124話、海沿いの街道とお手製ふりかけ
離島の浜辺で一日ゆっくりした後、カカミの町まで戻って一泊した私は、翌日の午前中に市場で適当な食材を買い、午後からカカミの町を後にして旅を再開していた。
次の町の当てなどないので、今回は浜辺近くの街道を進むことにする。
海沿いの街道からは雄大に広がる海をたっぷりと堪能できる。長く伸びる水平線を見ていると、その果てしなさにため息が出そうだった。
難点と言えば、強烈に吹きつけてくる海風だろうか。帽子が飛びそうになるので、しっかり手で押さえておくしかない。そうでもしないと座っているライラともども吹き飛ばされてしまいそうだ。
ライラはうっかり飛ばされないようにしっかりと帽子にしがみついている。もし帽子ごと飛ばされたらどうするんだろう……。そうならないために私が帽子を押さえているんだけど。
「風が、つよーい!」
どこまでも広がる海へ向かって、ライラがたまらず抗議の声を響かせた。
でも悲しいかな、海に意思などない。従って風を強めたり弱めたりする決定権など海にはないのだ。
この風が強くなるも弱くなるも自然の気の向くまま。
つまり……我慢するしかない。
と思っていたのだけど。
「……あれ? 何か風弱まってない?」
ライラが抗議の声をあげてから数分と経たず、あれほど強烈に吹いていた海風が急激に弱まった。
ちょうど心地いい微風がなだらかに吹き抜けている。
「ふふん、どうやら私の抗議の声が届いたようだわ」
ライラは得意気に胸を張っていた。
いや、さすがにライラの抗議で風が弱まったって事は……あるのか?
考えてみれば妖精も自然の一部。人間がいくら自然に抗議してもその主張は通らないだろうが、同じ自然である妖精の声ならば、あるいは……?
もしそうだとすると、この大きく広がる海には一つの意思が宿っている事になる。
……うーん、あるのか、そんな事。自然には意思がある。その考え方は素敵というか、ロマンがあるけど。
分からない。魔女とはいえしょせん人間の私には、自然の意思とか世界の本質とか、そういう事は手に届かない。
私にできるのは、海風が弱まったのを幸いとして、もう少し街道の端っこを歩いてまた風が強くなった時の影響をできるだけ減らす事だけだった。
そのまま歩き続ける事数時間。
すっかり空は夕暮れに染まり、青々とした海も柔らかな橙色に染まっていた。
結局この数時間ほど微風のままだったので、結構効率的に歩くことができた。
でも、次の町、あるいは村を見つける事はできなかったので、今日はこのまま海沿いの街道で一泊する事にする。
街道の端っこから更に少し外れて海から遠ざかり、芝生の中で腰を下ろす。
このまましばらくゆっくりして疲れを癒したいところだけど、気力が残っているうちに夕ごはんの準備をしなければいけなかった。
魔術で火を起こし、さっそく料理の準備に取り掛かる。
今日の主食はお米。カカミの町を出る前に市場で色々食材を買った結果、今日作りたい料理が決まっていた。だからそれに合わせた主食だ。
全長は小さめだが底が深めの鍋を鞄から取り出し、そこにお米と適量の水をそそぐ。
後は蓋をして火にかける。このまま水を沸騰させた後は少し火から遠ざけつつ二十分ほど待てばごはんは炊き上がるだろう。
その間におかずの準備。作りたい物は決まっていたので、迷いなく食材を取りだしていく。
準備したのは葉野菜、ゴマ、そしていわしなどの稚魚を乾燥させたじゃこという名の食べ物。
カカミは海沿いの町なので、こういった海産物が豊富に売られている。その中でもじゃこを買ってみた理由は、乾燥しているので日持ちするからだ。
カカミではこのじゃこを梅の果肉と和えたりして食べるらしい。酸っぱそうで、想像しただけで唾液が出てくる。食べた事ないけどおいしいんだろうな。
でも今日作るのはじゃこの梅和えではない。じゃこを使ったふりかけを作るのだ。
ふりかけは食材を炒って水分を飛ばして粉末状にした、ごはんにふりかけて食べる食品。これがまた結構日持ちするのだ。一度作っておけば、野宿で自炊する際に色々役立つだろう。
早速フライパンを熱し、油を引く。油はオリーブオイルしかないけど、まあ大丈夫だろう。ちょっとオリーブ風味がつくがまずくはならないはず。
十分に温まったら、まずは細かく切った葉野菜を入れる。葉野菜を先に入れるのは、一番水分が残っているからだ。
