118話、川下り遊覧とビゴス
山々が連なる山脈地帯を抜けると、大きな川が流れる場所へと行き当たった。
川幅は広く、向こう岸までは結構遠い。くわえて流れも結構速く、とても泳いでいくのは無理だろう。
最も、最初から泳ぐという選択肢は存在しないけど。この川を渡るとしたら、当然箒を使うか、あるいは迂回して橋でも探すのが妥当だ。
箒を使って向こう岸まで渡るのも悪くないけど、川があるという事は近くに町がある可能性が高い。
水は日々の生活に欠かせない物であり、川は水の流れがあるので湖とは違い水質がよどみにくい。つまり暮らしの拠点を作るに当たって川の近くは悪くない場所なのだ。
なのでこの川にそって歩くのもあり。そのうちどこか泊まれる町が見つかるだろう。
箒に乗って川を横断しようとすればすぐにできるので、ここは歩くことにした。
そうして川の流れにそって歩いていると、川へりに鉄柱が設置されているのを発見した。
何だろうと思って近づくと、その鉄柱の先端には看板が張りつけられている。
その看板にはこう書かれてあった。停留所、カカミ町行き。
「……停留所?」
はて、と首を傾げる。
こんな所に何が停まると言うのか。まさか馬車の発着所という訳でもないはずだけど。
そう疑問に思っていると、川の上流から何かがゆっくりやってくるのが見えた。
目を凝らして見ると、それは結構大きめの手漕ぎ船。二階建てで、一階部分からたくさんのオールが伸びて動いている。二階部分には人が居て、どうやら設置されている椅子に座って寛ぎながら周りの風景を見ているようだ。
「ああ~、ここ、遊覧船の停留所か」
「遊覧船?」
ピンと来てないライラに説明する。
「簡単に言うと観光用の船だよ。あれに乗ったら次の町まで楽に移動できる」
「あらいいじゃない。なら乗りましょうよ」
確かに、ただ歩くだけが旅じゃない。時にはこういう乗り物に乗って移動するのもオツなものだ。
こうして遊覧船に出くわしたのも何かの縁なので、ライラの言う通り乗ってみる事にする。
遊覧船は停留所に近づくと停止した。近づいて乗客の乗り降りを管理する船員に乗っても大丈夫か確認してみる。
「ああ、誰でも乗れるよ。どうぞ」
あっさりと乗船の許可が下りたので、さっそく船の中へ入ってみた。ちなみに料金は前払い。
先ほど見た通り、一階部分は船員専用のスペースらしく、乗客は二階へと案内されるようだ。私も先導する船員についていき、二階へと到達した。
二階部分は舟そのものと接着する椅子がいくつも並んだ、乗客共有スペースだ。目的地までここで自由気ままに過ごせという事なのだろう。
食べ物を売っている販売所も設置されている。わざわざ食料を持参しなくても、簡単な食事なら取れるようだ。
二階へと案内されてしばらく経つと、遊覧船が出発する。それと同時に結構な揺れが来た。海と比べると川の流れは穏やかだが、それでも揺れは結構あるようだ。
微妙に前後左右へ揺れる船の中、私とライラは二階の端へと行き、そこから周囲の光景を眺めてみた。
「この辺、山が近いから木々ばかりだと思ったら、先の方は岩場が多いんだ」
川は海へと繋がってる事が多いが、この川もそうらしい。まだまだ遠くだが、下流の先には太陽光を反射してキラキラ輝く雄大な海の一片が見え始めていた。
おそらくこの船が向かうカカミとは海辺の町なのだろう。距離的には後数時間はかかるだろうか。
つまり、数時間ゆっくりしていたらもう次の町だ。歩きだったら数日はかかっていた事を考えると、とても楽。
「よし、とりあえず何かごはんでも食べてゆっくりしよう」
そう提案し、ライラと共に販売所へと向かう。
船上に設置された販売所は小ぢんまりとしており、小腹が満たせるパンが数種類と水を売っていた。さすがに品ぞろえはあまり良くないが、しかたない。
その中で、ちょっと気になったパンがあったのでそれを購入してみる。
買ったパンを片手にその辺の席に座り、パンを開封。
今回私が買ったのは、ビゴスという名のパンだ。
これはやや硬めに焼いた丸いパンの中心を表面から半ば程度までくりぬき、そこに肉、キノコ、キャベツなどの煮込みが入っている。総菜パンの一種とも言えるだろう。
そのビゴスを真っ二つに割り、一つをライラに手渡してから食べ始める。
「ん……パン硬っ」
パン部分を一口食べると、思わずそんな感想が漏れ出た。
硬めのパンという事は想像していたが、想像以上の硬さだった。もしゃっとした食感で、かなりボソボソしてる。口の中の水分が全部持ってかれる感じ。
でも、やや汁気が残る煮込み部分と一緒に食べるとその辺りは大分マシになる。
煮込みの方はというと、トマトベースなのかちょっと酸味が強くさっぱりしていた。こまぎりの肉とキノコもいい塩梅で、キャベツはトロトロになっている。
ただやっぱり……パンが硬すぎるかな。船内販売だから保存が聞くように硬いパンを採用しているのだろうけど、水が無いと食べにくい。
もしや、水を買わせる為にここまで硬いパンなのか? いや……それは邪推しすぎかな。
でもそんな硬めのパンも、船から見渡せる景色が加わると不思議とおいしさが増す。
そこまで大きくないパンでもあったので、ライラと二人、あっという間に食べ終わる。まだ少し空腹を感じるけど、次の町までは十分持つだろう。
ごはんを食べ終わって軽くノビをして、椅子の上でしばしぼーっとする。
……。
…………。
………………。
「ねえリリア。もしかしてだけど……船に乗ってるのって結構暇だったりする?」
「うん、私も今それに気づいた」
最初こそ船の上からの景色に喜んでいたが、それが済むと後はひたすら退屈な時間が流れるだけだった。
普段歩きで旅をしている時は、体を動かしている事もあって暇を持て余すことは無かった。
箒で空を飛ぶ時も、うっかり落ちないように集中していたから暇に思う事何て無かった。
でも、こうして勝手に進む乗り物に乗ってみると初めて分かる。
目的地につくまで暇……。
しかも絶え間なく揺れるから、段々気持ち悪くなってきたかも。
これまで一切買う気が起きなかったけど、暇を潰せる遊び道具、一個か二個くらい持っててもいいかもしれない。こういう時の気晴らしになるし、夜にライラと遊ぶのもいい。
ゆらりゆらり揺れながら進む船の中、私は絶妙な船酔いと持て余す暇の合間で苦しんでいた。