ブラド出撃す
俺は今、隣の酒場でやさぐれている。都合よく討伐依頼の出ていたホブゴブリンの報酬を受け取り、偃月刀も売った。待望の食事も取ったが、やさぐれている。
俺のギルドカードを見た時のアンジェの「うわぁ……」という表情も別にいい。俺もそう思う。他人のことだったら煽るぐらいは余裕でする。異世界? 狂戦士? それも別にいい。いつ来たのかもわからないが、生きてるんだもの。翻訳? 皆殺し? そこもたいした問題ではない。
「けど、ここジャージ売ってねぇじゃん…… なぁ、オイ! 聞いてンのかよ!?」
「お、おう? そうだな……?」
カウンターで隣に座っていたオッサンに絡んでいる。所謂、絡み酒ごっこだ。俺が飲んでいるのは水である。酔ってすらいない。正直、ジャージもどうでもいい。ちなみにアンジェはやることやったら、さっさと帰った。薄情なヤツだ。
ひとしきりオッサンと遊んだ後、次なる獲物を探す為、辺りを見回す俺は鷹である。カードを確認したが、技能に鷹の目は追加されていなかった。解せぬ。
次の獲物を品定めしていると、酒場の奥で3人のゴロツキが言い争いを始めた。これは首を突っ込まずにはいられない。俺は正にジャッキー・チェンが憑依したかの様な千鳥足を見せ、ゴロツキに近づいていく。一応確認してみたが、酔拳は追加されていなかった。世知辛い世の中だ。
ゴロツキ共は周りが迷惑そうな顔をしているにも拘らず、言い争いをしている。まったく、掃き溜めのゴキブリでもまだ譲歩するぞ。少しは協調性の塊と言われた俺を見習ってもらいたいものだ。
そんな時、3人の内1人が殴られ、飲み物を配膳していた店員と接触する。店員の短い悲鳴が聞こえ、辺りに甲高い音を上げて砕けたグラスの欠片と、アルコールであろう水分が散乱した。俺の足にも少しかかった。
俺の心のダムの貯水量は満水を迎えた。このまま怒りという名の雨が降り続けば、ダムは決壊し、俺の心は壊れてしまうだろう。だが、放水ボタンを押し、放流してしまえば、辺りに俺の怒りを撒き散らすことになる。ボタンの前では天使と悪魔が鬩ぎ合っている。
――それほど怒ることじゃない、落ち着け、怒りを抑えろと。
――怒りを開放しろ、心を守るんだ、皆殺しにしろと。
だが、俺も大人だ。水が掛かったくらいで怒っていたら、雨の日におちおち外も歩けないじゃないか。冷静になりかけた俺の一瞬の隙をつき、山田天使が放水ボタンを押した。
イスを手に、ゴロツキの頭に叩きつける。脚の箇所が折れたので、ついでに腹に突き刺しておく。呆然としているもう1人のゴロツキの顔を鷲掴みにし、片腕で持ち上げる。呻くような悲鳴を上げているが、除々に握力を強めていく。そして言うんだ、きたねぇ花火だと。そんな心情を他所に、俺は側頭部に強い衝撃を受け、吹き飛ばされる。起き上がる時に若干の目眩を覚えたが、気になるほどではない。
身長は190以上はあるだろう。周りと比べると纏まった小奇麗な格好をした、栗色のウェイブがかった髪に無精髭の精悍な男だ。膝を軽く上げ、ムエタイの様な構えをしている。間違いないコイツだ。
殴りかかろうとすれば、前蹴りで距離を取られる。俺の身長が180ないぐらいだからリーチの差が致命的だ。掴むにしてもステップの幅が広く、後ろに目が付いてるのかテーブルやイスを器用に避け、また距離を取られる。デカくてはやい砂漠のなんとかだ。
余計なこと考えていれば油断もする。気が付けば、右の前蹴りを貰い、衝撃に体がくの字に曲がる。頭が下がったところを顎に左の膝。体を半転させ俺の左側頭部へ右のハイキック。が、当たる瞬間に近くにあったイスを叩きつけてやった。ガードされたが。くやしいビクンビクン。しかし効いた、流石に効いた。
「もうええやろ? 何で怒っとったか、もう忘れてるんちゃう?」
む? そういえば。だが、コイツに好き放題蹴られた怒りが若干残っている。
「受付から物騒なスキル持っとるヤツがおるって報告受けとってな。君、それ少しはコントロールできる様にせなあかんで」男は構えを解き、話し続ける。
「しかし、異世界人いうんはえらい頑丈やなぁ。最後の殺すつもりやってんけど……」男の隣に若い女が並ぶ。秘書っぽい。
「王都でも何人かおって話題になっとるで? みんな性格に難ありらしいが。ああ、俺はここの責任者やっとるブラドいうモンや。こっちは補佐のシャイロ。そんな君に聞きたいことがあるんやけど?」
なんやねん。話が長くてイライラしてきた。
「森近くの街道でゴブリンと街の人間が殺されとったんやけど、首を捻じ切るとか普通の死にかたやないやん。君がやったん?」
「何で俺がそんなことしなきゃならん」
何でもかんでも俺のせいにするとは心外である。
「どう?シャイロちゃん」
「ええ、嘘はついていないみたいですね」
当たり前だ、俺のファンモドキの蛮族なら殺したが。そろそろ怒りが溜まってきた。
「まあええわ。けど君、監視対象な。流石に危なすぎるわ」
ブラドはそう言い、俺に背を向け歩き始めた。そして俺はブラドの頭に手にしたイスを叩きつけた。
第2ラウンドの開始である――