16話、チキンソテーのワンプレート
おいしいお肉料理が食べられるお店を求めて歩くこと十数分。私がふと足を止めたのは、おしゃれな外装の料理店だった。
足を止めた理由はその見た目に引き付けられたというよりも、お店の前に設置された小さな看板のせいだ。
そこにはこう書かれてある。本日のおすすめ、チキンソテーのセット。
チキンソテー。シンプルな名前ながら、とても食欲がそそる。お店によってソースが違うだろうし、焼き加減や下味のつけ方も変わるだろう。
シンプルでありながら……いや、シンプルな料理だからこそ、奥が深いんじゃないだろうか。
……正直、チキンソテーが奥深い料理かどうかはどうでもいいんだけど。とにかく今の私のお腹が求めているのに合致する料理だ。
決めた、このお店でチキンソテーを食べよう。
期待に胸を膨らませ、店内に入る。
人気のお店なのか、お客さんでいっぱいだった。これはかなり味に期待できそうだ。
「あの、表に書いてあったチキンソテーのセットをお願いします」
席につくなり店員さんに注文を告げ、運ばれてきたお水を飲んだ。
喉を潤せたのはいいのだが、水とはいえすきっ腹に物を入れると強い空腹を感じてしまう。
空腹を紛らわせるために、テーブルに置かれてあったメニューを一通り見てみることにした。
「ここ、お肉料理が多いな」
ざっと見ていくと、私が頼んだチキンソテー以外にもお肉料理がたくさんあった。
牛肉を使ったハンバーグや、豚肉の香草焼き。そんな見慣れた料理名の中、一際異彩を放つ肉料理があった。
「沼ワニのオーブン焼き……沼ワニのフライ……ここの人、ワニを食べるの……?」
ワニくらい私も知っている。この目で実際に見たことはないけど、肉食で大きくて、なんかやばい奴。
ワニを食べるという発想は私の中に無かったので衝撃を受けてしまう。でも、それ以上に衝撃を受けたことがある。
「沼ワニってことは……沼に住んでるの?」
思い出したのは両足を沼地に突っ込んだ先ほどの出来事。
もしかしたらあの沼にもワニが潜んでいたのでは……そう思うと顔が青ざめた。
まかり間違ったら以前やった魚釣りよろしく、私の両足でワニを釣り上げてしまっていたかもしれない。
もっとはっきり言うと、私の足が食べられてたかも。……こわっ。
ゾクゾクと足に鳥肌が立ち、思わず内またを擦り合わせた。
そんな風に恐怖に震えていた私だが、注文した料理が運ばれてくるとすぐに食欲が恐怖を凌駕する。
チキンソテーのセットとは、ワンプレート料理のようだ。
お椀型に盛られたライスに、香ばしく焼かれたチキンソテー、それにポテトサラダが一枚のお皿の上に並んでいる。
このお店の外装が物語るように、出される料理もおしゃれな物だった。
メインのチキンソテーにはガーリックソースがかけられているらしく、食欲がそそる良い匂いがしてくる。
こんなおいしそうな料理を前にしたら、さっきのワニうんぬんのことなんてもう忘れてしまう。
もう終わってしまったことに、もしああなっていたら……なんて仮定を用いて恐怖に震えるのは不毛なことだ。そんなことよりおいしいごはんを食べることのほうが重要重要。
ナイフとフォークを持ち、さっそくメインのチキンソテーに手をつける。
ナイフで一口サイズに切ったチキンソテーを口に運ぶと、香ばしいガーリックの匂いと鶏肉の味が口の中に広がった。
おいしい。問題なくおいしい。ガーリックソースと鶏肉がとても合っている。
口の中にチキンソテーの味が残っている内に、ライスを頬張った。
お米を主食にしている食文化の人たちが、こうして主食のお米と惣菜を一緒に食べることは知っていた。
……教えてくれたのは湿地帯出身でお米を主食にしていた三番目の弟子、リネットだけど。
炊いたお米はほのかに甘く、ガーリックソースがかかったチキンソテーの強い塩気をうまく中和してくれる。
炊いたお米はそこまで好きというわけではないけど、とてもおいしい。
なんだか最近お米に抵抗無くなってきている。私パン派なのに。
好き嫌いが一つ無くなったということなので、それは喜ぶべきことなのだけど。
チキンソテーとライスについてはもう言うこと無し。となると気になるのは付け合わせのポテトサラダだ。
ポテトサラダと言えば、ポテトを潰して塩コショウ、マヨネーズなどで味を整えるシンプルな料理。だけど、野菜やハムなどその他色々な食材を入れることで結構個性があらわれる。
ポテトサラダを前にして私の手が思わず止まってしまうのは、それがかなり個性的な色合いをしていたからだろう。
このポテトサラダ、ところどころ緑色の小さなツブっぽいのがある。一瞬苔でも生えてるの? と思ってしまった。
これいったい何なのだろう。食べられるものには間違いないだろうけど、ちょっと不気味。
戸惑っていてもしょうがないので、思い切って一口食べてみることに。
「ん……なんか、水草みたいな風味というか匂いがする……」
水草は水辺に生えている植物で色々な種類があるが、魔法薬の材料になるのでその独特な匂いは知っていた。
この匂いがするということは、この緑色のツブは水草を細かく切ったものなのだろうか。
私はさっき見ていたメニューを再度開いて、ポテトサラダ単品を確認してみる。
えー、料理名は……沼草のポテトサラダ……。
また沼かよっ。沼に生えてる草なのかよっ。
なるほど、ここの人たちにとって沼から取れるものは立派な食材なんだ。そういう文化なんだ。
あんなにどろぐちゃっとしてる沼から取れたものをよく食べようとするなぁ。と思う反面、確かに味は悪くないと納得する自分がいた。
もう一度ポテトサラダをぱくり。うん、普通においしい。沼からとれた水草が入ってると知らなければ、変わり種のポテトサラダとして受け入れられる。
おいしいし現地の人が普通に食べている食材なら、何も文句はないよ。
特においしいというのが重要。おいしければもうどうだっていいよね。
水草……もとい沼草の独特な風味は、意外と口の中をさっぱりさせてくれる。チキンソテーの付け合わせにはぴったりかもしれない。
一口大に切ったチキンソテーをガーリックソースと良く絡め、ライスと一緒に食べる。
そして口の中の塩辛さをさっぱりさせるために再度ポテトサラダを食べると、またガーリックソースの効いたチキンソテーが食べたくなってくる。
当然チキンソテーを食べるとほのかに甘いライスが食べたくなり、まったく手が止まらない。
うまく分量配分し、チキンソテーとライスをちょうど一緒に食べ終える。そして残ったポテトサラダを食べ、最後に水で口を潤した。
「おいしかった……ごちそう様でした」
おいしいお肉料理を食べ、すっかり満足できた。
やっぱりたまにはこういうような、いかにもお肉って感じの肉料理を食べるべきだ。
なんか満足感が違うもん。
お腹いっぱいになった私はお茶が飲みたくなり、またメニューを眺め出した。
紅茶もいいけど、この町独特のお茶とかはないのだろうか。さすがに沼から取れた茶葉なんてないだろうけど。
期待半分不安半分。メニューを眺める時間は、思いのほか楽しいものだった。