163話、バーベキュー夜会2
あらかた料理を作り終え、私達は疲れ果ててどさっとイスに座っていた。
パチパチと鳴る焼ける木炭。じわじわ焼かれる串焼き達。
時刻はもう零時前後だろうか。多少の眠気が襲う中、目の前には大量の料理。
「作り過ぎた……」
「作り過ぎたわね……」
私が言うと、ベアトリスも後悔したように唸った。
あの後、酒が進むベアトリスは酔いのまま色んな料理を作りだしていたのだ。
スープや串焼きはもちろん、アボカドを使ったサラダに、味付けをして焼き上げた焼き鳥、スパイスをぬり込んだスパイシー手羽先、パンに野菜と肉を放り込んだ上にチーズたっぷりに焼き上げたピザパン。
他にも余った食材をもうありったけバーベキューコンロにのっけて焼いていた。
ここへ更に、私が作ったテールスープにモニカ作の肉ミルフィーユカツレツも存在する。
完全にやり過ぎた。ノリと勢いでバカみたいに料理しすぎた。もう誰も止まらなかったし誰も止めなかった。
これを食べるには本当に朝までかかる。いや、朝までかかっても食べきれない。せめて持ち帰れるくらいには食べ切りたいと願うほどだ。
「ま、まあ豪華でいいじゃない」
モニカの渇いた笑い声。さすがの彼女も自分の許容量を超える肉を目の前にするとこうなるらしい。
「こんなのリリアのお弟子さん達まで呼ばないと食べきれないわね」
ライラは大量のごはんに圧倒され、以前弟子達とした食事会頃まで記憶が飛んだようだ。戻ってきて、ライラ。あの弟子達は多分適当に食べてから私を見捨てて帰るよ。
「リリアって弟子が居たのね……意外だわ……」
酔ってとろんとした目をするベアトリスがぼけっと言っていた。驚きはあるが、しかしこの大量の料理よりは衝撃度は低い。そんな印象のようだ。
「とりあえず……食べよっか」
私が言うと、皆のろのろと動きだす。
「まずはやっぱりサラダからよね」
言いながらベアトリスはアボカドのサラダを食べ出した。確かに最初はサラダから食べたいけどさ……それはこの大量の肉からの逃避でしかない気がする。
「よしっ……!」
モニカは自分の頬をぺちんと叩いて、気合を入れていた。
「肉だ……肉を食べるぞー!」
さすがは肉好き。圧倒されていたのにかつての自分を取り戻した。勢いよくねぎまや牛串に食いついていく。
「私も食べるわ」
対してライラはのん気に焼き鳥を頬張りだす。やはり妖精は満腹という概念が薄いのか、この大量の食べ物を前にしても胃もたれしてないらしい。
でも人間はね、見るだけでお腹いっぱいになっちゃうんだよ、これ。
「私も食べよ……」
とにかく食べよう。朝まで食べよう。もはやバーベキューどころか大食い大会となったこの夜会を受け入れ、私はモニカが作った肉ミルフィーユカツレツを口に運ぶ。
モニカには珍しく、一口サイズに作られているそれは、サクサクっとした食感で噛むたびに肉汁が溢れてきた。
ベアトリスのアドバイスでパン粉に粉チーズを入れているからか、まろやかな口当たり。やはり肉とチーズの相性はいい。
レモン汁やカツ用のソースをかけて食べると、ぐっと味が良くなる。
「モニカが作ったとは思えないくらいおいしいね、これ」
「それすっごくあたしをバカにした発言じゃない?」
憤慨するモニカへ目は合わせなかった。これベアトリスのアドバイス通りに作ったから、正確にはモニカ作ではないんだよね。真のモニカ作は、野菜と肉を適当に放り込んで焼いたピザパンの方だったりする。
次にねぎま、牛串と口に運ぶ。ねぎまはジューシーな鶏肉の味と、シャキっとした食感残る焼きネギがまたおいしい。鶏肉とネギって相性いいんだよね。
そして牛串は噛みごたえのある牛肉に、焼けてしんなりとして甘みが増した玉ねぎが高相性。
そして野菜がたっぷり入ったミネストローネをこくっと飲む。
「ふぅ……」
なんて一息つくと同時に、とある実感を抱いた。
あ、終わった。今私の中で一つの食事が終わった。十分今日のごはん楽しんだ。
そう思うものの、現実は目の前にある大量の食べ物達。まだまだ肉がうなるように残っている。
本当にこれ朝までかかっちゃうじゃーん……。
現実逃避したくて頭を抱えだしそうになる私。他の皆はどうなんだろうと様子を伺う。
ベアトリスの方は意外と食が進んでいる方だ。ワイン片手にサラダと肉を交互に食べている。
ライラもわりと食べるペースが良い。チーズたっぷりのピザパンに喰らいつきながら、時折お酒を飲んでいる。
お酒……お酒か? この大量の食べ物を消費するには、お酒の力が必要なのか?
