ゴブリンのボスを叩け!
何が起きたのだろうか?
俺の視界は今、闇に閉ざされている。しかし、何も見えないはずなのに、ぼんやりとファンが浮かんでくる。
否、こいつ等は俺のファンじゃない、蛮族だ。
俺は蛮族を前に猛り狂う。
――あの神々しいほど赤いポリエステル100%の上下セットは今や見る影もなく破け、泥に塗れている。
人差し指と中指を蛮族の眼窩に、親指を上顎に掛け、そのまま握り潰した。
――あの、いつも目が合っていた右肩の銀色の龍の刺繍は、無残にも半分に裂けている。
蛮族の腹に貫手を貫き、腸を引き摺り出した。
――見にくくね? と言われ続けた左肩の金色の龍の刺繍は、棍棒で擦れたのだろう、ボロボロに解れている。
腰を抜かしている男の首を捻じ切った。
――不意に先月、電車にサイフを忘れたことを思い出した。まだ見つかっていない。
蛮族に前蹴りを放ち、バランスを崩したところで、顔面を蹴り抜いた。
気が付けば、辺りは血の海と化していた。
怒りが鎮まると、何故こんなことになっているか疑問に思う。
大体、俺は何故あんなに怒っていたのだ? それに蛮族以外の人も混じっていたが、そこは気にするほどの事でもないだろう。もとより俺は赤色は好きではないのだ。これからは青色の時代である。
しかし、腹が減ってきた。街道を行けば街に着くと思いきや、辺りには文明の欠片もない。
……やはり選択肢は森か。
こういう時は森で迷えば、口の悪いツンデレ親父がブツクサ言いながら一晩泊めてくれるほったて小屋があるのがセオリーである。
辺りも薄暗くなり始めたので、さっさと森に向かおう。
腹は減ったが、そこらじゅうに生えているピンクや青色のキノコを食べようとは、流石に俺も思わない。
そういや、アニメとかで見かけるピンクや青色の髪の毛をした女の子、リアルにいたらキツイな、俺なら確実に目を逸らすな。
そんなどうでもいい事を考えながら、真っ暗な森を進んでいく。何かわからない生物が突っかかってきたが、俺のアバストの前に平伏すがよい。慈悲はない。
そんな中、暗闇に一瞬光るものが見えた。
それを頼りに光の方へ向かって行くと、小さな村落が見えてきた。
ああ、あれは篝火か。村へ入れてもらおうとしよう。
「チィース、スンマせーん。ちょーと道に迷ったんッスけどぉー」
俺は出来る限り、フレンドリーに村人に話かける。第一印象は大切だ。
どこかで見たことのある緑の小人だ。そして、やはり襲い掛かられる。出来る限りの丁寧語で話しかけたつもりだが、気に入らなかったのだろうか? 心の狭い奴らだ。
だが、襲い掛かられれば叩きのめすのが道義、相手になろう。
そんな時、村の奥から獣の様な咆哮が聞こえた。緑の小人より二周りは大きい、緑の大人である。
革で出来たファンタジーチックな鎧を身に付け、手には偃月刀らしき物を持ち、俺の前に立った。
おそらく、彼が村長だろう。
俺はまたも出来る限りの丁寧語で話しかける。いかに自分が無罪か。いかに自分が助けて貰いたいかと。
「チョッと、コイツ調子クレちゃってるンでェ、ボコしちゃってイイッスかねェ?」
やはり、襲い掛かられる。解せぬ。
ホブゴブリンは考える。
――何故、ここに人間が? まあどうでもいい。所詮は人間だ。
偃月刀を篝火に鈍く照らし、上段に構える。
――だが、嫌な予感がする。これは本当に人間か?
微かな悪寒を感じたが、そのまま偃月刀を袈裟懸けに切り落とす直前、視界が暗転した。
最期に目に焼き付いたものは、自分の胸の中心に刺さった人間の腕だった。
何故か、両腕上げてボーっとしてたので、ハートブレイクショットの真似してみたのだが、拳が突き刺さってしまった。なんとなく近くにあった心臓も握りつぶしておいた。
こいつも体がひ弱過ぎるだろう。やはり栄養失調と運動不足か。
ふと、周りに目を配ると、緑の小人の目には恐怖の色が窺える。醜すぎてよく解らないがビビってると思っておこう。
緑の小人達が、我先にと村から逃げ出す様も見える。
ん? ヤバイ、通報される? 正当防衛と言い切れる自信はあるが、過剰防衛ととられる可能性も否めない。
いや、ここは村人のふりをしてやり過ごそう。堂々としていれば、大体何とかなるもんだ。
村の隅に小汚い小屋が見える。ああ、あそこで村人のふりをしよう。山奥に住む陶芸家という設定だ。
戸に手を掛け中に入る。何か食べる物があればいいな。
小屋の中はがらんどうとしており、何もない。だが、暗闇に慣れた目を凝らしてみると、隅に蠢く何かがいる。
それは手足を縛られた女性だった。
……こういうプレイなのか? 俺が黙考していると、それが話しかけてきた。
「え? アンタ誰? ひょっとしてギルドの依頼受けてきた人? ああ、助かったわ! もう少しでゴブリン共の苗床にされるところだったの。朝から毒キノコの収集の依頼受けて来たんだけど、あんまり見つからないから奥の方までって、そしたらこの有様よ! けど、こんなに早く救助の依頼ってでるものかしら? まあ、いいわ! ありがとう! 早速この縄解いてもらえないかしら? ずぅっとこのまんまで転がされてたからあちこち痛くて……ねぇ? 話聞いてる? 早くしてってば!」
……長い。4文字ぐらいにまとめてくれ。