187話、川釣りとフライドフィッシュ
砂漠の町は、必ず川の近くで作られる。
理由は簡単で、水が無ければ生活できないからだ。
そして川があるということは、当然魚が取れる。このカルカダの町でも川魚は普通に食べられている。
そしてここが一番重要なのだけど……町近くを流れる川の一部スペースでは、釣りが許可されているのだ。
カルカダの町二日目の昼前。私は釣りをしにきていた。
釣り場では釣竿の貸し出しと釣りエサの購入もできる他、釣った魚をその場ですぐ調理してくれる屋台もある。
なので午前中はゆったりと魚釣りを楽しみ、お昼は釣った魚を食べようと計画していたのだ。
しかし、私は一つ計算をし忘れていた。
「あ、暑い……」
そう、熱気。日差しは釣り堀に作られた吹き抜けのあずまやによる屋根で防げるけど、それでもこの気温の高さはどうしようもない。
「リリア……さっさと魚を釣りなさいよ……」
私に付き合って一緒に釣りをしていたベアトリスは、椅子に座りながらがっくりと頭を垂れていた。ぽたぽた汗が垂れ落ちていて、限界を伝えている。
釣りを始めてから一時間ほど。これが全くというほど釣れてなかったのだ。
「リリアってなんか釣りが好きよね。謎だわ」
私のバッグの中にもぐり込んで涼んでいたライラが、ひょこっと頭だけ出してくる。
「釣り楽しいじゃん……大物が釣れるって期待感が私を突き動かすんだよ」
「でも大物を釣ってるところを見た事がないわよ?」
「今日こそ見せてあげるよっ!」
気合いを入れて大声を張り上げるも、持ってる釣竿はぴくりともしない。
「なんでもいいから早く釣って……」
グロッキーなベアトリスが消え入るような声で言っていた。
それから更に三十分ほどが経った頃。
「やった! 一匹釣れたっ!」
ようやく私の竿に当たりが来て、魚を一匹ゲットした。
しかし小さい。私の両手に収まるくらいだ。
「うーん、もっと大物を釣りたいな……」
「なんでもいいからもう帰りましょう……」
更にグロッキーになったベアトリスは、ぐったりとしていた。
……正直私も暑い。大物を釣り上げるロマンで耐えていたけど、そろそろ限界だ。
そもそも釣りの楽しい所って、魚がかかるまでぼーっとした時間を楽しめる事だと思っている。
釣りをしている間はあまり時間を気にしなくていいから、なんだかリラックスできるのだ。
でもこの暑さだと全部台無し。ベアトリスも溶けかけているし……。
……よし、終わろう。こんな炎天下で釣りなんてするもんじゃない。多分川の水温が上がっているから、魚も元気ないんだと思う。大物を釣るどころじゃないよ。
せっかく釣った小魚だけど、こんなに小さいのを食べるのは気が進まないので、川にリリースする事にする。
「もっと大きくなったら食べるから、それまで元気でね」
「正気とは思えない言葉ね……」
ベアトリスは暑さで溶けながらも、突っ込みはしっかりしてくれていた。
こうして炎天下の釣りは大失敗に終わったけど、まあ仕方ないかと思う。
今度はもっと涼しい場所で釣りがしたい。秋風とかを浴びながら。
そんな清涼な光景を思い浮かべるも、ジリジリとした熱気が邪魔をする。
「……とりあえずごはん食べて、町に戻ろう」
「食べるって言っても、肝心の魚が釣れてないじゃない……」
「大丈夫……ここの屋台、普通にフライドフィッシュを売ってるから!」
私が自信満々で言うと、ベアトリスは青白い顔のまま虚ろな目でじっと見てきた。
「……なら、この釣りの時間ってなんだったの?」
「さあ、行こう。ごはんを食べたらベアトリスも元気になるよ、きっと!」
「ちょっと、答えなさいよ……この二時間はなんだったの? 拷問? 釣りという名の拷問をしてたの?」
ベアトリスが歩き出す私の服のすそをぐいぐい引っ張ってくるけど、無視して屋台へと向かう。
正直青白い顔も相まって幽霊みたいだよ。怖い。
そうしてたどり着いた屋台で、フライドフィッシュを注文。それと売っていた炭酸水も買い、また釣り堀にあるあずまやへと戻ってきた。
ここでは飲食も許可されているので、日よけ代わりにして食べるつもりだ。
「ほらベアトリス、炭酸水飲みなよ。冷たいのを飲めば体冷えるよ」
「この二時間はいったい……」
いまだそんな事を言っているベアトリスが炭酸水を口に含む。すると、驚いたように目を見開いてごくっと喉を鳴らした。
「甘くないっ! ……これただの炭酸水じゃない!」
「え? そうなんだ?」
私もごくっと飲んでみた。しゅわっとした感覚と共に甘い味が……やってこない。
そうか、ここの炭酸水って、まさに水に炭酸を溶かし込んだやつなんだ。ジュース系の甘い奴かと思ってた。
「もしかしたらこの辺の町では、甘くない炭酸水が普通なのかもね」
「……まあ、清涼感はあるけど……しゅわしゅわしてるのに味は水なのがちょっと妙な気分だわ」
言葉とは裏腹に炭酸水が意外と気に入ったのか、ベアトリスはぐびぐび飲んでいた。そしてちらっとフライドフィッシュに目をうつす。
「ところでこのフライドフィッシュ、いくらなんでもそのまんますぎない?」
ベアトリスに言われて、頷きを返す。
そう、このフライドフィッシュ、まんま小魚一匹を揚げた物のようで、魚丸出しなのだ。頭もしっかりついている。
「昨日食べたハトもそうだけど、わりとまんまなのが多いわよね」
ベアトリスは神妙な目でフライドフィッシュを見ていたけど、やがて頭から豪快にかぶりついた。
「……あ、サクサクしていておいしい。骨も食べられるわ」
吸血鬼がバリバリ鳴らして魚の頭を丸かじりにした光景を見ていると、なんだかホラー感ある。
「骨も食べられるの? ベアトリスだからじゃなくて?」
「あなた失礼なことを言ってる自覚ある? 吸血鬼だからって顎や喉が強靭なわけではないのよ。小骨が刺さったら痛いわ」
私も思い切って頭から食べてみた。
パリパリした食感で、こんがり揚げられた香ばしい風味。塩味がしっかり効いていておいしい。
確かに骨まで食べられる。なんかパリパリしてる食感は、骨をかみ砕いているからなのだろう。
パリパリのフライドフィッシュを食べつつ炭酸水を飲むと、喉がしゅわしゅわして潤っていく。
もしかして炎天下だと一気に水を飲んでしまうから、落ちついて飲めるように炭酸水にしているとかだろうか。それとも単純にしゅわしゅわした水が好きなだけ?
わからないけど、炭酸があるだけで普段飲んでる水とは違った感覚なのが面白い。清涼感増してるよ。
バリバリとフライドフィッシュを食べながら、私は川面を見つめる。
「次は大物が釣れるかな」
「諦めなさい」
「リリアが大物を釣ってる光景が想像できないわ」
ベアトリスとライラが心無い言葉を言ってきたけど、私は聞かなかったことにした。