188話、デザートのオマーリとハイビスカスティー
「はぁ……暑すぎて燃え尽きるところだったわ」
正面の席に座るベアトリスが、パタパタと扇を仰いで涼んでいる。
釣りの後、私達は食後のデザートを食べるために別のお店へと足を運んでいた。
実はこうしてデザートを食べに来たのは、ベアトリスの機嫌を直すためでもある。
というのも、私が釣りをしていた二時間あまりはベアトリスにとって拷問とも言える虚無の時間だったらしく、あの後も何度かあの時間はなんだったのかとしつこく問われ続けていたのだ。
釣りはああしてまったりするのが良いんだよ。そう言いたかった私だけど、さすがにあの暑さの中で釣りをするもんじゃなかったなと反省はしているので、何も言い返せずにいた。
その代わりに、道すがら発見したお店でデザートを食べようと提案したのだ。見え見えのご機嫌取りとも言える。
でもベアトリスはベアトリスで、このまま外をうろつくよりも直射日光を防げるお店の中に入りたかったらしく、今失われた二時間を取り戻そうとしているのだった。
「本当に……なんだったのかしら、あの時間は」
「……まだ言う?」
「言うわ。何度でも言う。あれは吸血鬼を退治するための新たな手法ね。今度釣りでも行きませんか? あら、いいですわね。そうやってのこのこやってきたら、太陽の下でじりじり焼かれながら釣りをすることになるのよ」
いや……そもそも吸血鬼が昼にうろつかないでよ。
そうツッコみたいのはやまやまだったけど、さっきの溶けかけていたベアトリスを思い出して我慢する。
「まあ、ほら、ね? デザート食べようよ、デザート」
わざとらしく話を変えながらメニューを開く。ベアトリスも体を乗り出してメニューを覗き込んできた。
「ベアトリスはやっぱりラズベリー系?」
「……そうね、いえ、でもあなたと同じので良いわ」
「え? いいの?」
「どうせこの辺でしか食べられないデザートを頼むんでしょう? 私からしたらラズベリーが鉄板だけど、せっかく旅してるんだから色々食べてみたいものね」
ベアトリスも私のポリシーに染まりつつあるのか、珍しい物を食べたくなってるようだ。
そう、こうして旅をしているんだから、見慣れないものを食べてみないと新たな出会いは得られない。
「じゃあこのオマーリっていうのを二つ頼んでおくね」
ライラの分は私とベアトリスのを分ける。しかしベアトリスと一緒に旅をするようになって、二人ともライラにごはんを分けるからライラの食べる分が増えてしまってる。
まあ、ライラは体型変化しないからいいんだけど。
「……?」
ちらっとライラを見ると、のほほんとテーブルに座りながら小首をかしげていた。
こうしていると普通の可愛い妖精なんだけどな。神秘性が復活しているようにも見える。
とにかく食べるデザートが決まったので、店員さんに注文を告げる。ついでに飲み物も注文しておいた。当然この辺で飲める珍しいやつ。
「ところでそのオマーリってデザートはどういう物なわけ?」
ベアトリスに問われ、私は少し咳払いをする。
「これはね、この辺で伝統的なデザートらしいよ。簡単に言うと甘いグラタンみたいなやつ」
「甘いグラタン……?」
ベアトリスはそれを想像したのか、ちょっと難しい顔をする。
「おいしいの? それ」
「さあ? 分からないから食べてみるんじゃん」
「分からないってことを堂々と言わないでよ……」
はぁ、とベアトリスにため息をつかれる。
ベアトリスはお店でごはんなどを頼むときは、味が想像できるものを選ぶタイプだ。
対して私は味が想像できなくても突っ込むタイプ。前はそうじゃなかったけど、この旅が私をそう進化させてくれた。
そう、これは進化なのだ。
「せめてどういう味なのかくらいは店員さんに聞けばいいのに……」
「分かってないなぁベアトリスは。いい? ごはんって言うのは、釣りと同じだよ。釣りっていつ何が釣れるのかわからない。だからわくわくするんでしょ。ごはんを頼むのもそれと一緒で、どんな味か分からないからドキドキするんじゃん」
「釣りを例えにしているけど、それギャンブル的な思考よね? 前もスロットでドツボにハマってたけど、あなたそういう思考はやめた方がいいわ。絶対ギャンブル向いてないんだから」
あれっ!? なんか私怒られてる!? どうして! 私はただごはんを注文する時のわくわく感を説明しただけなのに。
「っていうかあなた、釣りが好きなのもそういう思考だからなわけ? ギャンブル的価値観で釣りをしてるなら、どうりで釣れないわけだわ……あなたギャンブル向いてないんだもの」
また言われた!?
