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18話、魔女のお菓子屋さん

 早朝から箒で空を翔けること数時間が経っていた。


 いつもは箒に乗るとしても、できるだけ周囲の景色を堪能しようとしてゆっくり飛んでいる。

 しかし今日この時だけは別だ。いつもの数倍のスピードで箒をはしらせて風を切っていく。


 基本的にあての無い私の旅だが、今日は急いででも行かなければいけない場所があった。


 きっかけは、使い魔でカラスのククルちゃんが早朝に持ってきた手紙だった。

 手紙の差出人は、ついこの前独り立ちしていった三番目の弟子リネット。


 その手紙には彼女の近況が書かれていた。

 私はリネットが独り立ちしたのがもう数年前にも感じられて、ちょっと感慨深く手紙を読んでいたのだが……。


 手紙の最後にはこう綴られていたのだ。近々お菓子屋さんを開こうと思うので、師匠たち皆と一緒に開店祝いを行いたいです、ぜひ来てくださいね……と。

 ここで言う皆とは、すでに独り立ちしていった私の弟子、イヴァンナとエメラルダのことだろう。


 しかし問題はそこではない。私が焦って箒を飛ばしているのは、開店祝いを行う予定の日付を見てしまったからだ。


 ……明日だ。開店祝いするの、明日。


 リネットがこの手紙を送ったのは数日前なのだろうが、旅をしている都合上ククルちゃんが私にこの手紙を転送するまで大分時間がかかる。


 つまり、私がこれを受け取るまでにある程度の時差が発生するのだ。

 その結果がこれ。早くリネットのお店を探し当てないと、開店祝いに遅れてしまう。


 弟子が独り立ちして、自分のお店を持とうとして、それの開店祝いを行うというのに……参加できないのはやっぱり寂しい。

 だから私は必死で箒を飛ばしていた。


 幸いというべきか、湿地帯出身のリネットは故郷の近くにお店を構えたらしい。

 今日まで湿地帯を旅していたおかげもあって、一日あればリネットのお店までたどりつけそうだ。


 いつの間にか太陽が空を駆け昇り、天頂に輝いていた。

 それでも私は箒で空を飛び続ける。お腹は空いていたが、昼食を取る余裕は無かった。


 雨が降り続ける気候の地域も脱し、眼下にはたくさんの澄んだ湖が煌めいている。

 湖に煌めく明るい陽光が段々朱色を帯び始め、ついに空が暗くなりかけた頃、ようやく私はリネットのお店を発見した。


 距離は遠かったものの、リネットのお店を探すのは簡単だった。リネットは、彼女の故郷や付近の地域でも有名な大樹、その根元にお店を構えたのだから。


「はぁ~……ついたぁ……」


 暗くなる前に見つけられなかったら、夜明けまでどうしようもなかった。

 一日早いが、どうにか開店祝いに間に合ったようだ。

 安堵から大きく溜息をつく。


 箒から降り、リネットのお店を間近で見てみた。

 リネットのお店は、なんというか可愛らしかった。

 大樹に意匠を合わせているのか木造で、ところどころピンク色でカラーリングしてある。

 お店の看板には丸っこい文字で、魔女のお菓子屋さんと書かれてあった。


 ……思ったんだけど、お菓子屋さんに魔女、関係なくない?


 安心したせいか、今頃になってそんな疑問がふつふつと沸いて来た。

 私魔法薬を専門に作ってた魔女だよ? そんな魔女の弟子になって……お菓子屋さん開くかな、普通。


 確かにリネットは家庭的でいい子だったから、こういうお店を開くのは理解できる。

 けど……私の所で魔女として修業していた数年、無駄になってたりしないのかな。


 そう思うものの、本人が納得してるならそれでいいのかな、と受け入れる気持ちもあった。

 エメラルダなんて裁縫屋だし……うん、自由に楽しくやってればそれでいいか。


 お店のドアに近づくと、ドアノブにかけられていたプレートに気づいた。

 表記は閉店。まだ正式に営業してないので当然か。

 ドアを数度ノックする。すると聞き覚えのある声が聞こえ、ドアに近づいてくる気配がした。


「はーい。ごめんなさい、まだ営業前で……って、あれ……? し、師匠……ですか?」


 私の顔を見るや、リネットは目を丸くした。

 まさか一日早く来るとは思ってもいなかったのだろう。


「やっほーリネット。久しぶり」

「し、師匠……お久しぶりですっ!」


 リネットが突然私の両手を握り締めてきた。

 どうやら感極まっているらしい。

 いやー、さすが私。弟子に好かれている。


「師匠! 私ずっと心配だったんですよ! ちゃんとご飯は食べてますか? 師匠のことだから面倒くさいって言ってろくにご飯を食べないんじゃないかとか、私まで師匠の元を離れたら師匠ボケちゃうんじゃないかとか、とにかく心配だったんですから!」


 ……あれ? この子思いっきり私のことものぐさなおばあちゃん扱いしてない?


「ちゃんと食べてるし、ボケるわけないでしょ! あんたとそこまで年離れてないっての!」


 私がそう言うと、リネットは少し黙った後、くすくすと笑いだした。


「師匠……相変わらずみたいですね」

「いや、それこっちのセリフだから」


 呆れたようにそう返す私だけど、少し笑いがこぼれてしまう。

 結構久しぶりの再会だけど、感動とかそういうのは全くない。

 そう、いつも通り。特別なことは何もない。

 私とリネットは、以前師匠と弟子として一緒に暮らしていたあの時のままだ。


「それにしても、まさか一日早く来るなんて思いもしませんでしたよ。何かあったんですか?」

「あー……いや、下手をすると遅れるんじゃないかって不安でさ。全力で箒飛ばしてきたの。いやー間に合ってよかった」


 リネットは私の返答に納得できなかったのか、不思議そうな顔をしていた。


 そういえば、私が旅をしていることをリネットは知らないんだ。

 いや、リネットどころかイヴァンナやエメラルダも知っているはずがない。

 まさか私が一人旅をするなんて、彼女たちは想像もできないだろう。

 だって、三人と一緒に住んでた時は本当に出不精だったもん……。


 きっとリネットは私が旅をしていると知ったら驚くんだろうなぁ。

 いたずらっぽくそう思うと、自然と小さな笑いが出てきた。


「なに笑ってるんですか?」

「ううん、ちょっとね。それより中に入れてくれる? 色々と聞かせたい話もあるしね」

「えー? 聞かせたい話ってなんですか?」


 釈然としない様子のリネットだったが、すぐにお店の中に招き入れてくれた。

 空はもう暗くなり、夜の頃合い。今日は朝から夜まであっという間だった。

 だけど、夜は長くなりそうだ。

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