180話、早朝のベーコンエッグマフィン
「ふあぁ……」
まだまどろみの中、強引に体を起こすとあくびが出た。
時刻はおそらく早朝五時……。早起き……というには、いくらなんでも早すぎる時間だ。
でもこの時間に起きなければ、朝早くから旅を開始して昼間まで歩く距離を稼ぐという方針が成立しなくなる。
正直、できればあと一時間は寝ていたいのだけど、昼間からは夕方までの休憩時間が待っていると自分に言い聞かせ、なんとかベッドからはい出る事に成功した。
「あー……」
ぼーっとする頭を振ってしゃっきりしたあとは、私が寝ていたベッドの片隅ですやすや眠るライラを起こすことにする。
「ライラ……起きて」
「うみゅ……」
小さな体を二、三度揺らすと、ライラはゆっくり起き出した。
可愛らしくあくびをしながら伸びをする。
「おはようリリア……」
「ライラおはよう。もうちょっとしたら宿の外にいこっか」
ベアトリスとは別の部屋を取ってあるので、いつも朝は宿の外で待ち合わせだ。
しかしベアトリスは無事早起きができているのだろうか。一応吸血鬼だもんな。こんな朝早くに起きる吸血鬼ってどうなの。普通寝る時間じゃない?
そんなことを考えつつ身支度を整えて宿の外に行くが、ベアトリスの姿は無い。
そのまま、ゆっくり明るくなっていく空を眺めて十分ほど待っていたら、のそのそベアトリスがやってきた。
「……ごめんなさい、遅れたわ……」
ふあっとあくびをするベアトリス。普段は綺麗な長い金髪はぼさぼさだった。寝ぐせつきまくってる。
やはり朝は苦手なようで、こんな早起きをしたら髪をとかす余裕すらないようだ。
今も目を細めてうつらうつらとしている。
でもそれは私とライラも同じ。起きたはいいけど、どうしてもまだ眠い。
だけど、朝ごはんを食べればきっとしっかりと目が覚めるはずだ。
「よし、朝ごはん食べにいこう」
私が言うと、ベアトリスがもうほぼ目を閉じたままで首を傾げる。
「……こんな時間にお店、空いてるわけ?」
「探せばあるよ、きっと」
「……ノープランなわけね。まあ、歩いていれば目も覚めるからいいけど」
まだ人けのない朝の町中を歩き、朝食が食べられるお店を探しに行く。
ベアトリスが言う通り、こんな時間からやってるお店はまったくない。どこも閉まっている。
しかし探せば一つ二つはあるもので、私達は小さなハンバーガーショップにたどり着いた。
そこは朝から夕方まで営業している珍しいお店で、テイクアウト専門のハンバーガーを売っているらしい。
注文が入れば、事前に用意されているバンズやパテを温め、できたてに近い味を楽しめるお手軽なお店だ。
お店を選ぶほど営業していないのと、このままだと眠ってしまいそうなので、早速このハンバーガーショップで朝ごはんを調達することにする。
「あっ、朝メニューとかあるんだ」
店頭に置かれている看板に記載されたメニューを眺めると、朝限定のメニューが目についた。
こんな朝早くからやっているだけあって、朝限定のハンバーガーがあるのか。
とにかくこういう『限定』という言葉には不思議な魅力がある。私はすっかり朝限定メニューばかり熱心に見ていた。
このお店の朝限定は、マフィンのバーガーのようだ。
マフィンと言えばお菓子が思い浮かぶか、こっちはパンの方のマフィンだ。
パンの方のマフィンは、白っぽくて丸い形をしている。
食感もふわふわで、牛乳を使っているからか甘みがあるタイプだ。普通のバーガーに使われるバンズとは、明らかに味が違う。主に甘さ方面で。
朝なので甘い物は頭が働きそうで悪くはない。それにセットメニューだとコーヒーもついてきてバランスが良かった。
「よし、私このベーコンエッグマフィンにする」
朝からハンバーグというのも重いので、色々バランスを考えてベーコンと卵という王道の組み合わせにすることにした。
「……じゃあ私もそれで」
まだうつらうつらとしているベアトリスは、頭を働かせたくないのか私と同じのを頼みだしていた。
店頭販売だけあって、注文から提供までかなり早い。
ものの数分で商品ができあがり、紙袋に入れられて渡される。
それを持って、近くのベンチでゆっくり座って早速食べることにした。
紙袋の中には、包装紙に包まれたベーコンエッグマフィンに、小さなポテト、それにアイスコーヒー。
まずはアイスコーヒーを飲んで喉を潤す。
ブラックだけど、氷が入っているのでいい具合に薄まって、すっきりした苦みで飲みやすい。コーヒーはあまり飲まないけど、ホットとはまた違った感覚だ。
コーヒーの苦さで頭を刺激した後は、本命のベーコンエッグマフィンにかぶりつく。
ベーコンエッグマフィンは、マフィンの間にこんがり焼いたベーコンと、丸くぷっくりと成形された目玉焼きが挟まれている。
目玉焼きは黄身が半熟なのが嬉しい。
ソースはケチャップとマヨネーズの酸味が効いたオーロラソース。
三分の一をライラに分けて、さっそくかぶりつく。
ほのかに甘くふわふわのマフィンに、カリっと焼かれて香ばしいベーコン、そして半熟のとろっとした卵が口の中で一体となる。
それらの味を酸味のあるオーロラソースがうまく包み込んで、おいしさを演出するのだ。
「おいしいっ……」
もう一口で大満足。まだ薄暗い早朝の中で食べるファストフードはたまらない。
アイスコーヒーも飲みつつ、ポテトも頬張りつつ、残りのマフィンもパクパクたいらげる。
あっという間に食べ終わり、口の中に残るベーコンエッグマフィンの味の余韻に浸りつつ、コーヒーを飲んで洗い流す。
やっぱりごはんを食べると目が覚めるなぁ。体が目覚めたって感じがする。
「よしっ、ごはんも食べたし早速旅を再開するかー!」
気合いを入れて立ち上がると、ライラがくいくいと私のそでを引っ張った。
「リリア、ベアトリスが……」
「え?」
言われてベアトリスを見てみれば……。
「……んみゅ」
マフィンに小さく噛り付きながら、こっくりこっくり頭を揺らしていた。
た、食べながら寝ている……!
口元にオーロラソースまでついていて、いつものベアトリスからは想像できないだらしなさだ。
しかし、こんな状態だけどゆっくりとマフィンは食べている。
「……もうちょっとだけ待とっか」
強引に起こしてもまたすぐ寝そうなので、ベアトリスの調子が出るまで気長に待つことにした私達だった。