120話、サンゴアクセサリーとたこ焼き
海沿いの町カカミの市場は熱気を感じるほど賑わっている。
この町自体が元々有名な観光地なのだろうか、道行く人は多く、またお店も多い。
町の中心地は市場街道と呼ばれていて、道の端には露店や出店がそこかしこにあった。区画によってお店の傾向が定まっているらしく、市場を歩いていると日用品から観光客用のお土産屋、高級志向のアクセサリーに食べ物の販売店など、様々なお店と出会える。
先ほどライラと共にカニ炒飯を食べてきた私は、午後の時間をこの市場街道で過ごす事に決めていた。海を見たばかりで記憶に残っているサンゴアクセサリーでも見ようかと考えていたのだ。
アクセサリー関連は高級志向のお店がたくさんあったが、観光客用の安価なお土産屋で見繕う事にする。そんなに高いアクセサリーを買ってもさすがにもったいない。旅の最中につけていたら、すぐに汚れたり壊れたりするだろう。かといって身に着けないならアクセサリーを買う意味などない。
高級志向のお店ではサンゴジュエリー、いわゆるコーラルと呼ばれる宝石サンゴが主だ。これは真珠のように丸く、時には花や動物の意匠を刻んで加工したりする。
対してお土産屋にあるサンゴアクセサリーは、海辺に落ちているようなサンゴの形そのままなのが多い。質自体も宝石サンゴとは段違いだ。
でも、私からすれば宝石の形をしているよりこちらの方がよりサンゴの印象が強くて良い。枝分かれしているサンゴはまるで鹿の角のようだ。
サンゴの色合いは薄いピンク色からやや濃いめのピンク、赤色が基本だ。色味は多少加工して艶を出しているのか、自然の物よりテカっている。
そういったサンゴを使ったネックレスやピアス、そしてサンゴそのものを捻じ曲げて作った指輪などもある。どれもそこまで高くないが、旅をしている私からすると身に着けるのはちょっと邪魔だ。
……そういえば、宝石や原石に魔力を込め続けると、魔宝石と呼ばれる不思議な色合いで発光する魔女独特の宝石が作れるが、サンゴも同じなのだろうか?
ここは一つ、身に着ける用ではなく魔力を込める触媒用としてサンゴアクセサリーを買うのも良いかもしれない。
とするとどれがいいかな……。
「やっぱりこれかな」
私が手にしたのは、枝分かれしたピンクサンゴが複数入った透明な小袋だ。これはアクセサリー作成のパーツとしての商品で、自分で紐を通してネックレスにしたり腕輪にしたりできる。アクセサリーを自作したい人向けの商品。
袋の大きさは手の平に乗るくらい。つまり魔女服のポケットに入る程度の大きさで、そこに小さな枝分かれサンゴが五つ六つほど入っている。これなら常に持ち歩いても邪魔にならないだろう。
旅をしている間、以前買った安価な原石とこのサンゴを持ち歩いて魔力をそそいでいれば、いずれ魔宝石へと出来上がるはずだ。
「それで、出来上がった魔宝石はどうするの?」
ライラにその事を説明して枝分かれサンゴを買う事を伝えると、そう尋ねられた。
「あまりにも出来が良かったら売っちゃうかな。私が持っていても意味ないし。商品にならない程度の出来なら、誰かのお土産にする」
エメラルダとかリネット、あとクロエとかカルラちゃんなら喜ぶかも。イヴァンナとモニカはダメだ。イヴァンナはすでに魔宝石くらい作成してそうだし、場合によっては鼻で笑われそう。モニカは肉しか興味ない。
でも大切なのは、とにかくやってみる事だ。魔法薬専門の魔女の私だが、こういう別路線の魔女の技術を試すのも経験。作成してみる事、それ自体に意味がある。
そう考えると、初めて作った魔宝石第一号として記念に取っておくのも良い。何にせよ、全ては無事出来あがってから考えよう。
こうして当初の目的は達成できたので、後の時間はぶらぶら市場街道を歩きつつ気になった商品を眺める事にした。
人通りが多く、活気あふれる市場街道。海が近いから潮の匂いも感じられて、なんだか独特の雰囲気だ。
そうこうしていると、食べ物関係のお店が密集する区画へと来てしまっていた。潮の匂いよりも、様々な匂いが感じられる。
