177話、もやし尽くし料理
トリノさんとのビュッフェを終え、私達はクランの町を旅立った。
時刻は昼をちょっと過ぎたくらい。日差しはやや強く、午後の熱気がじりじりと肌を焼く。
この辺りはまだ豊かな植物が実る草原地帯。
しかしここから先は段々と乾燥地帯へと入り込み、やがては一面砂が目立つ砂漠地帯に突入するだろう。
午後のうだるような暑さは、これから先まだまだ増していく。
とはいえ、実は魔術で周囲の温度を操作すれば、そこそこ快適に過ごすことはできる。常にかけ続けていなければいけないので、かなり疲れるけど。
今はまだいいけど、さすがに砂漠に入ったら魔術で周囲の温度を下げるようにしよう。
私やライラはともかく、吸血鬼でもともと体温が低いベアトリスは、今の時点でかなり暑そうにしているからだ。
「ベアトリス大丈夫? 暑くない?」
「ええ、大丈夫よ。でも日傘差すわ」
携帯していた小さな日傘を開く。この傘も魔術品らしく、開かれた傘内部から冷えた風がかすかに吹くらしい。
吸血鬼であるベアトリスならではの愛用品だ。今までもこれで強い日差しと熱気に対応していたのだろう。
「ぐええっ」
ベアトリスも大丈夫そうだし、今のところは魔術をかけなくても問題ないな。なんて思っていたら、突然悲鳴にも似た鳴き声が聞こえた。
「びっくりした……」
ライラの方を見て言う。ライラはその手に小さな魔女ぐるみを持っていた。
「えへへ、ごめん、うっかりお腹押しちゃった」
ライラが持っている魔女ぐるみは、トリノさんがお土産としてくれた試作品だ。
なのでサイズが小さい。ライラの手の平程度だ。ちょうど鞄とかにつけるアクセサリーサイズ。
しかしちゃんと魔術はかけられているらしく、お腹を押すとぐええっと鳴くようだ。
……正直いらなかったのだが、ライラが気に入ってたので貰っておいた。
でも貰い際にトリノさんが意味深なことを言ってたんだよな。
「この試作品はお腹を押した時しか喋らないはずなのですが、時折急に喋ることがあるのです。条件は不明ですが……」
……そんなのお土産としてあげようとしないでほしい。
ライラが持っている魔女ぐるみを、じっと眺めてみる。
ビーズの目がさっと動いて私の目から逸らされた。
本当に大丈夫か、これ。意思は無いよね?
まあ気にしてもしかたないか。仮に意思があったとしても、変なことはしてこないだろう。多分。
魔女と妖精と吸血鬼が一緒に旅しているだけで変なのに、妙なぬいぐるみまで手に入れてしまった。どんどん常識離れしてるよね。
そうして進むこと数時間。日差しが強いので体力消費を抑えるため特におしゃべりもせず、ひたすら歩き続けた。
まだまだ植物が豊富だが、心なしか数が少なくなっている気もする。地面も色あせてきて、乾燥地帯に入り込んでいる感じがした。
その頃にはもう空が赤く染まり、あの暑かった日差しも無くなり涼しい風が吹いていた。
「今日はこの辺で休もう。お腹空いた」
「そうね、ちゃちゃっとごはん作っちゃうわ」
私が言うと、ベアトリスがテキパキと料理の準備を始める。
「最近ビュッフェで羽目を外し過ぎたのもあるから、今日は野菜メインにするわ」
野菜か……それで町を出る前の最後の買い物で野菜ばっかり買ってたんだな。
ベアトリスのクーラーボックスがあるとはいえ、新鮮な野菜は日持ちしない。もって二日が限度だろう。しかも一度切ったりすればさらに鮮度が落ちる。
野菜は旅路に持っていくには扱いづらいけど、逆に言えば一日二日で食べきる分には持ってた方がいい。その方が栄養バランスも良いし。
「とりあえず火を起こしてお湯を沸かしてちょうだい」
ベアトリスに指示され、慣れた作業をこなす。
その間ベアトリスはキャベツの千切りを作っていた。
「キャベツを切るくらいなら私の魔術でもできたのに」
「……リリアだとキャベツのぶつ切りになりそうじゃない。千切りはできるだけ細い方が私好みなの」
ベアトリスは料理できるだけあって、こだわりがちゃんとあるのだ。
なので意外と切る作業は任せてくれない。私の事を便利な火起こし器だと思っている可能性がある。
あっという間にキャベツの千切りが完成し、平たい大皿の上に山盛りにする。
そこにこれまた町で買っておいたドレッシングをささっとかけた。ドレッシングはマヨネーズとサワークリームなどを混ぜ合わせたハーブ香る濃厚系だ。
