143話、平原の屋台と肉まん
沢ガニを食べた後、またツツジ湖を迂回し始めて三時間ほどが経った。ようやく私達は出発地点から向かい側へと到達し、ツツジ湖を後にする。
ツツジ湖から先は開けた平原地帯が広がっていた。短い青草が茂り、多少隆起する平原の光景は上に広がる青空と相まって開放感が凄まじい。
しかし少し進んでから、妙なことに気づきはじめた。こんなだだっぴろい平原に、なぜかこじんまりとした屋台があちこちにぽつぽつと点在しているのだ。
最初はツツジ湖が近いから、そこに向かう観光客を狙っているのかと思っていたが、どうも違うらしい。なぜなら、平原を先に進めば進むほど屋台の数が増していくからだ。
気が付けば、町の飲食街くらい屋台が居並びだしている。平原の真ん中で屋台が連なる光景は、まるでお祭りのようでもあった。
でも祭りをしているという雰囲気もない。私達と同じ旅人もちらほら居るが、誰も気にした風でもなく普通に屋台で食べ物を購入していた。
「近くに町とかあるんでしょうけど……それにしても、こんな平原にこうまで屋台が多いと奇妙よね」
ベアトリスの意見に私は頷きを返す。
「ねっ。何の変哲もない平原なのに……でもこの辺、旅人が多いっぽいからそれを狙って出店してるのかも」
「逆説的に、屋台がたくさんあるから旅人も寄ってくるのかもしれないわよ。まあどっちが先でもいいけど」
それより、とベアトリスは屋台へちらちら視線を向ける。
「お昼を食べてから結構経ったし、軽く何かオヤツ代わりに買っていかない? 見た事がない料理もあって興味があるわ」
その意見には大賛成。こう屋台が並んでいると良い匂いがするし食欲が刺激される。私も何か買って食べたい気分だった。
「ライラはお腹空いてる?」
「問題ないわよ」
先ほどカニを食べてご機嫌なライラは、私の魔女帽子へ座らずにずっと空を飛んでいた。そのおかげかお腹は空いているらしい。……いや、妖精に空腹って概念があるのかはちょっと謎だけど。
「よし、じゃあ何か買うか。あ、ベアトリスが気になってるやつってどれ?」
「あれよあれ。あの肉まんって書かれているの」
言って、とある屋台を指さす。見るとそこには、肉まんと書かれているのれんが立っていた。その屋台からはもうもうと煙が上がっている。
「肉まん……って聞いたことあるような。確か蒸しパンみたいな物だっけ?」
どこかの地方での料理だと、昔エメラルダあたりが言ってた気がする。エメラルダは珍しい物が好きだからそういう知識が結構あるのだ。
屋台に近づいて中を覗くと、肉まんとやらがちょうどできたらしく、蒸し器らしい器具が開けられた。
そこには白いもちっとしたパンのような物が入っている。真上から見て真ん中部分がねじられているらしく、渦のような螺旋形が描かれていた。
「蒸しパン……って感じには見えないわ」
「……だね。そもそもパンかなこれ」
蒸しパンとは違って、生地がもうちょっとしっかりしているようにも見える。
肉まんって事は……この中に肉が入っているのだろうか。ちょっと想像できない。
「とにかく食べてみよっか」
こういう見た事が無い料理を食べるのが私の旅の目的だ。食べない訳にはいかない。
早速私とベアトリスの二人分を購入し、私のを半分にしてライラに渡すことにした。
そうして半分に割ってみると……中にはソースというか、どろねばっとした物が入っていた。なんだこれ、てっきり肉が入っていると思ったけど想像と違う。
とりあえず食べてみなければどういう味かも分からない。意を決して一口かじってみた。
「……あ、なんかもちっとしてておいしい。肉っぽい味もする」
肉まんの生地はもっちりとしたタイプ。蒸しパンとは違った食感だけど、パン系統な感じはした。そして中のあのどろっとしたソースみたいなの、意外にもちゃんと肉系の味がする。あとシャクシャクした食感もあった。多分肉を刻んで、野菜類と炒めて味付けをしてソース仕立てにしているのだろう。
これは中々おいしい。蒸しパンっぽくもあるがそれとは全然違い、食べた事あるようで食べた事がない不思議な感覚だ。
ベアトリスやライラも私に続いてパクっと食べ出した。
「……うん。確かに蒸しパンとはちょっと違うわね。でもおいしいわよこれ」
ベアトリスは生地の方に興味があるのか、手で細かくちぎったり、生地部分だけ食べたりと熱心だった。
「小麦粉で作ってあるのは間違いないわね。蒸しパンの生地とは違って、しっかり練って発酵させたパン生地を蒸したらこんな風になるのかしら? 甘い物とも合いそうだけど……ラズベリーとは合いそうにないわ」
……何を熱心に生地を調べているのかと思えば、ラズベリー料理に転用できないか考えていたのか。さすがラズベリー吸血鬼。今更だけどラズベリー吸血鬼って何なの? 何を思ってそんな自称を? そんなにラズベリー好きか。
一方、ベアトリスとは違い、私と同じく何も考えずパクパク肉まんをついばんでいたライラが、ふと明後日の方を指さした。
「二人ともあれ見て」
「ん?」
つられて私とベアトリスが見てみると、そこにはまた別の屋台があった。
「あそこ、あんまんって書いてあるわ。この肉まんの別種類かしら?」
「そうかもしれないね」
名称からすると中身が違うだけで同じ料理なのだろう。でもあんまんの『あん』ってなんだ?
「あん……あん……」
私がぼそぼそ呟きながら考えていると、ベアトリスがはっとした顔をした。
「もしかして、あんこ?」
……。
「あんこはもういいや」
「あんこはもういいわ」
「あんこはもういいわよね」
ここしばらくあんこをよく食べていたせいか、私達の意見は統一されたのだった。
肉まん、肉系のソースだけど十分オヤツ感あるから満足満足。たまにはお菓子系以外のオヤツもいい物だ。
あんまんの屋台から漂う甘い匂いを嗅ぎながらそう思う私だった。