肉が焼けたような匂い。香ばしさを感じる匂い。甘い匂い。色んな匂いが混じってよく分からない。
でも、そういう食べ物の匂いを嗅いでいると、何だか小腹が空いていくる。
「軽く食べちゃうか」
サンゴアクセサリーを見ていて結構時間も経っている。軽くおやつでも食べて良い頃合いだ。
しかし何を食べる? デザート系でもいいけど、それとは違うちょっとつまめる系の料理も悪くない。色んな匂いが感じられるので、何が食べたいのか定まらない。
「ライラ食べたいのある?」
「うぅーん、別に何でもいいけど」
ライラもこの様々な匂いで食欲の行方に迷っているのか、何が食べたいのかはっきりしないようだ。
困った……どちらの食欲も迷子だ。
どうしよう、何食べよう。もう何でもいいんだけどな……と思いつつも、思いを決められない。
そんな時、どことなく香ばしい匂いを感じた。ソースの良い匂いだ。
それにつられて足が進む。やってきたのは、とある屋台の前だった。
そこの屋台には、鉄板に丸い穴がいくつもついた不思議な器具があった。そこにどろっとした液体を流し込み、タコの足らしき物を入れていく。
そしてある程度したら針のような器具で綺麗にひっくり返し、裏側も焼いていく。
焼きあがった物は紙パックに六つずつ詰められ、そこにどろっとしたソースとマヨネーズをかけ、青のりを散らしていた。
「たこ焼きかぁ」
食べた事は無いが、聞いた事はある。海辺の町など海鮮系が豊富な地域では、タコの足を入れた生地を焼き上げるたこ焼きなるものがあると。魔術遺産を研究する都合上、色んな地域の事を調べているクロエが言ってた。
でもまさかこんな丸っこい食べ物だったなんて。一口二口で食べられるサイズで、小腹を満たすのにはちょうどいいかも。何よりソースの匂いと青のりの爽やかな匂いが相まって堪らない。
よし、これを買って食べよう。そう決めて、すぐに一パック購入した。
すぐ近くに腰を落ち着けられるベンチがあったので、そこに座って早速食べる事に。
爪楊枝で刺して食べる形式らしく、丸っこい生地に刺してみる。でも、刺してからすくい上げようとしたら生地が破れて持ちあがらない。結構柔らかいようだ。
どうすればいいんだろうと何度か刺していると、柔らかい生地とは違った硬い感触があった。多分タコに刺さったのだ。
そのまま爪楊枝で持ち上げると、うまく出来た。そうか、中のタコを刺して生地ごと持ち上げるのか。
うっかり落とさないよう気をつけつつ、口の中に運ぶ。一口でぱくりといった。
出来たてだからか、かなり熱々だ。一度噛むだけでとても熱く、はふはふ言いながら冷ましつつ味わう。
まずソースの香ばしさに青のりの爽やかな匂いと味が感じられ、次に表面の生地のカリっとした食感に遅れてとろっとしたのを感じる。そして噛み続けるとタコの弾力あるコリコリとした食感が楽しめた。
うーん、結構おいしい。ソースの味が強いけど生地にも柔らかな味があって、タコの独特の食感と旨みが味わえる。
なんだか不思議な感じ。カリっとしててとろっとしててコリコリともしてる。食べてて面白い。
「リリア、私も食べる」
ライラに爪楊枝を渡すと、私の食べ方を見ていた彼女は器用にたこ焼きを持ち上げた。
さすがにライラでは一口では食べられないらしく、まずは表面から半分近く食べる。
「なんだかどろっとしてる」
タコまではまだ食べられなかったライラはそう感想を漏らしつつ、次はタコごと残った生地を食べ始めた。
もぐもぐ、もぐもぐ、と口を動かしつつ、やがて丸い目をして私を見る。
「このタコってやつ、噛んでも噛んでも口の中に残るんだけど……」
私は思わず笑ってしまった。体が小さいからか、噛む力が弱くてタコをうまく噛み切れないらしい。
「ちょっと、笑いごとじゃないわ! これ、このタコ! ずっと口の中にいる! なんなのこれ!」
必死でもぐもぐするライラを見ながら、私はくすくす笑うのが止められなかった。
ライラにタコを食べさせる時は、もっと小さい方が良いみたいだ。