108話、森の畑と田芋のパイ
相変わらず森の中を歩いていると、森の一部を伐採して出来た畑に出くわした。
木々が無くなった地面をある程度の深さ掘り進め、水が張られている。その水の中に植えられた作物の葉が、ぴょこんと飛び出していた。
畑というより、これは水田だろう。水田は田んぼとも呼び、土に作物を植えて水をやる畑とは違い、水を張って作物を育てる形態である。
水田は基本的に稲、つまりお米を作っていると思うけど……この水田に植えられている作物は、私の記憶する稲の形状とはまた違っていた。
茎が長く、鮮やかで大きい緑色の葉っぱが目立っている。この葉っぱや茎部分が可食部の野菜か何かだろうか?
「これ何なのかしらね? 食べられる物?」
「うーん、どう見ても水田だし、食べられる物を育てているのは確かだと思う。でも何作ってるかは分からない」
こんな水田があるという事は、近くに村か町があるに違いない。ここで育てられている作物は確実にそこで消費されているだろうし、その村か町を目指してみてもいいだろう。
森の中をさ迷っていてお腹も空いているし、ひとまずこの近辺を散策してみる事にした。
水田からは歩きやすいように木々が伐採されている通り道が続いていて、どうやらその先に人里があるらしかった。素直にそこを進んでいく。
明らかに踏み固められた地面は歩きやすく、十分ほどするとすぐに小さな村が見えてきた。
村の中に足を踏み入れる。ぽつぽつと木造の家が目立つ、のどかな村だった。
こんな森の中の小さな村という事もあり、あまり観光客は来ないようだ。外部の人間なうえ魔女である私が珍しいのか、村の中を歩いていると村人が珍しそうに私の事を見てくる。その視線が少しくすぐったい。
さすがにこの村に宿屋は無いだろうし、あの作物の正体をさっさと聞いて、後は簡単にごはんを食べてからお暇しよう。
問題はお店があるかどうか何だけど……とりあえず聞いてみない事には話が進まない。
意を決して、近くを歩いていた女性に尋ねてみる。
「田んぼに植えられている作物? それは田芋よ。この村ではよく食べられているの。あっちの方にデイルヤっていう田芋料理がおいしいお店があるから、行ってみたら?」
田芋って何だ? と思った私は、その田芋がどういう物かもう少し聞いてみる事にした。
話によると、どうやら田芋とはサトイモの一種らしく、この村で主に栽培している食材らしい。
この田芋、ポテトのような一般的な芋とはちょっと違っていて、熱すると粘り気が強く出てどろっとするとの事。なので村ではペースト状にしてよく食べているとか。
最近では付近の村や町に出荷していて、じわじわ人気が出ているとの事だ。もっと広く流通するのも時間の問題かもしれない。
知りたい事は知ったので、私のような外部の人間にも親切に教えてくれた女性にお礼を言い、教えられたデイルヤというお店を目指してみる。
ペースト状にして食べる不思議な芋か……全然想像がつかないな。
しかもその田芋を使った料理ってどんな物だろう?
すぐに噂のデイルヤというお店を見つけたので、おいしいのかそれとも口に合わないのかとちょっとドキドキしつつ、入店する。
デイルヤはあずまやのような吹き抜けの質素なお店だ。大きな天井にそれを支える四つの柱。その中に椅子とテーブルがいくつか設置されている。
もともと村人に向けたお店なのだろうか、メニューがどこにもなかった。なので店員に何があるのか聞いてみる。
「魔女のお客さんは外から来たんでしょう? 田芋が初めてなら、田芋のパイをぜひ食べて感想を聞かせて欲しい。お安くしておくよ」
にこにこと気が良さそうな壮年の男性店員に言われ、その田芋のパイとやらを食べてみる事にした。
その店員さんによると、田芋は加熱するとどろっとする性質なので、ペースト状になるまで熱してから食べるのがここでは一般的だが、一見の人は少々抵抗があるらしい。
最近は付近の町に田芋を出荷しているのもあり、一見の人にも食べやすい田芋料理を研究しているのだとか。
つまりおすすめされた田芋のパイは、一見の人に向けた試作品でもあるのだ。だから外部から来た私に食べて欲しかったわけだ。
田芋は芋でありながら結構甘い味がするらしく、味付けによってデザートとしても楽しめるらしい。パイといえば食事系も多いが、この田芋のパイはデザート系になるのだろう。
歩いていて疲れているし、甘いデザートは悪くない。でも芋のデザートってちょっと想像つかないな。しかも熱するとドロドロになるんでしょ?
