岩に刺さった剣
彼の者は、蒼き光を浴びて聖地に赴き聖剣を引き抜く者なり。
剣は金色に輝きその力を示し、彼の者を王道へと導くであろう。
じっとりとした冷たい感触で目が覚めたら、森の中で倒れていた。
俯せで倒れているため土に触れている頬が冷たい。
ただただ家路を急ぐ。
コンビニで買った幕の内弁当とペットボトルのお茶を持って家へと帰る途中のことだった。
そろそろ遅い時間にもなると僅かに肌寒い風が吹くようになるこの季節。
秋風で風邪を弾かないようにジャケットの前をきつく締めて虫の音を聞きながらのんびりと街灯がならんだ夜道を歩くと、ふと隣の雑木林から何かの高い綺麗な、鉄が鳴らされるような音が聴こえた気がした。
何故かはわからない。解らないのだが、その時の俺はそのままその音に呼び寄せられるように雑木林に入って行ったのだ。
少し歩くと、急に開けた場所に出た。木の開けた隙間から月明かりが煌々と地面を青白く照らしている。
そこには、妙に古ぼけた白木で出来た鳥居があって。
そこを通り過ぎるとほぼ潰れかかっているようないつの物ともしれぬ古びた小さい神社があったのだ。
───神社の祠を見上げた時。どこかからか、鈴の音が聴こえた気がした。
そこから先の記憶がない。
気がついたらこの見たこともない森に倒れていた。
顔を上げるとそこには先ほどの神社と似た開けた場所があり、その中心には岩と、これ見よがしにその岩に刺さる剣があった。
うわぁ、何と言うベタな風景。これはではまるで岩に刺さる剣。いわゆるエクスカリバーとかカリバーンとかいうやつみたいじゃないか。
まあまさかそんな物が実在するとも思えない。剣の見た目は確かにファンタジー映画に出てきそうな「エクスカリバー!」みたいなデザインをしているが。
だがこんな剣、今となっては鎌倉の土産物屋でも秋葉原のコスプレショップでも二万円も出さずに買うことも出来る。
大方、誰かが丁度いい大きさの割れ目のある岩があったから悪戯で剣でもぶっ刺した。そんなところだろう。
立ち上がり、剣へと近づく。
そしてそのまま剣の柄を握って引っこ抜いた。
岩に刺さった剣を見て抜こうとするのに理由なんてあろうはずもない。
その剣を引っこ抜かずに何が男子か。
思いのほかずしりとしたしっかりと作りの高級そうな剣であった。
剣を上に掲げてみるとそのしみ一つない宝石のような美しい刀身が月明かりを浴びてキラキラと輝く。
何と美しい剣だ。
だがこんなにも簡単に抜けたと言うことはやはり誰かが悪戯で刺した模造刀なのだろう。
悪戯とは言えせっかくのオブジェなのに壊してしまって申し訳ないことをした。
そう思い剣を再び岩に刺そうとしたところ。
「お前はっ、い、いえ、あなた様は……」
後ろから震えた声で何者かに声をかけられた。
そちらを振り向くと、これまたファンタジー映画で見そうな革の鎧兜をつけた壮年の髭面のおっさんがいた。
おっ、何だこれは。ここはコスプレ会場かなんかか?
しかしおっさんにもなってもその趣味を続けられる心意気や良し!
「いや、その、な。通りすがりに剣を引き抜いてしまって。これはここに戻しとくべきだよな。すまない」
「い、いえ! 抜かれたのでしたらそれはあなたの、あなた様の剣です!」
「え、そうなの?」
「ええ。貴方様の剣です。ゆめゆめお忘れなきよう」
「ふーん」
まあ別にいらないのだが。日本には銃砲刀剣類所持等取締法と言うものがあるし。
これが模造刀でもこんなもん持ち歩いてたらポリスメンとすれ違った時に面倒くさいことになる。
でも、まあ、森を出るまでは持ってても良いかもな。邪魔な笹とかを切り払えそうだしマムシが出た時くらいは追い払えそうだし鉈の代わりくらいにはなるだろう。
何より、キラキラしていて綺麗だし部屋に飾っておいてもわるくないかもしれない。いささか物騒だが。
「解った、貰って行くわ」
「はい。それよりもその、貴方様のお名前を、是非とも!」
「え、俺の名前? 俺の名前はな、浅尾しろ……いや」
わざわざこんな不審者に俺のフルネームの浅尾四郎を教えることもあるまい。
「浅尾だ」
そう言って苗字だけをおっさんに教えたらおっさんは何かに驚くようにブルブルと小刻みに震えてこちらを見る。
震えるおっさんと言うのはなかなかに不気味な物だった。