第2話 いまどき流行りの脱獄計画
「いいか? 俺が見張りの注意をそらしている隙にお前は檻の隙間から手を伸ばしてそいつをひっ捕まえる」
「うんうん、それでそれで!?」
「そして、なぐーる、けーる、鍵とーる、外でれーる、オーケー?」
「おぉ!! アンタ頭いいわね!!」
俺達は今、薄暗い牢獄の中で二人して体育座りをしながら密会をしていた。
見張りの憲兵は気だるそうにあくびをしながらボーッと松明を眺めている。
「で、アンタはどうやって注意を逸らすの?」
「ふっ、まぁ見てろ」
俺はそう言って立ち上がると、見張り憲兵の元に歩いて行ってすぐ近くで立ち止まる。
正直に言おう。
虚勢を張って歩いて来たはいいものの、何も考えなどない。
「なんだ囚人、トイレに行きたいのか?」
思いの外優しげな声音で憲兵は俺に声をかける。
えっと、注意を逸らすのってどうすればいいんだマジで。
悩みに悩んだ俺はおもむろに上着を脱いでポーズをとった。
「おい見てくれよこの俺の美しき上腕二頭筋。 最近火照ってしょうがないんだ」
「…………」
案の定憲兵は俺の事を頭のおかしい奴を見るような目で一瞥した後に首をかしげながら見張りに戻る。
咄嗟に浮かんだあのナルシス神の真似をしてみたのだが、失敗だったか。
うん、だってしょうがないよ。
まず俺筋肉ないもん。 上腕二頭筋ってまずどこですか? 何それ美味しいんですか?
虚しさと切なさの中で一度したポーズをとり続けていると、後方から冷たい視線を感じる。
「うわぁ………」
「うわぁ……じゃねぇよっ!! 俺だってこんな事したくてしてるわけじゃねぇ!!」
「ちょっとキモイ、キモイからその格好のまま近付かないで!!」
「キモイ言うなアホ犬!! 俺の策に文句があるんだったらお前がやってみろよ!!」
「ええ、やってやろうじゃない!! アンタのダメダメの策なんかよりも全然いい方法を見せてあげるわ、見てなさい!!」
胸を張るケルベロスはスゥーっと大きく息を吸う。
一体何する気なんだ、コイツ。
「キャーー!! 助けて憲兵さん!! 犯されるぅー!!!」
「ちょ、おまっ!!」
「この明らかにモテなさそうなチェリー童貞に犯されるぅーーー!!」
「童貞バカにすんな……じゃなくてっ!! いきなり何言い出すんだお前は!!」
「むぐむぐぅ、むが!!」
叫び声をあげるケルベロスの口を必死に抑える。
しかし俺の抵抗も虚しく、先程とは対照的で鬼の形相をした見張り憲兵が牢屋の鍵を開けて中に入ってくる。
「何をしているんだ貴様は!!」
「へっ、俺は何もしてないてんですけど!?」
「ふふん、チャーンス!!」
慌てふためく俺をよそにケルベロスは瞬時に憲兵の懐に移動すると、赤い目をギラつかせた。
「渾身の一撃くらえぇぇ!!」
彼女はどこからともなく現れたドス黒い短剣を振りかざす。 すると憲兵が鮮血を撒き散らすでもなく無傷のまま倒れた。
「えっと………ケルベロスさん? この方生きてますよね?」
「いや、ちゃんと殺したわよ?」
「うわぁぁぁ!! なに殺してんだよお前っ!! どうすんの、これ殺人事件だよ!? 完全に俺達指名手配じゃん!!」
「このブラックナイフはどんなに巨大で強力な生き物でも刃先に触れれば殺す事ができるのよ?」
「名前ダサッ!!ってか聞いてねぇよ!!」
「聞きなさいよ、ホラ凄いでしょ?」
「ぬぉあっ!! こっち向けんな危ねぇだろ!!」
「プフッ、怖がってやんの!! ちょーウケる!!」
コイツ!! 後で殺すッ!!