葉野菜を入れると、フライパンから小気味いい音が聞こえてくる。このじゅわじゅわした音は熱した油と水分が反応しているのだろう。
焦げないよう気をつけつつ葉野菜を炒め、火が通った頃にじゃこを投入。こちらは乾燥しているので、オリーブオイルを吸わせるように炒めていく。
そして肝心な味付け。市場でお店の人と会話しつつふりかけの作り方を調べておいたので、ここは王道で行く。
醤油、調味酒、砂糖を適量入れ、水分が完全に飛ぶまでしばらく炒め続ける。醤油、酒、砂糖を入れれば、味付けはまず間違いないとの事だ。これらを買い揃えるのはやや荷物になりそうだったが、今後の事を考えて小さいサイズの物を買い揃えておいた。
それでもたまの料理程度に使うには量が多いが……使い切れるだろうか。どこかの村に立ち寄った際、そこが醤油や砂糖が珍しい土地だったら交換するのもいいかもしれない。
まだ見ぬ村人との交流を考えていると、気がつけば水分が十分飛んでいた。このままだと焦げてしまうので、フライパンを火からおろす。
そして熱が残っているうちにゴマをふりかけ、軽くかき混ぜて慣らしていく。
これでお手製ふりかけの完成。じゃこと葉野菜とゴマだけのシンプルなふりかけだが、匂いは抜群にいい。
ごはんを炊いている鍋を見ると、中の蒸気が溢れて蓋がふつふつと音を立てていた。時間的にもちょうどいいので、鍋を火から降ろしてここから十分ほどごはんを蒸らす。
この蒸らす時間が有るのと無いのとで、結構ごはんの味が変わるから不思議だ。まずこれに最初に気づいた人が凄い。きっと試行錯誤を繰り返して、ごはんをよりおいしく食べようとしたんだろう。
ごはんを蒸らしている間に、小瓶を準備。一度熱湯で中を消毒した後、ふりかけを入れていく。
これでふりかけの保存には困らないし、ふりかけが食べたくなったら簡単に取りだせる。保存容器は大切。
そしてごはんがようやく炊き上がったので、鍋の蓋を開ける。むわっと蒸気がわき上がり、その下にはつやが出たふっくらとしたごはんがあった。
うん、おいしそうに炊けている。
早速お皿を二つ準備し、ライラと私の分をそれぞれに盛りつけていった。
今日の夕ごはんはお米とふりかけ、のみ! 質素に感じるが、野宿なのでいいだろう。野外で作るなら早くて楽な料理が一番。
皿に盛ったごはんへ、早速ふりかけをかける。面倒なので小瓶を振って直接かけてみたら、がさっとふりかかった。雑ぅー。
ごはんにふりかけをかけ終えたら完成。
「できた。シンプルなふりかけごはんー」
「なんだかすごく……すごく質素ね」
ライラも思わず絶句するシンプルさだ。
「見た目は質素だけど味はきっとおいしいよ。ほら、食べよう」
ライラと二人揃って頂きますをして、ふりかけごはんをぱくりと一口。
「うん、おいしい」
「そうね。おいしいわ」
ふりかけは問題なくおいしい。醤油の香ばしさと塩分が良く、ごはんが進んでいく。
葉野菜の苦みとじゃこの旨みも中々のもので、結構良い出来のふりかけなんじゃないだろうか。
ごはんもしっかり蒸らしたのでふっくらとしておいしかった。うん、ふりかけごはん、十分おいしいよ。
でも、おいしいんだけど、何だろう……この物足りなさ。
「何かもう一品ほしくなるわね……」
ライラも同じことを思っていたのか、そう零していた。
ふりかけごはん、おいしいけど、ここに何か一品あればなーとどうしても思ってしまう物足りなさがあった。
ミルラナ島のミックスフライ定食についていた冷ややっことか、そんな感じの箸休め的な一品が欲しくなる。
ふりかけは確かにおいしいし、ごはんにも合う。でも結局、おかずのメインというには力不足な感じだ。
でもふりかけごはんがおいしい事にはおいしい。残ったごはんにふりかけをまぶしておにぎりにすれば、朝ごはんとかにはちょうどいいんじゃないだろうか。
それにこのふりかけを茹でたパスタにかければ、それだけで味付けは十分にも思える。用途は結構幅広く思えた。
ふりかけごはんに若干の物足りなさを感じつつも、ふりかけの今後の可能性を考えると何だかわくわくしてくる。
ポテンシャルは高いよ、ふりかけ。作って良かった。
ごはんを食べ終えたら、そのまま就寝。今日は午後からとはいえたくさん歩いたので、ぐっすり眠れそうだ。
夢うつつの中、私はふと思った。
結局、ライラの抗議の後はずっと海風が弱かったな……本当に海の意思に届いていたのかな。
その事を考えていたら眠れなくなりそうなので、偶然だったのだろうと思う事にした。