期待半分不安半分で待っていると、お皿に入った田芋のパイが運ばれてきた。
丸くて外側がくるっと丸まっているようなデザインの田芋のパイ。見た目は完全にパイで、中身は割らないと見えない。フォークで食べる様だ。
「見た目は普通ね。中はどうなっているのかしら?」
興味津々のライラがお皿に近づき、私がフォークで割り開くのを今か今かと待っていた。
その期待に応えるべく、フォークの側面をナイフ代わりにしてパイを割っていく。
パイ生地はややしっとり目で、切るというより押しつぶす感じで割ることができた。
割った断面には淡い紫色のあんが覗いている。
あんだけをフォークですくってみる。ちょっとぼそっとした感じ。一応あんだけ口に入れて味わってみる。
「ん……本当だ、芋とは思えないくらい甘い」
というか、甘すぎる。生クリームとか目じゃないくらい甘いぞこれ。すごい甘さ。
でも生クリームとかとはまた別の味だ。芋っぽい感じがどこかにある。そして何度も言うがとてつもなく甘い。
デザートとしても食べられるとの事だけど、初見の私ではデザート以外でどう食べるのか想像できなくなった。それほど甘い。
お次はパイ部分と一緒にぱくりと食べる。
パイ部分はしっとりとしていて、バターの香りが良い。
パイ自体はそんなに甘く無いかな。でも田芋のあんがねっとりと甘々でパイの味を覆い隠す。
これは甘党が好きそうかもしれない。
ライラにもフォークを渡し、二人でちびちび食べ進めていく。とにかく甘いので、自然一口一口が小さくなっていくのだ。
しかし、まさか芋でデザートとはね。芋って言うとポテトのイメージが強いけど、品種も色々あるし意外と甘い芋料理って結構あるのかもしれない。
そんなこんなで田芋のパイを二人で完食。一人だと甘すぎて辛かったかもしれない。
「とにかく甘かったわね。今まで食べてきたスイーツやお菓子の中でも群を抜いていたわ」
ライラもやっぱり甘さが気になったのか、そう漏らしていた。
私が食べ終えたのを見計らって、さっきの店員さんがやってくる。
「田芋のパイはどうだったかな?」
「そうですね……すごく甘かったです。この大きさを一個丸々は辛いかもしれません」
ちょっと迷ったが、素直にそう言った。すると店員さんは頷きながらメモを取る。
「ふむ……私たちからしたらこれくらい甘くていいのだが、外からの人は違うのか。なら砂糖の量を減らすか、もっと小さくして二口サイズくらいにするのがいいかもしれないな。その方がお菓子として受け入れられそうだし……。ありがとう魔女のお客さん、実に参考になったよ」
そんなに大した事は言ってないのだが、お礼を言われてしまった。
そのまま村を後にしてまた森の中を歩きはじめたのだが、どうしても一つ気になって足を止めてしまう。
「結局デザート以外の普通の料理ってどんなのだったんだろ」
さすがにあれだけ甘いパイを食べた後は何も入らないので考えないようにしていたが、そこだけどうしても気になってしまっていた。
あんなに甘くて加熱するとドロドロの芋……主食としてはどう食べてたんだろ。今回の縁はデザートだったって事で、またの機会があれば知りたいな。