〜番外編〜 いまどき流行りの幻想魔法(上)
神誕祭の騒動から数日が経ち、さらに寒くなった今日この頃。
この世界の寒さはとどまる事を知らないのかと空に苦情を言いたいレベルである。
そんな中でも俺は今、一階の暖炉の前で恐らく客など来ないのだろうが、店番をしていた。
ギルドのクエストも行かずに俺がこんな事をしている理由は簡単な事で、ここ最近の積雪量がえげつない為、冒険者に怪我をされては叶うまいとギルドがクエストの張り出しを中止したのだ。
つまりこの場合休日と捉えるべきなのだが、セレスの「もしかしたらお客さんが来るかもしれません、店を開けときましょう」の一言でこんな事をしている。
俺はユラユラと揺れる暖炉の火を見ながら溜め息を一つ。
「あーあ、今日は休めると思ったのにな。俺に店番を頼んだ当の本人は用事があるとか言って出かけてるしよ」
ついでに言うと、ケルベロスとベルセルクも買い物をするなどと言って家から出て行ってしまった。
こんな大雪の日にやってる店なんてここぐらいしか無いだろうに………
まぁ、たまにはこんな静かな日もいいだろう。
アイツらが揃うと「ここは休日のファミレスか‼︎」とツッコミを入れたくなる程騒がしい。
いや、そんなツッコミを入れても伝わるのはケルベロスぐらいなんだが。
ともあれ、これ以上来ない客を待っていても仕方がないだろう。
男としては一人の時にしか出来ない事なんて沢山あるのだ。
例えば………アレとかアレとかアレとか?
そんな事を考えながら俺は席を立つと、唐突に店のドアが開き、一人の女性が入ってくる。
「あの、ここが便利屋だと聞いてやって来たんですけど………あの、何でズボンに手を掛けているんですか?」
「いえ、お気になさらず。 それよりここは便利やであってますよはい」
その女性は少し不思議そうに首を傾げるが、やがて納得したような顔をする。
うん、今のは危なかった、その……色々と。
「じゃあその、依頼をしたいんですけど大丈夫ですか?」
「まぁとりあえず聞くだけなら大丈夫です。 それからリスクに伴ったリターンがあるか見極めて依頼を受けるかどうか決める感じですね。 とにかくそこに座ってください、お茶でも出しますよ」
「あ、ありがとうございます」
とにかく俺は一旦焦りを隠す為にも慣れない手つきでお茶を入れ、女性に席に座ってもらった。
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「つまり、あるかどうかも分からない『幻想魔法の書』とかいう本をを探せと?」
「はい。今はあるかどうか分からないと言うだけで、確実に存在している物ではあるんです。 大体の場所も把握はしているんですが………」
「なるほど……」
一旦腕を組んで黙考する。
もちろん依頼額によって受けるかどうかは判断するのだが、正直探し物系の依頼は成功させる自信がない。
それにこの雪の量じゃギルドが冒険者の怪我を危惧して活動を一旦中止したのと同様で、俺達もこの依頼を受けるべきでは無いんじゃないか?
悩みながら俺は目の前の依頼人であるキリエさんに目をやる。
うむ、出るところは出ている最高の身体をしているじゃないか。
それに加えて整った顔立ちをしている。
少し人見知りなのか、前髪で目が隠れていたりする所もチャームポイントと言ってもいいだろう。
ここは多額なペールを請求して「ぐへへ、払えないんだったら身体で払ってもらおうか」作戦でいくのはどうだろうか。
うん、最低だな俺。
まぁその件は置いておいても、まず何故キリエさんはその幻想魔法の書を欲しがっているんだろ。
ってかまず幻想魔法って何だ?
「幻想魔法が何か気になりますか?」
「………あぁ、そりゃ、まぁ気になりますね」
俺の疑問を表情から察したらしいキリエさんの言葉に俺は素直に頷いた。
「幻想魔法とは例えるなら過去に行くことができる魔法だと言われているんですが、その正体は名前の通りただの幻想など言われていたり、存在しないなどと言われていて不明です」
「過去かぁ………これまた突拍子も無い魔法だな」
「ははは、そうですよね。 でも、私にはどうしても必要な魔法なんです……絶対に」
言いながら俯く女性の表情は真剣なもので、恐らく過去に何か悔いがあるんだろうと勝手に解釈する。
にしても過去に戻れる魔法か………
俺の場合過去に戻ったら元の世界にも戻れるのか?
だとしたら是非ともこんな世界から抜け出して本当のお家に帰りたい所なのだが。
そう考えると今回の依頼はこちらにも利点があるんじゃないか?