違うよ……釣りも味がわからない料理を注文するのも、ギャンブルなんかじゃ……。
そんな時、折よく注文したデザートと飲み物がやってきた。
「あら、本当にグラタンみたいね」
ベアトリスの意識もやってきたオマーリへと逸れたらしく、ほっと一息つく。
オマーリは、いわばミルクグラタンだ。焼いて砕いたパイ生地やナッツ、干しブドウなどをグラタン皿に入れ、その上にココナッツミルクと生クリームを混ぜ合わせた液体をそそぎ、オーブンで焼き上げるらしい。
見た目は本当にグラタンぽくて、とてもデザートに見えない。
とりあえずライラの分を取り分けて、さっそくその味を確かめようとフォークを持つ。
そこで、じっとこちらを伺うベアトリスとライラの視線に気づいた。
「どうしたの? 食べないの?」
「味が想像できないから、まずはあなたが食べるのを見ておくわ」
「リリア、味のレポートお願いね」
……え? 毒見みたいなことさせられている?
でも二人が様子見するのも分かる。だってこれ、見た目完全にグラタンだもん。
デザートと思って一口食べたらグラタンだった、なんて不安に思うのもわかる。
ごくりと喉を鳴らして、思い切って一口ぱくり。
「……うっ」
「なに? やっぱりギャンブルに負けた?」
「いや、勝った! おいしいよこれ!」
見た目からどうしてもチーズやミルクのグラタン味が脳内に再生されていたが、食べてみるとココナッツミルク特有の癖のある甘さが口いっぱいに広がった。
ちょっとふやけたパイ生地がココナッツミルクに絡まり、じゅわじゅわっと甘さが広がる味わい。
なにより面白いのがグラタンみたいに熱々だということ。デザートなのに熱いっていうのは結構珍しい気がする。熱いと甘さも際立つのか、ココナッツ風味のミルク味が強烈だ。
しかしあまりにも甘いので、自然口内をさっぱりさせる飲み物を欲してしまう。
私は一緒に注文していた飲み物が入ったグラスを手に取った。
「そういえばそれ、何の飲み物なの? 見た目は赤いけど……」
「これ? ハイビスカスティー。ハイビスカスの花で作ったお茶だよ」
「へえ……以前にも飲んだことあるの?」
「ううん、これは初めて」
「……飲み物すら飲んだことがないのを頼むのね」
ベアトリスの呆れた目が私を見つめる。
「大丈夫大丈夫、花のお茶は何度か作った事あるもん。これは大体味が想像できるよ」
お花のお茶は大体が酸っぱかったりちょっとほろ苦い感じだ。
このハイビスカスティーもその例に漏れず、ちょっと酸っぱめでさっぱり系な味だった。オマーリとちょうどあっている。
「うん。オマーリとハイビスカスティー、相性いいよ。いやー、これを一緒に注文して良かったよ。どっちも新鮮な感じ」
パクパクごくごく食べては飲む私を見て、ライラとベアトリスは顔を見合わせた。
「ギャンブルは弱いくせに、ごはんは結構外れないわよね」
「リリアのおいしいものを食べたいって執念がそうさせるのかもね」
二人とも何を納得したのか、私に続いてオマーリを食べ始める。
食べたことがない料理を頼むのがギャンブルだなんてとんでもない。それはおいしいごはんを求めてのことなんだ。その結果当たり外れはあっても、新しい出会いには変わりがない。
そのことがきっとベアトリスにも通じたと思う。私はそんな印象を抱いて満足していた。
すると、ハイビスカスティーをごくごく飲みながらベアトリスが言った。
「まあこれはこれとしてね? 釣りに関しては完全にギャンブルみたいな物だから、ほどほどにした方がいいわ。特に炎天下で二時間とかもってのほかよ」
……ベアトリスはどうやら、炎天下での釣り二時間という虚無の時間をまだ許してはくれてないようだった。