181話、野外で冷やしそうめん
午前中、乾燥地帯を歩き続けていると、段々と遠目に黄色い景色が見えるようになってきた。
熱気が揺らめき、陽炎が浮かび上がっているように見えるのは、私達が目指す砂漠地帯だ。
「うへ……あんなところに行ったら私死んじゃうわよ……」
午前中とはいえ、昼に近づけば近づくほど気温は上がっていく。朝は涼しかったのに、今はもう気温三十度はあるだろうか。
一応私も魔術をかけて周囲を涼しくはしているが、それでもこれほどの熱気は完璧にシャットダウンできない。ベアトリスは、その暑さですでに大分参っていた。
ただでさえ真っ白い肌が青白くなっており、肩を落として俯きながら歩く姿は吸血鬼というよりゾンビみたいだった。
「休む……もう休むわよリリア。こんな真昼間に砂漠に突入したら、焼け吸血鬼になってしまうわ……」
「うん……わかった」
焼け吸血鬼とやらが何なのかは分からなかったけど、ベアトリスがやばそうだったので、ちょっと早めのお昼休憩に入る。
まだ乾燥地帯とはいえ、砂漠が間近に迫ると木々などはまったく生えていない。よしんば生えていても、ろくに葉を付けていないので、直射日光を遮る役には立たない。
それでも枝の間にうまいことベアトリスの日傘を引っかければ、小さいながらも休憩できるスペースが生まれる。
そこでぺたんと座り込むベアトリスは、ハンカチで頬を伝う汗をぬぐっていた。
「冷たいのが食べたいわ……」
「よし、それじゃあ冷やしそうめん食べよっか」
さすがにベアトリスはグロッキーなので、今日の昼食は私が準備しよう。
この暑い野外で冷やしそうめんが食べたかったので、町で材料を買い揃えておいたのだ。
ベアトリスは休ませておいて、早速冷やしそうめんの準備に取り掛かる。
といっても、かなり簡単なものだ。
まずはいつものように火を起こし、鍋で水を沸騰させる。
水が沸騰したら、買っておいた乾燥そうめんを投入。そのまま数分茹でていく。
この間に用意するのは、これまた町で買っておいたノリだ。すでに細切りにされているタイプで、まさにそうめん用って感じ。
他にも刻まれた状態で売っているネギも買っておいた。冷やしそうめんは冷たい出汁のつゆにつけて食べるタイプなので、薬味でちょっと味を変えていくのが飽きないコツでもある。
薬味とは違うが、ハムもある。これは魔術で細切りにして、そうめんと絡めて食べやすいように。
あとは大葉。独特の酸っぱさと匂いがあり、この暑い中でも食欲がわくはずだ。
それら薬味と具材を小皿に盛りつけ、ちょうど茹で上がったそうめんを別のお皿に取り上げる。
このままだと熱々なので、ここでベアトリスのクーラーボックスを拝借し、中に入っていた手の平サイズのブロック氷を投入。
「それ……めちゃくちゃ重かったわ。もう全部使って……」
ブロック氷を見て、ベアトリスが力なく言っていた。
今日のお昼は冷やしそうめんにしたいと私が提案したので、ベアトリスは買った氷をクーラーボックスで保管してくれたのだ。でもその重さに後悔はしてたらしい。ごめんベアトリス。そしてありがとう。
最初こそ、そうめんの熱で氷は解けていたが、段々といい具合に冷えてきた。解けた氷による水も冷たくなって、そうめんが潤ってちょうどいい。
後は、沸騰したお湯にカツオ出汁の元を入れて、醤油も適量入れる。これで濃い目のつゆを作り、氷で薄めつつ冷やせば完成。
「よし、できたよっ! 冷やしそうめんっ!」
空から熱気が降り注ぐ中、ようやく完成した冷え冷えのそうめん。
そう、これだ。これが食べたかった。
グロッキー気味のベアトリスも、この冷えたそうめんに引き寄せられてか、のそのそ近づいてきた。その肩にはライラが座っている。
「ほら、冷たいから食べると体も冷えるよ」
ベアトリスのために、つゆにそうめんを入れて渡す。するとちゅるちゅるっとすすって食べ始めた。
「……ん、冷たくておいしい」
「薬味もあるよ」
薬味と具材が入ったお皿を差し出すと、ベアトリスはネギとノリを入れて食べ始めた。
「私も食べるー」
ライラも気ままに食べ始めたので、私も早速食べることにする。
まずはそのままで。そうめんをつゆにつけてちゅるっとすする。
「ん……つゆ濃い目だけどおいしいな」
汗をかいて塩分を失っているのか、濃い目のつゆがちょうどよく感じた。
次は薬味を入れてみる。さっぱりと大葉でいこうかな。
細切りの大葉を入れて、そうめんとからめて食べる。すると、すすっただけで大葉のさっぱりした匂いが感じられ、さっきとはまた違う風味になった。
さっぱりした感じで、この暑さでも無限に食べられそうだ。
ハムも入れて食べると、食べごたえがぐっと増す。薬味と具材のおかげで、一口ごとに味が変わって楽しい。
暑い時に食べる冷やしそうめんは良い。たまらない。
この熱気ちらつく乾燥地帯でも、食欲が戻ってきてたくさん食べることができた。
たくさん茹でたそうめんはあっという間になくなり、体が冷えたのかベアトリスの顔色も良くなってきた。
「はぁ……大分楽になったわ」
ベアトリスは、ぱたぱたと手で顔を仰ぎながら、遠くに見える砂漠をじっと睨みつける。
「もう見ただけで暑くなってくるわ、あの砂漠。どうにかして冷やせないかしら。やっぱり夜に進みましょうよ」
「……一応言っておくけど、砂漠って夜はかなり冷えるよ」
砂漠の寒暖差はかなりすごい。なのでうっかり夜に砂漠を進むと、今度は寒さで凍えることになるのだ。
それを教えると、ベアトリスはがっくりうな垂れた。
「厄介なところね……砂漠。リリア、もうあなたの箒で我慢するから、さっさと町まで飛びましょう」
ついにベアトリスは私の箒まで当てにし出していた。あんなに怖いからもう乗らないって言ってたのに……。
でも、砂漠を行くには遅かれ早かれ箒に頼ることになるだろう。
ベアトリスほどじゃないけど、私も暑いのいやだもん……。
遠巻きに見える砂漠には、相変わらず陽炎が揺らめいていた。