第4話 いまどき流行りのスライム
「ねぇ、セレスって冒険者なの?」
退屈そうに森を歩くケルベロスは淡々と道を行く白髪の碧眼の少女、セレスティーナに声をかける。
「冒険者というより便利屋かな? まぁ似たようなものだけどね」
「便利屋か、やっぱり今回もあの騎士からお金を貰って依頼を受けたんだよな?」
「いや、大浴場の入場券三枚だけしか貰えなかった」
買い叩かれ過ぎだろ!!
やはりあの騎士はそういうタイプだったのか。 もしそうならスライムを討伐して帰ってもそのまま投獄される可能性も十分にあり得る訳だ。
しかし、今はそんな事を考えている場合では無い。 まずは目先のスライム討伐を成功させなければ話にならないのも事実。
正直俺はこの世界でやれ魔王を倒したりだなんだのとする気は無いし、勇者とか英雄とかとことんどうでもいいのだが、これから先に生きて行くなら必ずモンスターと遭遇する機会は幾つも有るはずだ。
そんな時にあっさり殺されるとか勘弁なので、俺は自らのトレーニングも兼ねてこの依頼を受けたいという気持ちもあった。
ってかオマケでもついて来た犬がもう少し強ければそもそもこんな事をする必要なんて無いのだが…………
「ん? どうしたのよ?」
「いや、グリコとかのオマケに付いてくるおもちゃの方がよっぽど使えるなって思ってな」
「ほへ? なんの話?」
「いや、なんでもない」
溜息をつく俺はポケットからブテ○ロックを取り出して眺める。
まったく、なぜ俺は足洗いソープなんかを持ってきてしまったのだろうか。
もっと魔剣とか最強の魔法とか最強の装備とか沢山あっただろうに。
思い悩んでも仕方がない、兎にも角にも俺は今はスライムを討伐しなければ犬と一緒に投獄されてしまう。
犬とはいえ一応女の娘だ。
もし彼女と牢屋の中で一生暮らす事になった時の事を想像する。
俺は鼻歌を歌いながら前を歩くケルベロスに視線を送った。
「ん? どうしたのよ?」
「いや、ないな……」
「な、なに? なんなのよ突然!?
顔は可愛いんだけどな………
あまりにも性格が残念すぎる、よって却下。
確実にスライムを仕留めよう………うん。
「いや、スライム討伐がんばろうぜ」
「なんか他意が含まれた言い方ね。 まぁ良いけど。このオトリに最適な美女、ケルベロス様がいるんだから安心しなさい!! 絶対成功するわよ!」
「おぉー、心強いね。 それじゃあベロスがオトリをしている間は私が活躍をしようか」
セレスの言葉で一瞬俺達は静まり返った。
ベロス? 今ベロスって言ったかこの娘。
もしかしてそれって……
俺が理解して吹き出すよりも早くケルベロスがセレスの肩を力強く掴んだ。
「ちょっ、セレス!? アンタベロスって何よ!? 確かに私は好きに呼んでくれていいって言ったけど、流石にベロスはないんじゃない!?」
「えぇ!? ベロスじゃダメだったかな?」
「ダメに決まってるでしょうが!!」
ベロス…………やばい超笑える、コイツにはぴったりの愛称じゃないか。
「い、いいじゃんベロス……プフッ!! なんかバカそうな感じでお前に合ってるよ……ふふふ」
「笑いながら言うなぁー!! 次ベロスって言ったらぶっ殺すからね!!」
「ベロスベロスベロスベロスベロスベロス」
「ぶっ殺すッッ!!」
「ッッ!? ちょっと待って!!」
ケルベロスが俺に向けて拳を振り上げたその時、セレスが真剣な表情で前方を注視する。
呆気にとられた俺達はセレスに続いて前方に視線を送ると、何やらウネウネと動く緑色の物体が近づいて来ていた。
あれがスライムか………なんか想像通り弱そうだな。
「よしっ、 さぁ見てなさい!! この私がスライムから女として認識される所を!!」
有無も言わさない勢いでケルベロスはスライムの元へと走っていく。
まぁ、最悪襲われてもあいつなら大丈夫だろ。 心配は皆無ってもんだ。
「セレス、あのバカがオトリをしてる間にやっちまえ!! そして俺は事のゆく末を見ている!!」
「それ裕也何にもしてなくない?」
「こういうのって観客が居るだけでも気分が違うだろ?」
「そういうものなのかな? 何にせよ分かった、あのスライムを微塵切りにして来るよ」
クールに言い放つセレスはゆっくりと前に進み、日本刀に手を掛けた。
ケルベロスはというと一体何がしたいのか、スライムの前でポーズを決めている。
「ほら、どうよこの私のメリハリボディは!! 私が女だとわかったら早く襲いなさい!! 」
一体あいつのどこにメリとハリがあるのか是非とも聞いてみたい物だ。
なんなら貧乳の部類に属されるんじゃないか?
