164話、カジノのオーナー魔女トリノとルーレットフルコース
狂気のバーベキューを終えた翌日は、地獄だった。
大量に残った料理。そして二日酔いでうなるベアトリス。寝不足と調子に乗って飲んだアルコールが尾を引き頭痛がする私とモニカ。元気なのはライラだけ。
でも、私達はその後夜までかけて残った料理を全て片づけた。
寝不足と満腹でもう動けなくなり、更に一眠りした翌日。もうこのオラクルの町から旅立とうと決めた私に、マジックショーに戻るからと別れを告げたモニカがこんな事を言った。
「そういえばウィッチカジノのオーナーがリリアに会いたいって言ってたわよ」
「……は? どういうこと?」
ウィッチカジノとはこのオラクルの町の目玉であるアミューズメントパーク。私が二度とスロットをしないと誓った地だ。
「ほら、前私達ルーナラクリマがここのスロットのメンテナンスしてるって言ったじゃない?」
「うん、それがたまたま私達が訪れた時期と重なってこうして会ったんだよね」
「それでついついカジノのオーナーにリリアのこと喋っちゃったのよね。おいしいごはん求めて妖精を連れて旅する変な魔女がいるって」
「誰が変な魔女だよ」
突っ込む物の、考えてみれば確かに変かも、と思い直す。
「で、なんか色んな所を旅してきた知見に預かりたいって言いだして、どうにか会食できないかって頼まれたのよ。リリア、今日旅立つ前に行ってくれる?」
「ええーーー」
何だか妙な事になってきたぞ、と私は唸る。
ウィッチカジノのオーナーは私達と同じ魔女だから別に警戒する必要はないんだけど……あんなものを作って一大事業にするくらいだから、変人に決まっている。
「ま、そういうことだからよろしく頼むわ。それじゃあバイバイ。ライラちゃんもベアトリスも元気でね」
要件を告げたらもう私は知らないとばかりに、モニカは箒に乗って旅立っていった。
残された私達は顔を見合わせる。
「どうする?」
「行ってみたらいいんじゃない? そろそろお昼時だし、会食がしたいっていうならちょうどいいじゃない」
「あそこのごはんおいしかったわ」
ベアトリスの言う事はもっともだ。そしてライラの言葉が決め手となる。
あそこのごはんおいしかったもんな……一応行ってみるか。
どうせこの町も今日が最後。なら最後にウィッチカジノのオーナーに会いに行ってみよう。
そう決めて早速カジノへ向かい、店員に理由を告げる。するとすぐにオーナー室へ案内された。
オーナー室はカジノの二階にある豪華な部屋だ。煌びやかな部屋の印象とは裏腹に、試作品らしいスロットやルーレットが雑に置かれている。
「おーっほっほっほ! よく来たわね魔女リリアさん。私がこのウィッチカジノのオーナー! 人呼んで不夜城の魔女、トリノですわ!」
そうしてついに対面したカジノのオーナーである魔女は……なんというか強烈だった。
魔女服をドレス風にアレンジした衣装を身に纏い、魔女帽子を斜め掛けにしたトリノという名の魔女。背は私よりも高く、表情には自信が満ちいかにもやり手といった感じ。キンキン響く高い声からも強気な性格だとわかった。
「あ、どうも……魔女のリリアです」
圧倒されてぺこりと挨拶すると、彼女はうんうんと頷いた。
「モニカさんから聞いて存じていますわ。お連れの金髪美女がベアトリスさんで、愛らしい妖精さんがライラさんですわね。ようこそ、私のカジノへ! さあさあ、どうぞかけて下さい」
トリノに促され、私達は大きなテーブル席へと座った。
しかし会食という話だが、テーブルの上にあるのは大きなルーレットだけだ。
「それで、どうして私と会いたいと思ったんですか?」
「もちろん、様々な地域を旅しいるあなたの知見にあやかりたいからです」
「え……私そんな凄いことしてませんけど……」
「謙遜なさらないでください。そもそも妖精を連れていること自体が素晴らしい事です。魔女からしても妖精は不思議な生態をしている幻の存在。なのにあなたはその妖精と交流を持ち旅をしている……ああ、それだけであなたの旅が常人にとって未知の物だと想像できます!」
いや……私達ごはん食べてるだけなんだよね。
でも考えてみれば、妖精と共に旅をしているのは凄い事だ。多分私がライラから学んだ妖精の生態を本にしただけで、魔女界で大いに話題になるだろう。
……ライラが構わないなら、いつか本気で出そうかな。そうしたら弟子達も私へ尊敬のまなざしを向けるはず……。
なんて考えが横道にそれ、ぶんぶん頭を振る。
「まあその……未知の旅路かどうかは自分ではわからないですけど、それで、結局私にどうしてほしいんですか?」
まさかただ食事をして終わりなはずがない。私も彼女も魔女同士。お互いの専門領域についての意見交換が本質だろう。
もっとも私の専門は魔法薬だけど……今期待されているのは旅をしてきた知見のようだ。
「そうですわね。では早速本題に入りますわ」
こほんと咳払いし、トリノが立ち上がる。そしてテーブルの上の大きなルーレットを指さした。
「今日呼んだのは他でもありません! この新開発したルーレットのテストをして欲しいのです!」
「ルーレットのテスト?」
どういうことだと首を傾げる。ルーレットはすでにカジノ内にもたくさんあった。今更何をテストする必要があるだろう。
「ふふ、これは普通のルーレットとは違いますわ。本来のルーレットはディーラーが回しますが、これはスイッチ式でプレイヤーが回すもの。そしてルーレットを回したプレイヤーの魔力の気配で出目が変化するのです」
「それって……イカサマルーレット?」