苛立ちに手を振るわせる俺は思い出したように頭を抱えた。
「あぁ、もう本当どうすんだよ。 見張りを殺して脱獄とか見つかったら死刑宣告間違いなしだろ………」
「それなら心配要らないわよ………ほら」
ケルベロスが憲兵に向けて指をさす。
ほらって言われても普通に死んでるんですけど!?
そんな事を思いながら憲兵を見ていると、やがて何事もなかったかのように立ち上がる。
え、なに? こいつアンデットか何かなのか?
「あれ………俺はなにをしていたんだ?」
「いきなり左目を押さえながら『俺の邪気眼がぁーー』とか言っておりに入ってきて気絶したじゃない、覚えてないの?」
「ま、まさかそんな………俺がそんな事を?」
「えぇ、一度病院行った方がいいわよ」
「わかった、ありがとう」
憲兵は深刻に悩みながら牢獄の外に出て行く。 するとケルベロスがウィンクをして親指を立てた。
「ね、大丈夫だったでしょ? 私の短剣ブラックナイフはどんな奴でも刃先に触れたら死ぬけど、死んだ相手は三分後に、よりパワーアップして生き返るのよ。 死ぬ直前の記憶を失って」
「なんだその使えねぇ武器!! 相手強くしちゃってるだけじゃん!! もっとお前自身が強いとか、剣の腕が達者だとかないのかよ!!」
「ないわね」
断言しやがったぞ、こいつ。
ともあれ一応時間稼ぎは出来た訳だ。
それなら当初の目標は達成だ、監視の目を盗んで早くこの汚らしい牢獄から脱出しよう。
「なんでもいいから鍵よこせ」
「……………鍵?」
「………へ?」
お互い沈黙のまま暫くの時間が流れる。
ケルベロスは無言の間冷や汗を垂らして精一杯の笑顔を作り、
「奪うの忘れちゃった!! テヘペロ!!」
「テヘペロじゃねぇよムカつくな!! そうか、お前さては馬鹿を超越した馬鹿なんだな、そうなんだな!?」
「ちょっと、馬鹿の一つ覚えみたいにバカバカ言わないでよ!! なんか早口言葉みたいになっちゃったじゃない!!」
「黙れバカ、あーもう、どうすんだよ俺達一生牢獄の中かよ!! まだエッチだってした事ないのに!!」
俺の嘆きにケルベロスが自らの肩を抱いて牢獄の隅まで後ずさる。
「あ、あんたまさかこの私を犯す気じゃないでしょうね!? 『ぐへへ、どうせ一生牢獄の中ならヤらせろよ』みたいな感じで!!」
「あぁ、それはないから安心して、うん」
「あ、そうですか」
勤めて冷静に言う俺にケルベロスは少し複雑そうな顔をしながらうつむいた。
だってそうだろ?
いくら顔が可愛いからって………ねぇ?
俺だって相手を選ぶ権利はある。
しかしどうしたもんか……
悩んでいると、唐突に牢獄の前にやたら豪勢な鎧を装備した騎士が現れる。
「お前ら喰い逃げをして捕まったんだってな?」
「あぁ、まぁそうっすけど」
「そんな下らない理由で一生投獄はバカらしいよな。 一ついい話があるんだがのってみないか?」
「………いい話?」
俺の問いを聞いた騎士は餌にかかった魚を見るような顔をする。
「最近この近くの森でなんとも厄介なモンスターがいてな、討伐指令が出ているんだが人手が足りないんだ。 もしアンタがそのモンスターを討伐してくれるっていうんなら上には許可を取るからここから出してやるよ」
「マジかそれ!! なぁケルベロス!! お前はどう思う?」
「………いいですよ、どうせ私なんて……ふふ」
ケルベロスの方に視線を送ると、なにやらぶつくさつぶやきながら床に指でのの字を書いている。
まだ引きずってたのかよ。
まぁいいや、とにかくあのアホは放っておいて。
「わかった、その依頼を受けようじゃないか」
「よし、交渉成立だな。 そうと決まったたら出てこい、最低限の武器と装備は用意してやる」
騎士は意気揚々と牢獄の鍵を開けて歩いて行く。
その後ろ姿を見て俺はどうにも不安な気持ちにさせられるのだった。




