっぱりスープだよスープ。


 しかし、三品もオリーブオイルが使われた料理を食べると、さすがにオリーブオイルという存在が気になってくる。

 まあ確かに、今まででてきた料理はどれもおいしかった。でもどれもこれもオリーブオイルって。いや店名からそれは予想できるけどさ。


 コース料理ということは、後残り魚料理と肉料理が出てくるはずだ。あ、デザートとかも出るっけ?

 前菜、パン、スープ。この三品はコースの前半だからかオリーブオイルの主張は強くなかったけど……メイン所の料理はどうなのだろう。


 私はちょっと不安に思いながら、スープを飲みつつ次の料理を待つのだった。

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