だってほら、スライムだって少しこまった感じになってるもん、これ以上は見てられないよ。
犬の惨めさのあまり目を背けようとしたその時に、スライムが動いた。
ケルベロスはその途端に心底嬉しそうに顔を歪める。
「わ、私襲われちゃうー、ちょ、助けてぇーヘグッ!!」
もう、本当に嬉しそうな満面の笑みでスライムに飲み込まれたケルベロスは一瞬で吐き出されて地面を何度も転がった。
あのスライム優しすぎるだろ。
きっとあまりにもあの犬が可哀想だったから申し分程度にといった感じだったんだろう。
「うぅ、へぐっ、ねちょねちょだよだよー、気持ち悪いよー」
地面に手を付いて泣き始める彼女に対して流石に可哀想だと思って来た俺は、さっさと終わらせる為に先程から全く動かないセレスに声をかける。
「おい、早いとこやっちまえよ。 じゃないと流石にケルベロスの精神崩壊がはじまるぞ?」
「う、うん分かってる、大丈夫……大丈夫だから!!」
そう言うも、セレスは刀に手を付けてはいるものの抜刀する気配がなかった。
「………? どうしたんだよ?」
「大丈夫、今度は大丈夫、絶対大丈夫!! いけぇ!!!!」
彼女は自らに言い聞かすように呟くと、刀を抜刀した。
おぉ!! カッコイイ!!
刃先は真っ黒に染まっていて、その刀身を一目見ただけでも普通の刀じゃない事が分かる。
きっとこんな業物を持っているならあんなスライムなんて一瞬だろう。
「よし、あの粘液生物を刀の錆にしちゃってくれ!!」
「…………ご………」
「ご?」
身体をプルプル震わせながら意味不明な事を呟くセレスに首を傾げる俺。
そして………
「ごふぁぁッッ!!!!」
吐血しながら盛大にぶっ倒れた。
…………………あれ? なんか思ってたのとちがうぞ?
俺は倒れたセレスに駆け寄る。
「おい大丈夫か? もしかして俺が見えてないだけで実はスライムからの遠距離攻撃を食らっていたとかそう言うパターンなのか!?」
だとしたらスライム、恐るべし!!
しかしどうやら俺の予想は外れたようで、セレスは弱々しく首を横に振った。
「いや、違います……その、私……」
あれ? なんか喋り方が敬語になってるぞ?
「私………実は刀を抜刀すると高確率で吐血する体質なんです」
「…………ん、なんだって? もう一回」
聞き間違いかと俺は念の為もう一度問う。
それにセレスは再び吐血しながら
「簡単に話すと、敵が居ます、刀を抜きます、倒れます、以上です」
「うん分かった、もうお前帰れ」
「嫌です!! せっかく不況の中で仕事にありつけたのに!! クールな女に見せようと喋り方を変えて努力したのに!! こんなのってあんまりじゃないですか!! ゴフッ!!」
「知らねぇよ!! どうせもらえるのは大浴場の入場券三枚なんだろ!? ってかこっち向いて血を吐くな!! 付いちゃうだろ!!」
「女の子にとって入浴は大事なんですよ、ほら、私すぐに血で汚れちゃいますし」
「ほらじゃねぇよ、そうなるなら抜刀すんなよ!!」
もうこれまでにないほど完全に期待外れだった。
しかしやばいぞ、この状況は。
今こうしている間にもスライムは啜り泣くケルベロスを通り過ぎてこちらに向かってきている。
「あぁ、もう俺がやるしかないじゃん!! ってかやれんのか俺!?」
悩む暇もなく俺はボロボロの錆びた剣を抜いたのだった。




