153話、野外アフタヌーンティーとドライフルーツケーキ
ベルストの町から旅立ち、歩き続ける事数時間。すでにお昼も過ぎ、簡単にお昼ごはんも済ませた午後二時半ごろの事だった。
「ねえ、そろそろお茶の時間にしない?」
突然ベアトリスがそう言い、荷物を降ろしてシートを引いて、いそいそとティータイムの準備を始め出した。
どうやらベルストの町で過ごした間に、すっかりお茶の時間が癖になってしまったらしい。
どうせ気ままな旅路だ。天気もいいし、野外でゆったりお茶の時間を楽しむのも悪くない。それにベルストの町で日持ちしない生菓子を結構買ってたし、それをおいしく食べる為にも必要な時間だろう。
「私はお菓子を準備するから、リリアはお茶を沸かしてちょうだい」
「おっけー」
言われるまま、魔術で火を起こしケトルでお湯を沸かし始める。その間にベルストで買っておいたブランド物の茶葉を準備。普段は大量生産物を買っているが、今回はせっかくなので奮発した。茶葉も保存状況や時間の経過で劣化するので、もったいないから早めに飲んでおきたい。
「ちなみにお菓子はなに?」
「ドライフルーツケーキよ。ベルストではプティングって呼ばれてるわ」
プティングとは蒸し料理の総称だ。つまりドライフルーツが入った蒸しケーキなのだろう。紅茶と合いそうで期待が持てる。
お湯を沸かしている間は手持ち無沙汰なので、ベアトリスの準備をライラと共に見守る。
彼女はクーラーボックスに入れておいた小さな箱を取り出し、それを開封。中には大きな蒸しケーキが入っていた。色目は黒系で、チョコがベースの生地なのかも。
それをまな板の上に置き、包丁で切り分ける。綺麗に八等分されたケーキの断面には、小さい固形物がぎっしり入っている。多分ドライフルーツだろう。
ベアトリスは切り分けたケーキをちゃちゃっと三つ小皿に取り分けた。どうやら準備は済んだようだ。
「後はお茶だけね」
「もう少しで沸くよ」
ケトルの中を見るとこぽこぽと水泡が上がっていたが、もっとしっかり沸騰させたい。熱いお湯で茶葉をしっかり蒸らすとおいしくなる……らしいから。
紅茶待ちで暇だったのか、ライラがケーキの方へ飛んでいく。興味深そうにケーキを眺めていた彼女は、突然うわっと声を出した。
「お酒の匂いがするわ」
何度かケーキの匂いを嗅いだライラに言われ、ベアトリスが頷く。
「ああ、これラム酒を使ってるのよ」
「ケーキにお酒を使うの?」
「意外とお菓子にお酒を使うのってあるのよね。チョコなんかもお酒が使われたのがあるのよ」
「へえ~……リリアは大丈夫?」
ライラは私がお酒に弱いと理解しつつあるらしく、心配そうに顔を伺われた。
「お菓子に使われているくらいなら大丈夫だよ。熱が入っているからアルコール自体は飛んでるし、さすがに匂いだけで酔うほど弱くはないよ」
いくらなんでも、そこまで弱くないはずだ。……弱くないよね? 私。お酒全然飲まないから自分でもどれくらい弱いか分からないんだよなぁ。
「一パーセント未満だけどアルコールが飛んでないお菓子とかもあったりするけどね。さすがにケーキだからリリアの言う通り飛んでるわね。きっと大丈夫よ」
そうこうしている内にお湯がしっかり沸騰したので、茶葉を入れて煮出し始める。ケトルに豪快に投入しているのだが、野外で器具も限られているし、しかたない。コップに入れる時に気をつければ茶葉は入らないし、多少入った所で体にも悪くないので問題ないだろう。
待つこと数分。いい具合に色づいて匂いも立ってきた頃、それぞれのカップに紅茶をそそいでいく。
お皿もそうだが、ベアトリスが旅についてきてから食器類は人数分揃えるようにしてある。というかベアトリスが持っている分も含めると十分にあるのだ。分散しているからそんなに荷物にもならなかった。
「はい、紅茶」
ベアトリスとライラにカップを渡し、ティータイムの準備完了。
「それじゃあ、頂きましょうか」
なんて優雅に言って、ベアトリスは紅茶に口をつけた。こうして見ると所作は優雅で、綺麗な金髪と赤い瞳も相まってお嬢様に見える。中身はラズベリー吸血鬼なんだけども。
私も一口紅茶を飲む。
……うん。良い茶葉だから普段よりおいしく感じられる。実際どうなのかは分からないけど、良い茶葉で入れた紅茶という認識がおいしさを増大させている気がする。
続いてプティング、もといドライフルーツケーキを食べることに。フォークで一口分切り取ってみると、ドライフルーツのやや硬めな感触があった。
ドライフルーツは見た所、レーズンにクランベリー系がぎっしり入っている。赤色や黄色もあって色とりどりだ。
ぱくっと一口。食べると鼻の奥を突き抜けるようなお酒の匂いがした。う~ん、アルコールは飛んでてもラム酒の匂いがしっかりあって確かに酔った気分になる。
味はドライフルーツのおかげで甘酸っぱい。ケーキの生地自体は甘さが無く、むしろほろ苦い感じ。お酒の匂いも相まって、なんだか大人びたケーキだ。
「うん、おいしいわ。ラム酒の匂いもいいじゃない」
「本当ね。お酒の匂いがするケーキって面白いわ」
お酒に強い二人は絶賛しながら食べていた。
正直私としてもおいしいのだが、お酒の匂いが強い気がする。お酒苦手だからかな?
なんていうか、大人がひっそりと楽しむケーキといった風情。子供はこのお酒の匂いが苦手だと思う。
そう考えると私って子供舌なのか? ライラの方が……大人?
いや、そうか。ライラの年齢って分からないし、前も思ったが私より上の可能性が十分にある。しかもベアトリスも年齢不詳だから私より上かも……吸血鬼とか見た目と年齢が剥離している可能性が高いし。
あれ? 私ってこの二人より子供……? 子供なのか?
い、いや、そんなはずはない。これまでの二人の事を思い出して、私はそう自分を鼓舞した。
私だって十分に大人だ。見た目こそ十五歳から代わらないが、弟子も三人いる大人なのだ。
その証明として、このお酒の匂い香るケーキも全部食べてみせよう。
ぱくっと一口。そのまま続けて食べて、勢いで半分まで。
……。
「ライラ、ベアトリス、私お酒の匂いするお菓子苦手みたいだから残りはあげる」
降参しました。大人にだって苦手な物がある。そう自分に言い訳して素直になりました。
「あら、お酒の匂いがするこの手の食べ物はダメだったのね。次から気を付けるわ」
「じゃあ私が残りを食べてあげるわよ」
ベアトリスもライラも、お酒の匂い香るお菓子がダメだった私をからかうことなく、いつも通りの態度だ。
なんか……大人だ。嘘でしょ、私より二人の方が大人……なのかな……?
ただお菓子を食べてるだけなのに、なんだか二人が大人びて見える私だった。