第5話 いまどき流行りのブラックナイフ
あれから何分の時が経っただろうか、セレスの前に出て剣を抜いてから俺はただひたすらにスライムに向かって剣を振り下ろしていた。
セレスは地面に倒れ、ケルベロスは体育座りをしながらこちらをジト目で見つめている。
「おい、お前も見てないで手伝え!! この液体生物何度刺しても死なないんだよ!! うおっ、なんか分離したぞ!!」
そう、何度刺しても穴はすぐに再生し、ボロボロの刃でなんとか適当な部位を切り落としてもみたが、奴らは分裂したように二体になり再び動き始める。
いや、無理ゲーだろこれ。 いくらなんでもスライムが強すぎる、この生命力の強さ的にスライム最強説が浮上してくるレベルだぞ。
「いや、どうせ私なんてスライムから男と認識されるような女ですよ、はいわかってます。 私のような雑魚がスライムに太刀打ちなんて出来ませんよ…………ケッ」
「お前マジで面倒くさいな!! いいから手伝え!! じゃないと投獄されるぞ!!」
「私なんて一生牢屋の中にいるのがお似合いなんです、別にいいんです」
ダメだこいつ、さっきの件で完全に精神崩壊してやがる。
しかしこれは困った、流石にこのまま続けてても完全なまでのジリ貧だ。どんな手を使ってでもあのアホ犬のやる気を出させねばなるまい。
まぁ、この残念な犬の事だ、適当に褒め千切ればやる気を出すだろう。
俺はできる限りにこやかスマイルを作ってケルベロスに向き直った。
「お前ってさ、凄いよな。 どんな敵でも殺す事ができるんだぜ? それに加えて可愛いし、もう完璧って言っていいよ」
俺の言葉にピクッと反応してケルベロスは顔を上げる。
「そ、そんなとってつけたようなお世辞を言われても……」
よし、心なしか嬉しそうだぞ、このまま押せばなんとかなりそうだ。
「いやいや、お世辞じゃないって!! マジで可愛いよ、うん。 その趣味の悪……じゃなかった、カッコイイ短剣を手に持つ姿なんてもう美しいの一言に尽きるよ」
「も、もうちょっと!! もうちょっとだけ何かないの!?」
「そうだな、性格は………その、とてもかしましくて元気な感じだし、えぇっと……頭は……ダメだ俺はこれ以上嘘を吐きたくない」
「ちょっと!! それどういう意味よ!?」
「あぁもう、もう十分だろ!! いいから早く手を貸せよ!!」
ケルベロスは納得のいかない様子で深いため息をつくと、ゆっくり立ち上がった。
「まったく、しょうがないわね。 この地獄の門番ケルベロス様が本気を出してあげるわよ。 アンタはそこで指を咥えて見てなさい」
サッと髪の毛をはらって何もない場所からブラックナイフ(笑)を出現させて構える。
おお、なんか様になってて一瞬カッコイイって思っちゃったよ!!
「くらえ、男と認識された私の悲しさと虚しさが詰まった怒りの一撃!! うぉーー!!」
しかし、掛け声はやっぱり残念だった。
ザンッと鋭い音と共にスライムが真っ二つになると、ただの緑色の塊になって動きを止める。
ケルベロスはそれを確認してからフンッと得意げに鼻を鳴らして振り返った。
「どうどう、凄いでしょ? 私の強さが分かったらさっさと跪きなさい」
「跪きはしないけど凄かった。 素直に見直したよ、うん」
「そ、そうかしら? まぁ当然だけどね!!」
照れを隠しているのか、頬を少し染めながら無い胸を張る。
いや、本当なら神の使いとして来た以上これくらいは出来てもらわなきゃ困ると言うのが正直な所だ。
当の本人はそんな俺の考えもいざ知らず、倒れるセレスを視界に入れて首を傾げる。
「ん? 何でセレスが倒れてるのよ?」
「なんか抜刀すると高確率で吐血する体質らしいぞ」
「うぅ、迷惑かけてすいません。たまに成功して吐血しないで刀を抜ける事もあるんですが……」
申し訳なさそうに謝罪するセレスを俺達は困惑しながら眺めていると、後方からメキメキッと嫌な音が聞こえる。
これまでに無い程の嫌な予感を感じながらも恐る恐る振り返る。
………おいおい嘘だろ。
俺は目の前の光景に絶句した。
そういえば忘れていた、あの犬が持ってるナイフで殺された奴はパワーアップして生き返るんだっけ。
そう、目の前に居たのは先程とは比べ物にならないくらい巨大化したスライムだった。
「おい犬!! 何だアレ、めちゃくちゃパワーアップしちゃってるじゃん!! あの大きさ三メートルはあるぞ!! 」
「あー、ここは逃げるが勝ちって事で!! さよなら!!」
「ちょっ、待てよ!! 逃げたら依頼を放棄した事になるだろ!?」
「何言ってるの、これは戦略的撤退よ!! 勝つために逃げるのよ、一体これの何がいけないって言うのよ!!」
ついにこの馬鹿は現実逃避まで始めやがったな。
しかしケルベロスが言っている事も一理ある、確かに現状況では不利すぎるので一旦街に帰って形成を立て直すのも手の内である。
というより、ぶっちゃけると俺も逃げたい。 だって怖いもん、あの巨大スライム。
そうと決まれば、
「おいセレス、お前歩けるか!?」
「いや、貧血で体が動かないので無理です。 私に鉄分を下さい。 あぁ、ってかすぐ後ろまで来てますね、私はここまでのようです。 裕也さん、あなたと過ごした小一時間、悪くなかったです………ヘブゥッ!!」
「セレスーーーーーッッッ!!!!」
セレスはスライムに飲み込まれ、物凄い勢いで上空に向かって放り出された。
セレス………何て事だ………
「クソッ!! 許さねぇ!! ぶっ殺してやる!!」
「裕也………」
怒鳴り声を上げる俺をケルベロスは心配した様に見つめてくる。 スライムは言葉の意味が分かるのか、俺の声を聞いてコッチに向かってくるスピードが一層早くなる。
俺は息を飲んで一歩後ろに下がると、大きく息を吸った。
「ってこのワン公が言ってましたぁぁッ!!!!」
「ちょ、………へ? 裕也ぁぁぁッ!?!?」
俺は有無も言わさぬ勢いでケルベロスをスライムの方向に押して全力で逃げる。
うむ、やはり逃げるが勝ちだな。
スライムの前に立たされたケルベロスは冷や汗を流しながら苦笑いを浮かべた。
「いやぁー、液体生物って強くてカッコいいわよね………助けてくださいお願いします」
彼女の必死の命乞いも虚しく、スライムにのみこまれ、セレスと同じく上空に向かって吹き飛ばされる。
成仏しろよ、犬。
俺は吹っ飛ばされるケルベロスを背に懸命に走った。 しかしスライムの速度の方が一歩上を行き、だんだんと距離を詰められる。
まずいこのままじゃ追いつかれる!!
やがて、俺は焦って足元が狂い、盛大にすっ転びスライムに追いつかれた。
「ヒッ!!」
直後に起こるであろう悲劇に俺は瞳を瞑ったのだった。




