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14話、魚のごった煮ごはん

「……釣れないなぁ」


 お昼にはまだ遠い、太陽が天頂を目指す午前の頃。私は昨日焼き魚を食べた村の近くにある湖で釣りをしていた。


 なんでも、あの村で食べられる魚のほとんどはこの湖で釣っているとのこと。

 更に村人から聞いたのだが、あの村の一部のお店は魚を持っていけば格安で調理してくれるらしい。


 とのことで、私は柄にもなく釣りをしてみることにした。


 ちなみに釣竿はあの村の入口にあるお土産屋さんで売っていた。ちゃっかりしている。

 釣りなんてやったことなかったからちょっと楽しみだったけど、やってみるとこれがかなり暇なものだ。


 竿を振って針がついた糸先をできるだけ遠くに投げ入れたら、あとはもうすることがない。楽だけど暇だ。


「本当にこれで釣れるのかなぁ」


 釣り初挑戦のせいか、これで大丈夫なのか漠然とした不安に襲われる。

 もう釣りを開始して一時間ほどは経っている。このまま何も釣れなかったら、この時間は無意味なのではないだろうか。


 もっとも、釣りを趣味にする人はこういう時間も楽しんでいるのだろうけど……私にはそういうのまだ早い。ほら、私若いし。老化しないし。


 ぼーっと湖を眺める時間がひたすらに続いていく。

 私の他に釣りをする人たちが数人いるが、彼らにも魚がかかる気配がないようだ。

 暇な時間が続く上に、日光が暖かくて段々眠くなってくる。


 あくびをかいてうつらうつらと船をこいでいたら、握っていた釣竿が小さく引っ張られた。

 ……もしかして魚かかった? でも手ごたえ小さい……え、釣りって魚がかかってもこんな静かな物なの?


 なんだか期待外れな気持ちを抱いて釣竿を引っ張ってみる。

 小さい抵抗を感じたものの、さして苦労せずに釣り上げることができた。


「……ちっさ」


 釣れたのは予想通り小魚だった。私の手の平サイズ。ちっさ。本当小さい。稚魚かな?

 さすがにこの小魚一匹では調理してもらえないだろう。

 しかたなくまた釣りを再開することにする。


 針先にエサを刺し、湖に投げ入れる。ちなみにエサは小さい団子状のものだ。これもお土産屋で売っていた。ちゃっかりしている。

 しばらくしたらまた魚がかかったので釣り上げる。

 今回も手ごたえは小さい。釣り上げたのは当然小魚だった。


 ……この湖、大きい魚いるの?


 別にお昼から豪勢な魚料理を食べたいというわけではないけど、もっとこう、大物と格闘する感覚とか味わってみたい。なんか釣りって大きい魚を必死になって釣り上げるイメージだったんだよなぁ。

 実際の釣りはイメージ通りにはいかないもので。ちょこちょこ当たりは来るものの、全部小魚だった。


「これだけ釣れればもういいか」


 五匹ほど釣ったところで釣りを止めることにした。小魚とはいえ五匹もいればお昼には十分だろう。

 結果的にまったりと釣りをしただけで、有意義な時間を過ごせたのかは疑問だ。でも釣れたからいいか。


 すぐに昨日の村に戻り、釣ってきた魚を調理してくれそうなお店を探すことにした。

 お店を見つけるのは簡単だった。そろそろお昼時ということもあり、魚を店員に渡す人がちらほらいたからだ。

 私も他の人に習い、お店の人に釣ってきた小魚たちを差し出した。


「これお願いしまーす……」


 こういうのは初体験なので、どういう風に注文すればいいのか分からない。なのでお店の人にお任せすることにした。


 私の注文を受けた店員さんが、釣ってきた小魚を一匹残らず調理台に持っていく。さらば小魚たち。

 今から料理される小魚を哀れに思う気持ちと、いったいどういう料理になるんだろうと期待する気持ち。それらが混じった目で店員さんの調理を見守る。


 店員さんの手際は良かった。包丁でヒレと頭を落とし、お腹を開いて内臓を取っていく。

 そして開いたお腹を軽く水で洗った後、五匹全部ぶつ切りにしてお湯が入った鍋に投入した。

 どうやら種類の違う魚全部一緒に煮るつもりらしい。


 ……なんか雑じゃない? 格安料理だしそんなものか。


 ちなみに料理に使う魚の余った部分は全部お店が貰うということになっている。それも格安の一因になっているのだろう。

 今回の私の場合、落としたヒレと頭、そして内臓部分は全部お店側の物になったということだ。

 私からすると全部不必要な物に思えるが、きっと何かしらの料理に使えたりするのだろう。


 小魚たちが煮られること十数分。ようやく私の前に料理が運ばれてきた。

 炊いたお米の上に煮た魚と煮汁を豪快にぶっかけたなんか雑な料理だった。スプーンで食べるらしい。


 うーん、おいしそうではあるけど……見た目雑。

 店員さんが何度か調味料を入れていたので味がないということはないだろう。それではいただきます。


「ん……なんだこれ」


 軽く煮汁を飲んでみると、思わずそんな感想がこぼれた。

 ちゃんと味はある。塩気はあるし、魚のダシも良く出ている。煮汁には薄い茶色のような濁りがあるが、別に嫌な物ではない。

 だけどなんか……なんか、味にまとまりがない。おいしいけどしっくりこない感じ。


 多分色々な種類の魚を一緒に煮たせいなのだろう。魚のうまみは感じるが、それがどうもまとまっていないのだ。

 しかし不思議なことに、お米と魚、そして煮汁を一緒に口に運ぶとなんだか味がまとまる気がする。

 お米のほのかな甘みに、魚のうまみ、それとダシが効いてる煮汁。一つ一つ食べるとそれほどだが、全部一緒に食べるとこれがなかなかおいしい。


 煮汁ごとお米にぶっかけてあるのはこれを狙ってのことなのだろうか。

 いやでも雑なのは間違いないし、多分偶然だろう。

 お米を食べなれていない私にとって、煮汁をお米にかけてあるのはちょっと嬉しい。

 趣の違うリゾットという感じで食べ進められるからだ。


 雑だけどおいしいことには間違いないので、スプーンで次々口に運んでいく。

 気がつけばあっというまに全部たいらげてしまっていた。

 どうやら魚を下処理する過程で大方の骨を取り除いていたらしく、昨日のように小骨に苦しめられることもなかった。


 魚のごった煮ごはん、結構おいしかった。正式名称が分からないのでそう呼ぶしかない。

 飛びぬけておいしいというよりは、家庭的でほっこりする感じ。

 ちゃんとしたお店では出ないこういう雑な料理を食べるのも、旅の良いところだろう。


 食事を終えた後、ほぐすように軽く体を伸ばした。真上で輝く太陽の光が眩しい。

 そろそろこの村を後にしてまた違う場所を目指すとしよう。


 湿地帯もここからが本番だ。もう少し奥に進めば、ほぼ毎日雨が降っているような気候の町や村にたどり着けるだろう。

 そういうところのごはんはいったいどういうものだろうか。


 期待と不安が入り混じった落ち着かない気持ちを抱いて箒に乗り、私はまた空を翔けていく。

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