176話、ビュッフェはセンスを見せるよりも楽しんだ方がいい
アレクサンドリア作魔女ぐるみによるビュッフェプレート採点が待ち受ける中、妙なプレッシャーを感じつつ料理を一品一品見ていく。
エビ好きでエビ尽くしのトリノさんに対する反応があれだ。私も以前のようにかぼちゃばかり取ったら、あんな感じで酷評されてしまう。それは嫌だ。どうにかしてセンスの良さを見せたい。
冷静に考えると好きなように料理を取るビュッフェでセンスの良さを見せる意味が分からないのだが、今の私はそんな思考に陥っていた。
これでも私は様々な土地を旅して、たくさんのごはんを食べてきたのだ。
湿地帯、砂漠、海、渓谷、草原、雪景色。色んな場所で色んな料理があった。その経験を活かせばセンスの良いビュッフェができるはず。
……そうだ。このビュッフェにこれまでの旅路を全て込めればいいんだ。もしかしたら私の旅は、ここでセンスの良さを見せつけるためだけにあったのかもしれない……!
そうやってテーマを決めると、とたんに料理を取る手が動く。
まずは……やっぱりかぼちゃ。かぼちゃは外せない。私の好物だから一品は欲しい。そこでかぼちゃのスープを選んだ。
次は……次はどうしようかな。そういえば私、最初の頃はワニとかも食べたっけ。……ワニは却下。そもそも無いでしょ、さすがに。
他には……オリーブオイルか。
そうだ、あのオリーブオイルのフルコースは今でも私の記憶に刻み込まれている。思い出すだけで胃の中がオリーブオイル漬けになった気分になる。
オリーブオイル感がより感じられる料理……アヒージョを小皿に入れよう。今回はきのこのアヒージョにした。
次は……ライラとの出会いをイメージしてカニだ。最初の頃はライラにカニイメージは無かったけど、もう今はライラ、イコール、カニ好き、だもんね。
カニはカニでも、カニの足一本どんっ! は風情がない。でかすぎて邪魔だし。そこでカニグラタンを六個のくぼみあるお皿の一角に盛りつけた。
出会いという観点で、ベアトリスをイメージしたハンバーグもとっておこう。ベアトリスが作ってくれたハンバーガーおいしかった。
順調。すごく順調だぞ。すごい思い出溢れるプレートになっている。なんかもう輝いて見えるよ。思い出はいつだって綺麗なんだ。
こうなってくると、私の三人の弟子や幼馴染のモニカやクロエをイメージした料理も取っておきたい。
モニカは当然肉。ステーキでいっか。クロエはデザートだな。プリン取っとこう。
私の三人の弟子といえば一番可愛いのが末弟のリネット。お菓子屋さんをしているリネットをイメージして、デザートのチーズケーキでも取っておこう。
……あれ? デザート二つも取っちゃったな。まあしかたない。
二番目の弟子エメラルダはピザが好きだった。ピザ取ろう。
一番弟子のイヴァンナは……あの子特別好きなのとかあったっけ? なんか……リネットが作ったローストビーフを絶賛してた記憶ある。ローストビーフ取ろう。
……肉多くない? まあいっか。
あとは……そういえば最近会ってないけど、旅の途中で偶然出会ったカナデさんもいるな。
カナデさんは研究者で、色んな土地を旅してるんだ。一緒におでんも食べたっけ。
あ、おでんあるじゃん。厚揚げおいしかったから厚揚げ取ろう。
よし! これで私の人間関係が大体イメージできる料理は一通り取った。後はもう少し旅で出会った料理を取れば……。
その時、私は香ばしい匂いを嗅いだ。
これは……スパイス。そういえば野宿の際スパイスを使った料理に結構お世話になってたっけ。
ふらふらっと匂いに導かれた場所にあったのは、大きなお鍋に入ったどろっとした黒い液体。
……カレーだ。以前牛肉のスパイス煮込みを作ったけど、それはスープ系だった。でもこれは小麦粉を使っているのかどろっとトロみがある。
どうやらこれをごはんにかけて食べるようだ。
ごくっと喉が鳴る。まだ主食どころを決めてなかったし、思い切ってカレーにしよう。
お皿にごはんを盛りつけ、カレーをかける。
それをビュッフェプレートの真ん中に置けば、完成。
周りのお皿は私の人間関係や旅をイメージしており、中央には野宿の際ちょくちょく使うスパイスが主張するカレーを構えた。
できた。これが私の至高のビュッフェプレート。名付けて魔女リリアの旅ビュッフェ。
意気揚々と完成したビュッフェプレートを持ってトリノさんが待つテーブルへ戻ると、すでにライラとベアトリスがいた。
「遅かったわね」
ベアトリスに言われ頷く。
