蟻の巣脱出せよ
ブラドとの出会いからもう1週間が立つ。今日も依頼を受け、森で魔物の討伐にあたっている。単刀直入に言うと、俺はギルドの監視下に置かれた。要注意人物だそうだ。だが、王都ならまだしも他の領地では人材不足らしく、俺の力は捨て置けないそうだ。崇めたてよ愚民共。
もちろん今も監視が付いてるはずだ。俺は後方から視線を感じたので、足元に転がっていた石ころを全力で投げる。……かわされたか。
今回はオークと言う魔物がターゲットだそうだ。豚の様な顔に豚の様な体らしい。「それ豚じゃね?」と聞けば違うらしい。絵に描いて説明してもらったが、どうにも向かいの鈴木さんちの奥さんにしか見えない。あの人、魔物だったのか。罪深いな。
そうこうしてる内に森の奥まで来た。ここまで来る間に鈴木さんとは一度も遭遇してない。森林ヨーカーとは何度か遭遇したが、襲い掛かってきたので後方に投げつけておいた。「お前ええ加減にせえよ、ボケェェ!」と言う怒鳴り声が聞こえたが、野鳥の鳴き声だろう。気にする必要もない。
川口浩探検隊の気分で探索しているが、鈴木さんのすの字も見当たらない。が、何かが掘ったであろう大きな穴が地面に開いている。これは探検隊を自負する俺にとって入らざるを得ない事案である。
穴は結構な角度の坂になっているが、降りられないほどではない。しばらく進んでみたが真っ暗で何も見えないので、一度地上に戻り、穴の入り口で待機していたブラドに尋ねる。
「中が暗いんだが、何か照らすもん持ってないか?」
「何でそんなとこ入らなあかんねん……」
だが、自分の管理する地域で怪しい場所があれば、調査する必要があるらしく、ブツクサ言いながら、丁度よく持っていた光る魔道具? を点け、穴を降りていく。蹴落とそうとしたが、かわされた。くやしいビクンビクン。
「ああ、これ蟻の巣や。バートアントって言うんやけどな、コイツ等放っとくと、そこらじゅう穴ぼこだらけにされるで。早う始末しとかなあかん」
中はなかなかの広さの迷宮みたいな作りになっている。かなり大きい蟻だな。
「兵隊蟻も見つけたら殺しとかなあかんけど、まぁ、狙うんは女王蟻や。頭がおらんかったらコイツ等やってけんからな」
蟻の数はかなり多いらしく、引切り無しにそこいらから沸いて出てくる。単体なら問題ないが、囲まれると面倒そうだな。ブラドは迷わない為に地図を書き込む魔道具を使いながら進んでいる。馬鹿そうなくせに生意気な。
しばらく進んで行くとかなり広い空間に出る。おそらく女王蟻の部屋だ。ブラドを蹴りこもうとしたが、かわされた。「もう、お前からの不意打ちは食らわん」だそうだ。ビクンビクン。
天井までの高さは3mぐらいあるだろう、その空間の奥にやたらとデカイ蟻がいる。コイツが女王蟻か……正直、気持ち悪いです。大体コイツどうやって入ってきて、どうやってここから出るつもりだ?
ブラドはかなり速い動きで女王蟻との距離を詰め、得意の蹴りを打ち込んでいる。重低音が響いているので蟻の硬さもかなりのものだろう。女王蟻自体の動きは速くはないが、長い前脚と妙な液体を吐いてくる。周りから沸いてくる兵隊蟻もうっとうしい。
「それ、酸やから当たるなよ、溶けるで! つうか手伝えや!!」
ふぅ……やれやれだ。こんなヤツも1人で倒せないとは。俺は援護すべく、足元に落ちている石ころを女王蟻とブラドに向かって投げつける。石は箇所によっては女王蟻にめり込んだり、砕けたりしているが、ブラドは全部蹴り落としている。アイツまじでスゲェな。
どうすればアイツに当たるんだ、と俺が思考を巡らしている時、後ろから袖をグイグイ引っ張るヤツがいる。取り込み中だ、ボケが! と袖を払うが、しつこく今度は腕に噛み付いてきた。なんだと振り返れば、兵隊蟻の一匹が俺に噛み付いている。
――虫けらごときが俺に噛み付きやがって
――まぁ、待て。お前は矮小な虫につつかれたぐらいでいちいち怒るのか
そうだな。いちいち虫ごときに目くじら立ててたら、この現代社会という荒波を越えることなんか出来やしない。東京砂漠を越える為には愛という名の水も必要なのだ。
だが、そんな時、俺のもう片方の腕に兵隊蟻が噛み付いた。
――俺はキレた
俺は両方の腕に噛み付いている兵隊蟻を振り払うと、頭をもぎ取り、地面に叩きつける。そのまま辺りの蟻を蹴飛ばし、踏みつけ、一直線に一番目立つ女王蟻の元へ向かう。助走をつけて飛び上がり、女王蟻の頭の中心に右の拳を叩き込む。だが、敵もさるもの、頭にヒビが入ったぐらいでは死なず、その強大な顎で俺を締め上げてくる。先程、拳を叩き込んだ場所を貫手で貫き、口に膝を叩き込み、力任せに頭を割る。俺の体は虫の体液でドロドロに汚れた。
俺、何で素手で戦ってるんだろう? 俺、街に帰ったら武器作ってもらうんだ……
こうして意気消沈しながら、俺は鈴木さんの事も忘れ蟻の巣を後にした――