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128話、かんざしと肉じゃが

 立ち食いそばで昼食を済ませた私達は、その足でフウゲツの町の市場を見に来ていた。

 独特な文化を形成するフウゲツの町では、市場の形も一風変わっている。

 他の町で見られる屋台や露店は無く、各々のお店が店先に陳列台を置いて商品を並べていた。さん然とした賑わいには欠ける物の、理路整然とした美しさがあった。


「こういうのを風流と言うのかしら」


 ベアトリスは秩序を感じさせるこの市場の有り様が気に入ったらしく、風に金髪をなびかせながら優雅に歩いている。

 対して私とライラはいつも通り。人が多くもどこか静けさのある独特な市場に、ぽかんと口を開けて驚くばかりである。


「こういう市場は初めて見たなぁ……街並みに合っていて良いよね」

「そうね。騒がしさが無い分、落ち着いて商品を見てられるから悪くないわ」

「……おのぼりさんって感じよね、あなた達」


 顔を左右に動かしてあちらこちらを落ち着きなく見回す私達を見て、ベアトリスは呆れたとばかりにため息をついていた。

 フウゲツの町では他では見られない形状の装飾品が豊富なようだ。特に朱色の物が多く、かんざしと呼ばれる髪飾りが人気らしい。


 かんざしとは串のような形をしていて、その根元に飾りがついている髪飾りだ。串状の部分で後ろ髪を絡めとって巻き上げたり、事前に纏め上げた後ろ髪に串部分をさしたりして使うらしい。

 私も髪はそこそこ長い方なので、お風呂に入る時や首元が暑い時は髪を纏め上げたりもする。でも基本魔女帽子を付けているし、髪飾りは要らないかな……何て思ったりもする。


 朱色の他、様々な色や形の飾りがついたかんざしを見つつ買おうかどうか迷う私に対して、ベアトリスは一つ手に取りしげしげと眺め出した。

 ベアトリスが手にしたのは朱色の丸く小さな球がついたかんざし。球の周りには白色の花を模した飾りがついている。


「……これいいわね。買うわ」


 立ち食いそばの時にも伺えたが、ベアトリスはかなり思い切りが良い。一切迷いを見せることなくかんざしを買ってしまった。

 その様子を見ていると私の購買欲も煽られ、ついついちょっと気に入っていたかんざしを続いて購入してしまう。


 私が買ったのは、青色の小さな輪っかに複数の細長い装飾が繋がった意匠の物。柳を模しているらしく、確かに輪っかに垂れ下がる装飾がしだれ柳のようだった。

 いつか後ろ髪を纏めた時にかんざしをさしてみよう。


「私は早速使ってみるわ」


 鞄にかんざしを収める私と違い、ベアトリスは器用にかんざしで髪を纏め上げる。

 くるくる何重にも巻きつけて金髪のお団子を作ったベアトリスは、私へ見せつけるように流し目をした。


「どうかしら?」


 金髪に朱色の髪飾りは映えていて、非常に良く似合っている。


「似合ってるね」


 素直にそう言うと、ベアトリスはふふんと笑った。


「でしょう? このかんざしの色、血っぽくて悪くないわ」


 ……何だその突然の吸血鬼アピール。というかそうか、ベアトリスって吸血鬼だった。もう日中でも普通に活動しているし、完全に忘れてたよ。

 そのまま私達はもう少し市場を見て回り、いくつかの商品を購入した。

 中でも個人的に気に入っているのは、扇子と呼ばれる扇。普段は小さく畳まれた状態で邪魔にならず、広げて扇状にすると仰いで風を起こせる。暑い時に便利そうだ。


 市場で買い物をしている間に、気が付けば夕暮れ時。お昼は立ち食いそばで軽く済ませた為、もうお腹が空いていた。

 なので適当なお店を探して辺りをうろつき、今度は腰を落ち着けられるテーブル席のある飲食店に入った。


 ベアトリスと向かい合わせに座り、メニューを確認。やはりここはこの町独特の物が食べたい。

 幸いこのお店はそういったメニューが豊富で、書かれる品名どれもが聞きなれない物だった。


「肉じゃがって何だろう。ベアトリス知ってる?」

「さあ? でも肉とじゃがいもが入ってるのは確かよね」


 私達が興味を引かれたのは、肉じゃがと呼ばれる料理。物凄くシンプルな名前なのに、完成形が想像できない。肉とじゃがいもが入ってるのは分かる。それを焼いてるのか煮込んでいるのか、はたまたスープなのか……その辺りよく分からない。