悩んだ挙句に俺は、
「分かった、料金次第ではその依頼を受けよう。 キリエさんはいくら用意できるんですか?」
「あの、私あんまりお金持ってなくて………一万五千ペールじゃダメですかね? これがなけなしのお金なんです」
「………そうですか、それなら」
俺は席を立ち上がると、入り口のドアをできる限り丁寧に開いて笑顔を作る。
「お帰り下さい」
「えぇ⁉︎ この流れ的に依頼を受けてくれるんじゃないんですか⁉︎」
「受けるわけないだろ、あまりにも安すぎる。 こちとら吹雪いている中で命を懸けて探索するんだぞ? それならそれ相応の対価をだな……」
「おぉ裕也、扉を開けてくれて助かった。 ちょうど今買い出しが終わって………おい、何故家に女を連れ込んでいるのか理由を聞こうか?」
キリエに説得を試みていると、ケルベロスと一緒に買い出しに行ったはずのベルセルクが大量の荷物を手に帰ってくる。
「おいおいちょっと待て、まずこの人が客人である可能性を考えないのかお前は……」
「えッ⁉︎ この店に客だと⁉︎」
まぁこの反応も無理はないよな。
だってこの店驚く程客来ないし。
ベルセルクは慌てて荷物を床に降ろしてドアを閉めると、前髪で瞳を隠して慣れない動きで頭を下げた。
「どどどど、どうも今日はこちらにいらっしゃいましてありぎゃッ………おい裕也、早々に噛んでしまった、どうすればいい?」
「うん、とにかく話がややこしくなるから黙っておいてくれ」
「む、分かった」
まずこのバカは置いておいて、俺はキリエさんに向き直る。
「とにかく、ウチはそんな安値で依頼を受ける程潤っていないんだ。 それが分かったらとっとと帰ってくれ」
「………どうしてもダメですか?」
「上目遣いで聞いてくるのはめちゃくちゃ可愛いけどダメだ。 俺はそんな事で何でもするような単純系アマチョロ主人公じゃないんだよ」
「お、おい裕也、別に人助けだと思ってやってやればいいじゃないか。 安値でも借金返済の足しにはなるだろう」
「おいベルセルク、お前まずこの吹雪いている中で歩くのがどれ程大変か分かってるのか? それに依頼を受けるにあたって掛かる費用の事も考えてるのか? 正直言ってそういう事も考えると入ってくる金なんてせいぜい三千ペールぐらいだ」
「いや、しかしそれでもだな……」
「いいんです、私が無茶なお願いしたのがいけないんですから…………ご迷惑をおかけしてすいませんでした。 他を当たってみます」
そう言うとキリエはトボトボと出口に歩いていく。
その姿を見て溜め息をつく俺は再びソファーで寝ようとすると、
「おい待て、あの女性にこの吹雪の中で彷徨わせる気か⁉︎ お前には人を思いやる心はないのか⁉︎ 吸血鬼の私ですらあの悲壮感漂う後ろ姿には心が揺るぐぞ⁉︎」
「だぁぁ‼︎ うるせえな‼︎ 分かったよ、受けりゃいいんだろ⁉︎ 」
「あ、いえ、そんな気を使わなくても、私は大丈夫なので……」
「こっちが大丈夫じゃないだろ。 正直断っといてなんだが、そんな悲しそうにされたら気になっちゃうだろ‼︎ 」
キリエは俺の言葉にビクッと肩を震わせる。
そして、やがておずおずとこちらを伺う様に一言。
「その……いいんですか?」
「大丈夫だ、その代わりキリエ、お前も同伴するんだ。 ただでさえこのパーティーにはアホしかいないからな、少しでも人材が欲しい………っていだだだだッ⁉︎ おいベルセルク、俺の足を踏むのを今すぐ止めろ‼︎」
「うるさい‼︎ ケルベロスやセレスは置いておいても私は決して弱くない筈だ‼︎ そんな事を言われる筋合いはない‼︎」
「お前もバカだろ、俺達みたいな弱小パーティーに負かされたんだから、あだだだッ‼︎ おいそれ以上強く踏むな、流石に折れる‼︎」
「フンッ‼︎」
このなんちゃって吸血鬼め、今度痛い目に合わせてやる。
一体どんな仕返しをするか悩みながら不気味な笑みを浮かべる俺とベルセルクを見たキリエは何故か少し控えめに微笑んだ。
「私が同伴するのは全然構いません。 むしろ私の方からお願いしようとしていましたしね。 それではその……どうかよろしくお願いします」
「よろしくな。 …………して、キリエさん」
「はい?」
俺は体勢を低くしているせいで見えている艶かしいキリエの谷間を見ながら、
「彼氏とかいるんですか?」
「………はい?」
「それ以上変な事を言ってみろ、私の矢がお前の頭を貫くぞ?」
目をまん丸くして首を傾げるキリエの横でベルセルクが唐突に漆黒の弓矢を取り出して俺に向けて構える。
「おう上等だ、やってみろよコラ‼︎ 俺のブテ○ロックシューターがお前の目に炸裂するぞ⁉︎」
そう言って俺はキリエがアワアワと見守る中でベルセルクと盛大な取っ組み合いをするのだった。
ども皆さん、辰太郎です。
今日は「いまどき流行りの異世界生活」の番外編です。
今回は全部に分けて三つ、上、中、下、に分ける予定です。
もし、本編のストーリーの続きがもっと見たいという方がいるのなら、感想などでいってくれればその一人のためにでも再開します。
では、いまどき流行りの幻想魔法(中)は明日また投稿します!