「ノンノン。当ウィッチカジノはあくまでアミューズメントパーク。この仕掛けもお客様を楽しませるための物です。まずこのルーレットの出目は数字ではありません。スープやサラダ、パンにお米、そしてステーキや煮魚などなど……様々な料理が出目となっております」
確かに見てみれば、ルーレットの出目が表示される部分には料理のイラストが書かれていた。
「つまり……出た料理が食べられるってことですか?」
「その通りですわ! これぞ当カジノの新ルーレット、その名もルーレットフルコース。サラダやスープなどの前菜、パンやお米などの主食、肉や魚などのメイン料理、そしてデザートなどが表示されるルーレットで四つの玉を同時に回し、当たった物を食べると言う新感覚娯楽料理です」
「なんだそれ……」
食事と絡めたギャンブルじゃん。今の説明通りだと、下手するとサラダだけだったり、メイン料理が一個も当たらなかったりと、バランス悪い食事になってしまう。
しかしトリノからすると、そこが面白さの肝のようだ。
「どんな食事になるかわからない。だから面白いのではありませんか。リリアさんもたまにあるでしょうが、今日は何を食べようか迷って結局食べたい物がわからないというそんな時に、このルーレットの出番です。しかも前菜からデザートまでの料理を当てて見事フルコースを作ったら、もう一品追加という役も存在していますわ! 食事と遊びを取り入れたこのルーレットは、お子様達もきっと大喜び! これでよりファミリー層を獲得しようという魂胆ですわー!」
自分で魂胆とか言うのはやめた方が良いと思う。
しかしまるっきりギャンブル料理だよこれは。何が当たるかわからないってことは、何を食べることになるかわからない。しかも下手すると全部デザートだったりするわけだ。
うーん、私はできれば自分で食べる料理を決めたいタイプだけどなー。
でも、私とは違いベアトリスとライラは興味ありげだった。
「ふーん、ちょっと面白そうじゃない。このルーレットにしかない料理を出すのもいいんじゃないかしら?」
「大当たりの高級料理とかあるともっと楽しいと思うわ。カニとか!」
「まあ、いいアイディアですわ! 前向きに検討いたします!」
説明を受けてわずか十数秒で改善案を出した二人に驚きだった。私よりはるかに知見あるよ……。
「リリアさんの方はどう思いますか?」
「えっと……とりあえずやってみないとわからないかな……」
「そうですわね! では早速皆で回してみてください! 本日の会食は実際に出たその出目の料理を提供いたしますわ!」
なんてことだ……ギャンブル料理がお昼ごはんになってしまった。
これは外せない。絶対に外せないぞ……!
ごはんの事となったら真剣な私なので、ぐぬぬと唸りながらルーレットを見つめる。いや、見つめたところで出目が良くなる訳ではないけど。
「最初は私からやるー」
なんだか楽しそうなライラが、早速ルーレットを回す。からから回るルーレットに四つの玉が転がり、やがてポケットにそれぞれ吸い込まれていった。
「カニサラダ! カニ玉! カニパン×2! カニ尽くしですわー!」
「カニー!」
トリノに出目を読み上げられ、ライラがカニカニと喜ぶ。いや、騙されるなライラ。最後のカニパンは多分カニの形したパンだよ。カニ関係ないからあれ。
「次は私ね」
今度はベアトリスがルーレットを回す。
「出目は……アボカドサラダにお味噌汁、卵スープにフカヒレスープですわ!」
「スープばっかりじゃん」
その偏りに呆然とする私だけど、当のベアトリス本人は嬉しそうに頷いていた。
「まだ二日酔いが尾を引いているから、スープがたくさんなのは助かるわ……」
まだ二日酔いしてたんかい。
いや、問題はそこじゃない。カニ好きのライラがカニ系を引き当てたり、二日酔いを引きずるベアトリスが二日酔いに嬉しいスープ系を引き当てた。
そういえば、ルーレットを回すプレイヤーの魔力の波長を感じ取って出目が決まると言っていたっけ……。
「そうか……これは今食べたいやつが優先的に当たるルーレットなんだ!」
「ふふ……さすがはリリアさん! その通りですわ!」
さっき話したこのルーレットを開発したいきさつ。今日は何を食べようか迷って結局決めきれない。そんな時はこのルーレットを使えば、自分が真に食べたかったものが当たる……そういうことなんだ。
ギャンブルだなんてとんでもない。心の奥底で食べたかった物が当たる最高のルーレットじゃないか。
それに気づいた私は、わくわくしながらルーレットを回した。
さて、今の私は何が食べたいんだろう。やっぱりステーキかな……魚もいいな。お刺身とかも久しぶりに食べたいかも。
そんな風にルーレットを見ながら妄想していると、やがてカチカチっとポケットに吸い込まれて出目が決まった。
「かぼちゃスープ! パン! パン! パン! ですわ!」
「なんでだよっ!」
いや確かにかぼちゃスープとそれにひたしたパンが大好物だけども! バランス悪い!
「もしかしてこのルーレット、食べたい物を優先するあまり被りまくるんじゃないの……?」
私が言うと、トリノがはっとした。
「た、確かに……三人とも被りまくりですわ! ううん……これは要改善ですわね。やはりリリアさんをお呼びして正解でした!」
いや、こんなの誰でもすぐ気づくよ。
「とりあえず色々と改善点や改善案も頂けましたし、早速食事をしましょうか」
トリノがパチンと指を鳴らすと、当たった料理が次々運び込まれて来た。
「わーいカニー! カニの形のパンー!」
「まるでスープバーに来た気分だわ……サラダがあるからスープ三つもそこまで悪くないわね」
「……うん、パン多いけどかぼちゃスープおいしいや」
バランス悪い食事だけど、なんだかんだ満足する私達だった。