 ここは思い切って、肉じゃがを頼んでみる。ベアトリスもせっかくだからと同じく肉じゃがを注文していた。


 ……やがて、私達の前に肉じゃがが運ばれてきた。

 肉じゃがはやや深みのある中皿に入っていて、ごはんと味噌汁に付け合わせらしい野菜の小鉢も付いて来た。

 肉じゃがは、やはりその名の通り肉とじゃがいもが入っていた。後緑色が鮮やかなさやえんどうも入っている。


 少しばかり汁っ気もあるが、スープと言うほどではない。おそらく出汁で煮込んだ料理なのだろう。

 いったいどんな味がするんだろう……早速私達は食べる事にした。


 この町では箸でごはんを食べるのが一般的らしい。箸使いはもう慣れた物で、器用にじゃがいもをつまんで口に運ぶ。

 じゃがいもは良く火が通っていてほくほくとした食感。それでいて煮込まれているからか、味が結構染み込んでいる。


 肝心の味はというと……どうやらカツオ出汁ベース。そこに醤油のしょっぱさと……あと甘みが感じられた。

 砂糖とはまた違うまろやかな甘みだ。これは何の調味料なのだろう……いい塩梅の甘辛さになっていて、何だか落ち着く味。


 自然とごはんが欲しくなり、ぱくっと一口。じゃがいもでごはんを食べるとは思いもしなかったが、結構悪くない。

 お肉はバラ肉で柔らかく、これまたごはんに合うのだ。


 味噌汁も一口飲み、ごぼうの炒め物が入った小鉢をひとつまみ。食感も良く、ゴマも入っていて風味も豊か。いい箸休めだ。

 次々パクパク食べる私とライラとは違って、ベアトリスはゆっくりゆっくり食べていた。


 っていうかベアトリス、箸使い上手。髪もかんざしで纏め上げていて、もうこの町の住人みたいな優雅さがある。

 ずずっと味噌汁を飲むベアトリスと目が合う。


「なに?」

「いや、何か吸血鬼っぽくないなって思って」

「はぁ?」


 なに言ってるの、とばかりにベアトリスが赤い瞳を細める。

 だって、箸使い上手くて味噌汁飲む吸血鬼ってもう謎だもん。もっとこうワインとステーキとか、吸血鬼ってそういうイメージ。


 対して肉じゃがに味噌汁に野菜の小鉢って、完全に家庭料理。どう考えても落ち着く日々のごはんだ。

 それを金髪吸血鬼が優雅に食べてると思うと……やっぱり何か変に思える。

 それを伝えると、ベアトリスはやれやれと肩をすくめた。


「分かってないわね。吸血鬼だって色々食べるのよ。好き嫌いは損でしかないわ」


 またずずっと味噌汁を飲み、ベアトリスがふぅとため息をつく。


「ぶっちゃけると、血よりこの味噌汁の方がはるかに美味しいわよ」


 ……まあ、血って鉄っぽい味しかしないだろうしね。

 以前は血を吸う事が吸血鬼としてのアイデンティティーとまで言ってたけど……自分の意思で旅をするようになって、吸血鬼らしさに縛られない生き方になったのだろう。


 ……で、その結果ラズベリー好きをこじらせちゃったんだよなぁ。良いのか、悪いのか。

 でもきっと、ベアトリスはこれからも微妙に変わり続けていくんだろう。もう彼女は自由に旅する吸血鬼なのだから。


「……ふぅ、味噌汁って落ち着く味ね」


 しかし、かんざしまでつけて味噌汁をすすっている姿はさすがに変わりすぎだ……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ 血の色に似たような朱色を好む、ベアトリスの吸血鬼アピール(笑) 何時の間にやら日光も克服して普通に活動しているし、血ではなく味噌汁を啜って落ち着くとか言ってるの…
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