お酒を飲む人はつまみも結構食べると聞いたことがある。赤ワインにはお肉が合うとも言うし、やはりお酒があると食も進むんじゃないだろうか。
しかしお酒、苦手なんだよな……。
同じ事を思い至ったのか、私とモニカの目が合う。私達はお酒飲めないコンビだ。
「んくっ……ぷはっ……。わりとお酒と一緒にゆっくり食べればいけないこともないのかしら……?」
なんてベアトリスがタイミングよく言うと、モニカが決意したように立ち上がった。
「飲みやすいお酒ってある? 私も飲みながら食べる」
そう言いだしたモニカに、私は驚きを隠せない。
「え? お酒飲んじゃうの?」
「もうそれしかないわ! ちょっとだけなら気分が悪くなることもないだろうし、お酒様の力を借りて肉を食べるのよ!」
お酒に様つける人初めて見た……これが私の幼馴染なのか……。
「一応リリアやモニカが飲めそうな物も買ってあるわよ。レモンチェッロって言って、レモンのさっぱりした味わいがお肉の油を洗い流してくれるわ。度数は高いけど炭酸水で割って飲むから、かなり薄めれば大丈夫だと思うわよ」
なるほど、お酒に弱いなら自分でかなり薄めればいいわけか。
「……私も飲もうかな」
モニカに触発されて私もその気になり、二人でレモンチェッロとやらを準備する。炭酸水もレモンチェッロもベアトリスのクーラーボックスにあった。
「うわっ、これ度数三十パーセントもあるわよ」
「かなり薄めないとだなぁ……三分の一くらい?」
「バカね、そんな濃いの飲んだら私達死んじゃうわよ。四分の一……いや五分の一!」
「いや、いっその事十分の一で割ろう! 飲んでからやっぱり濃かったじゃあ遅すぎる!」
「そうねっ!」
悲しき酒弱いコンビの必死の調整により、超薄々レモン炭酸酒ができあがったのだった。
とりあえず一口ぐびっと飲んでみる。しゅわっとした炭酸に、ほのかに香るレモン。なんだかすごく爽やか。
「あっ、おいしい」
「レモン風味がいいわね。結構食欲湧いてきたかも」
「アルコール感も大分ない。やっぱり十分の一が適量だったんだよ」
「これくらいのをちびちび飲めばいける! いけるわアルコール!」
単純計算で度数三パーセントくらいか。それが私達がおいしく飲める限界らしい。それ以上は頭割れる。
ベアトリスはそんな私達を憐れむように見て、自身もレモンチェッロを割り出した。
「レモンの香りを楽しむためには、大体五割はレモンチェッロを残した方がいいんだけどね……ライラ飲む?」
「飲む~!」
私達飲めない組とは異次元の飲み方をする二人を尻目に、再度食を再開した。
アルコールをちびちび入れて食欲を回復し、肉を喰らう。
いったい私達はなにをしているのか? なぜこうまでして肉を喰らうのか?
わからない。わからないけど、料理はどれもこれもおいしかった。胃袋に限界がなければ喜んで全部食べていた。
一時間……二時間……三時間……。
休み休み、お酒を飲み飲み、肉を食べ食べ……。
眠気と酔いと満腹感。深夜にもなると、全員虚ろな瞳をしていた。ベアトリスなんてもう完全に酔っぱらっていて、ぐでっと椅子に寄りかかっていた。
「うわっ……この時間のテールスープ染みる……」
「えっ、本当? うわ……本当に染みる……」
私とモニカはやっぱりアルコールはそんなに飲めないので、代わりにグビグビテールスープを飲み始める。
ライラは平気な顔でお酒をぐびぐび飲み、たまに残った料理を一口つまんでいた。
ベアトリスは……。
「あぁ……ラズベリー……私はラズベリー園を経営するのよ……」
完全に酔っぱらってしまっていて、もう夢の中だった。夢の中でラズベリー園経営してるこいつ。
この頃になると、私達全員もう悟っていた。
これ全部食べるの無理だな……と。
やがて、空が白み始める。輝かしい夜明けを迎える。
私とモニカは大量に残った料理と、寝こけて二日酔い確定のベアトリスを前にして、ただただ諦めの境地だった。
「……パックに詰めよっか」
「そうね……今日のお昼と夜ごはんね、これ」
「……良かったらこのまま私の宿に来なよ」
「そうする……」
こうしてバーベキュー夜会は終わる。でもこの後一眠りして起きてから、バーベキュー夜会の続きがまた開催されるのだろう。その時は昼会だけど。
料理を全部食べるまで終わることは無い。それがバーベキューなのだから……。