「それ適当に食べて待っておいて」
私とライラは言われた通りキャベツの千切りをもしゃもしゃ食べ始めた。
「うわ、瑞々しい。さっきまで暑かったから水分も取れてちょうどいいかも」
「ドレッシングが濃厚だからたくさん食べられるわね」
「……私の分も残しておいてよ。あとメインは別だから、お腹いっぱいにならない程度に食べなさい」
勢いよく食べる私達に呆れながら、ベアトリスは次の料理に取り掛かった。
ベアトリスがクーラーボックスから取り出したのは、袋詰めのもやし。しかも大量。
そのうち半分ほどを沸かしたお湯に投入する。残った半分はなぜか小さく切り刻み始めた。
もやしは一分ほどさっとお湯で茹でれば十分だ。その一分の時間でフライパンを熱し、ひき肉をざっと炒める。
そして茹でたもやしを箸で器用にすくい、フライパンの中に投入。そのままひき肉と絡め、塩コショウに調理酒と醤油で味付けする。
出来上がったのをこれまた大きめの深皿に盛り付けた。
「もやしとひき肉の炒め物、完成よ」
ひき肉は多少入ってはいるが、それ以上にもやしが多い。なにがなんでも野菜を食べるというベアトリスの意思を感じる。
「あれ? ごはんは? 炊かなくてよかった?」
このもやしとひき肉炒めは、どう見てもごはんと合いそうな料理だ。
でもベアトリスはごはんどころかパンなどの主食すら用意してない。
「大丈夫よ、ごはん代わりはこれだから」
これ、と指さしたのは、さっき細かく刻んだもやしだ。
「……え?」
そんなまさか?
そう思う私の目の前で、刻んだもやしを全部一気に茹でていく。
三十秒ほど茹でたらお湯を切り、それぞれの皿に盛りつけた。
「はい。もやしごはん」
「いや、もやしごはんって……」
これはごはんじゃなくて、ただの茹でもやしでは?
「もやしをごはんに見立てたのよ。ごはんよりヘルシーよ」
「そうかもしれないけどさ……もやし炒めをオカズにもやしごはん食べるの? それはもう、もやし食べてるだけじゃん」
「なんだったらもやしスープも作る? 全然作るけど」
「……いいや」
ベアトリスはどうやら、なにがなんでも野菜を食べるつもりらしい。これ二回目。
もやしをオカズにもやしを食べるのは疑問しかないが、今日はヘルシーに行きたいというベアトリスの気持ちはよーく理解できた。
「いいじゃない、もやしごはん。たまにはお野菜ばかりも悪くないわ」
ライラはむしろ物珍しいもやし尽くしに嬉し気だった。ライラは多分おいしければなんでも良いのだ。
しかしこのもやし尽くし料理、食べてみればちゃんとおいしい。
もやしごはんは何も味付けされてないけど、もやしの自然な甘みがあって、わりとごはん代わりな気分。食感はシャキシャキしてたけど。
ただ、もやしとひき肉の炒め物と同時に食べると、やっぱりもやしを食べてる感じになる。
もしかしたら印象変わるかもしれないと、もやしごはんの上に炒め物を乗せて食べてみたが、もやしが増量しただけだった。
やっぱりごはんの方が合うよ。おいしいけどさ。
「そういえば、この魔女ぐるみも料理に反応するのかしら?」
ライラが服のポケットから魔女ぐるみを取りだした。
「さすがに試作品だから反応しないんじゃない?」
私はそう思っていたのだが、意外にも料理の前に魔女ぐるみを置くと、ビーズの目がぐるぐる動きだす。
そして、アレクサンドリアさんそっくりの口調で喋り出した。
「もやし。全部もやしじゃん。なにこれダイエットメニュー? もしかしてこれ作った人太った?」
「ふんっ!」
そこまで言ったところで、ベアトリスの鉄拳が魔女ぐるみの頭を叩き潰した。
「ぐえええっ」
「いいじゃないもやしごはん。ヘルシーなのよ。あと私は太ってないわ。現状維持」
「もやしごはんはヘルシー……ベアトリスは現状維持……」
魔女ぐるみが震えた声で訂正する。
太った? って発言にイラっときたんだな、ベアトリス。
そういえば吸血鬼って太るの? 私もライラも基本体型は変わらないからまったく気にしてなかったけど、そこんところどうなんだろ。
でも怖いから聞かない。
しかしこの魔女ぐるみ、試作品なのに料理を批判する機能はちゃっかりあったのか。
っていうか意思は本当にないんだよね? ベアトリスの鉄拳にマジびびりしてたっぽいけど……。
魔女ぐるみをじっと見つめると、ビーズの目がさっと逸らされた。