「ちょっと色々探しててね。おかげで最高のビュッフェができあがったよ」
「……そう? まあ、リリアがそう思うならいいけど……」
私の盛り付けを見たベアトリスは困惑していた。どうしてだろう。私の全てが詰まってるのに。
「では、早速採点していきましょう。まずはライラさんからはどうですか?」
「はーい」
トリノさんに促され、ライラは手に持っていたお皿を魔女ぐるみの前に差し出した。ライラのサイズなら一皿で間に合うのだ。
しかしぱっと見ると……全部カニじゃん。前と同じだ。ただ以前は無かったサラダがある。あれは……カニのサラダ? 一見カニっぽいの乗ってるけど。
魔女ぐるみの採点が終わり、結果が発表される。
「……カニ尽くし。と思いきや、サラダはカニカマのサラダ。言っておくけどカニカマはカニじゃないわよ。あと妖精ってカニが好きなの? 知らなかった。40点」
「……え? このサラダのカニ、カニじゃないの……? カニカマ……? カニ……? カマ……? カニ……カマ……?」
ライラは初めて出会ったカニカマをカニと思い込んでいたようだ。混乱してずっとカニカマ言いだしてる。可哀想。
まあカマボコは魚介類が原料だし、カニ風味なら実質カニだよ。多分。
それより気になったのは、あの魔女ぐるみ。思いっきりアレクサンドリアさんみたいな言動したけど、本当に意思はないんだよね? 段々デフォルメされたアレクサンドリアさん本人に見えてきた。
「次は私の番ね」
自信満々にビュッフェプレートを差し出したのは、ベアトリス。
以前と変わらず綺麗な盛り付けだ。お肉、野菜、お魚、スープと色とりどり。
「……パンをメインにスープ、そしてお肉や野菜とバランス良く取ってるわね。ただ血が滴るくらいのレアステーキにお刺身と、生な感じが目立つのが不穏。新鮮なのが好きなの? それとも……。前会った時もちょっと思ったけど、あなた本当に普通の人間? 90点」
……いやもうこれアレクサンドリアさんが喋ってるでしょ。ほぼ言動がアレクサンドリアさんだもん。前会った時、とか言ってるし。
なるほど、もしかしたらあの魔女ぐるみ、自動の反応パターンとは別に、アレクサンドリアさんが遠隔で操作するのも可能なのかも。テレキネシスは大得意みたいだし。
といってもあまり距離が離れすぎたら遠隔操作するのはできないだろうし、この町限定だと思うけど。
「おおっ、ベアトリスさん高得点ですわ。お見事です! ふふん、見ましたかアレクサンドリア。これがセンスというものですわっ」
「……トリノ関係ないじゃん。20点だからねトリノは」
……もう普通に会話してるじゃん。もしかしてあの魔女ぐるみ、トリノさんとの通信機代わりでもあるの?
まあいいや。細かいことは気にしてもしょうがない。
それより次は私の番だ。私のこれまでの全てを込めた旅ビュッフェ。
さあ、これまでの私の旅路を見て、みんな!
思い切ってビュッフェプレートを差し出すと、魔女ぐるみのビーズの目がじっと凝視する。
「……え? なにこれ」
え? なにその反応。
「なんかデザート二つもあるし、お肉多いし、色んな地域の料理もあってテーマが見えない。何より中央のカレー。ビュッフェでカレー取っちゃう? 全部カレーの匂いになっちゃうわよ。後リリアさん魔法薬早く作ってね。在庫切れしまくってるから。20点」
……点数ひっく。トリノさんと同じじゃん。あと途中から魔法薬の催促されたし……。
「うーん……確かにこれは……」
トリノさんも私の盛りつけを見て困り顔をしていた。フォローのしようがないといった感じだ。
「リリアいっぱい取ったわね。このごはん達、なんだか懐かしい感じがするわ。あ、このグラタン……カニー!」
「リリアっぽいと言ったらリリアっぽいわ。色んな料理入ってるのが特に」
ベアトリスとライラも覗き込んでそんな事を言う。でもちょっとくらいは私が込めたテーマを感じてくれてはいるらしい。
そうだ……これは私の旅を込めたビュッフェプレート。他人に伝わらなくてもいい。私さえ分かっていれば……。
それが思い出なんだ。思い出はいつでも綺麗なんだよ。この思い出ビュッフェはカレーの匂いしかしないけど。
「……まあぶっちゃけ、ビュッフェなんて好きな物とって好きな物食べるのが一番じゃない?」
もうどう考えてもアレクサンドリアさんとしか思えない魔女ぐるみが、この場を締めていた。
そして最後に皆で完成したビュッフェを食べたのだけど。
……カレーの主張がすごくて、食べ終わった時カレーの印象しか残らなかった。
おいしかったけどさ。