山田と海王4
――我は神。現人神ヤマダなり。下賤の者共よ、我が威光の前に膝を折り、崇め奉るがよい
『ねえねえ。なんでお前、頑なに話聞かねえの? もう狂気すら感じるぐらいだよ。ほんとよく今迄生きてこれたな』
スクラップにすんぞ、鎧。
「ほんで、お前は何する気なん?」
「今の完璧超人の如き俺なら出来る。コイツの脇腹にどでかい風穴開けてやる」
俺はブラドに鎧が語りかけてきたことを説明する。ブラドは驚きを隠せず、また俺を褒め称え、今後無条件で俺に従うことを平伏し申し出た。
「お前、どんだけ都合のいい脳みそしとんの? 大体、鎧が話しかけてくるなんて与太話、信用出来るかい!」
そりゃそうだ。俺だってそこに転がってる、頭のないサハギンが語りかけてくるほうが現実味あるしな。
『え? それ俺がしゃべってるほうが、まだマシじゃねえか? つうか早くやれよサイコ野郎』
口の悪い鎧だ。だが、ここで間誤付いていても何も変わらないのも事実。
「まあ、しゃあない、他の手も思い浮かばん。一か八かやな。お前の打力に、俺の推進力を加える。それで何とかなるかもな」
『たとえ2割の力だとしても、本気で殴れるのは一発が限界だぞ。失敗は許されないからな』
俺は拳を握り締め、力を込める。ブラドはブーツに魔力を込める。恐らく向こうも1回限りしかブーツがもたないだろう。なかなかの緊張だ。極度の緊張状態に陥るとふざけたくなるのは、人の生まれ持つ性だろう。だが、ここでネタに奔れば、脱出機会を失うことになる。やめておこう。感謝しろ。
「よっしゃ、行くで! 3……2……1……」
0の掛け声と共にブラドは俺に向かい駆け出し、その勢いのまま俺を抱えて跳躍する。俺もタイミングを合わせ、目の前に肉の壁が見えると同時に渾身の一撃を繰り出す。
肉の壁は大きく歪み、巨大なクレーターを作り出す。俺の中のイメージはジェットエンジンを搭載した徹甲弾だ。これで貫通出来ない物などない!
「「『くたばれや! 雑魚がァ!!』」」
衝撃と推進力、拳は海王の肉の壁を裂き、外皮にまで届きヒビを入れるほどだった。偶然が重なったのか、体内に入った時に嗅いだ匂い、恐らくは大量のサハギンの死体から発生したメタンガスやアンモニアだろう。それが鯨の死体が爆発するように外皮を割り、2人と1着は海中に放り出された。
……痛い、非常に痛い。俺は自分の右腕を確認する。鎧を着ているからわからないが動かせない。確実に折れている。下にいるブラドを見れば、両足が変な方に向いている。ざまぁ。
『2割でコレだからな。全力で鎧の力使ったら、お前跡形もなく消し飛ぶぞ』
絶対使わねえよ。つうかヤバイ、マジ沈む。鎧脱ぎ捨てるか。
『は? 俺のお陰で脱出することが出来たとか微塵も思わねえの? もうある種の才能だな』
だったら、コアファイターでも内蔵しとけ。機動戦士ヤマダムって名乗るから。
余計なことに酸素を消耗し、意識が朦朧となった俺の視界に異変に気付いた魚人達が泳いでくるのが見える。早くしろ、間に合わなくなっても知らんぞ! ワリとマジで――
……ここは何処だ?
天井が見える。呼吸が出来る。ベッドで寝てる。ここは確か療養所か、ということは生きてるっぽいな。
「おう、起きたか」
横に視線をやると、ブラドが両足を固定された状態で寝ている。その瞬間、俺の脳細胞の活動は神速に達した。まさに積年の恨みを晴らすチャンス到来!
「フハハハハッ! 無様よのう。憐れよのう。正しく神の与えたもうた罪なり。して、その罪は我が拳にて罰と変わろうぞ!」
「お前、なんでそんなに元気なん? 後、自分の姿見てみ? 俺より酷いで」
む? 動かん、身体が動かんぞ? まさか俗に言う金縛りか? この宜保愛子に匹敵するとまで言われた俺に――
体を起こそうとした瞬間、体中の筋肉という筋肉が悲鳴を上げる。骨の軋む音が聞こえる。俺は悲鳴すら上げることが出来ず力尽きる。
「大人しゅう寝とけ。鎧の下、相当酷かったらしいぞ? 右の拳から腕は開放骨折。全身に多数の亀裂骨折と筋損傷と断裂。意識があるのが信じれんわ」
なるほど、全身に巻かれた包帯の理由がわかった。最大のチャンスを逃す結果だが、致し方あるまい。
「海王はどうなった?」
「俺も意識が朦朧としてたから、実際見たワケやないが……」
魚人達の話では、海底に向かい沈んでいったらしい。かなりの痛手は負わせたと思うが、あの規模の化け物だ。そう簡単に死ぬとも考えにくいが、もう会うこともないだろう。会いたくねえし。
「ヤマダ、気が付いたか!」
モハメドとホオジロ、それにベンガルやギルドのメンバー達が入ってきた。海王が沈んだ後はサハギン共の襲撃もピタリと止んだらしい。まだ警戒態勢ではあるが。
「まさか海王を打ち倒すとは思いもしなかったぞ」
ふふん、もっと褒めろ。もっと持て囃すがよい。
療養所の治癒の魔術とアンジェ達の薬のお陰で、1週間後には傷は完全に癒えていた。日本にいた頃とは根本的に違うみたいだな。
海王を倒したことで、俺達はどうやら一躍有名人になったみたいだ。だがそんな言葉、今は必要ない。最優先で俺にはやるべきことがあるのだ。
俺は鎧を着込み、海岸に立つ。力を解放し、今の俺なら出来る、自分と夢を信じるのだ!
「何しとんの、アイツ?」
「ああ、何か海の上走るらしいわよ? トカゲに出来て、ヤマダに出来ぬ道理はないとかなんとか」
「周りのギャラリーも煽っとんなー」
「あ、行った。……沈んだ」
何故だ!? この山田、トカゲ如きに劣るというのか!?
『そりゃ、鉄だからな。走れるほうが気持ち悪ィよ――』




