山田と海王2
――巨大生物。それは漢なら誰もが夢見る甘い誘惑の旋律。巨大生物や深海に浪漫を求めるは漢の性。
だが、それらをテレビや写真ではなく、実際に目の当たりにしたらどうだろう? 体は振るえ、足は竦む。規格外とは人の出来る想像の範疇にないから、規格外なのだ。
この山田が恐怖を覚えた。『恐怖を忘れた男、サイコパス山田』と評された、この山田が恐れを感じたのだ。
許さん……絶対に許さんぞ虫ケラども!! じわじわとなぶり殺しにしてくれる!!!
「っていう夢を見たんだが、絶対アレとは関んねえぞ」
翌朝、海軍駐屯所で俺達は敵襲に備えていた。海水浴? 馬鹿言え、あんなモンがいる海でヘラヘラ泳いでいられるか!
冗談じゃない! この世界には爆弾もミサイルもないんだぞ。どうやって倒せって言うんだ。
「いや、無理に戦う必要はない」
ホオジロが俺の肩に手を置き、そう話しかける。気安く触んな魚。
「海王は、こちらから手を出さない限り、攻撃してくることはない」
共和国が問題視しているのは、アレのいる領域での戦闘だ。アレに被害が及べば、考えずともわかる結果になるだろう。
「それに津波の被害がある。海王が近海に姿を現した時、移動しただけで軽微な津波が観測されている。暴れられれば、被害が出る可能性もある」
「おるだけで迷惑なヤツやなぁ。誰かさんといっしょやんけ」
おっと、マイケルの悪口はそこまでだ。陰口は許さんよ?
「海王は、まあ手出しせんとして、当面の問題は武装したサハギンと魔物や。ホオジロさん、魔物やサハギン共の出所はまだわかりませんか?」
「斥候の報告では、なんせ逃げた先が海王の領域ですので、なかなか派手に動くことも出来ず……」
「何か目的があって攻めてきてるんですか?」
「それもわからんのです……」
……何やら難しい話し始めたぞ? これは非常につまらん。1つの場所に留めて置くことが出来ないのが、この山田。現人神の顕現を遮ることなど何人たりとも出来ぬのだ。
「山田降臨せり! 平伏せ下郎共よ!!」
おや? 平伏す前にみんな横になっている。人の出入りが激しいから、パーティーでもしてるのかと思って遊びに来たんだが……
「あら、タロウ気が付いたの? アンタ馬鹿じゃない? 普通、鎧着て泳いだら溺れるって子供でも理解してるわよ?」
何か勘違いしているなアンジェ。溺れたのではない、渦に飲まれて沈んだのだ。
「ところで、ここは何だ? 皆、包帯を巻いて横たわっているが?」
もしや、仮装パーティーか? なるほど、ではこの『仮装界の貴公子』と呼ばれた、この山田の本領発揮せざるを得ないな! 俺のジェイソンの仮装で再び恐怖の嵐を巻き起こしてやろう。
「またくだらないこと考えてるんでしょうけど、見てわからないの? ここ療養所よ。説明がいるほうが驚きだわ」
ほう、このお早うからお休みまで暮らしを見つめる山田に対し、何たる暴言。理解しとるちゅうねん。コイツ等アレだろ? 事故とかした時に、どっちかと言うと過失の多いほうが怪我アピールして被害者面するアレだろ? そんなことで過失が変わるほど、世の中楽勝じゃねえぞ?
「アンタ、そろそろ思ってること口に出す癖直さないと、毒詰め込むわよ?」
有り余る知性と品格が口から滲み出たとでも思っておけ。
辺りを見渡せば、怪我した獣人や魚人だらけだ。あの魚人は診療台の上に乗せられてる。今から3枚に下ろされるのだろうか?
しかし、そこらじゅうから聞こえる呻き声やすすり泣く声が耳障りだ。戦争なのだ、同情などせんよ。
外に出れば、悲しみに打ちひしがれる母子なども見かける。戦いが長引けばこういう風景も増えるだろう。何かに祈るヤツもいる。この世界の神はお前等を救う気はないらしいぞ?
何もせん神に祈るより、この俺を崇めろ。貴様等にも侵略者共にも強者の戦いというものを見せてやる――
「おい、1日で戦いを終わらせる方法を考えろ」
「無茶苦茶言うなボケ。逃げたサハギン共を追うにしても海王が邪魔で――」
「アレは俺が殺してやる。次の問題はなんだ?」
「はぁ? お前ビビッとったやんけ」
「そうだ、この俺に恐怖を覚えさせたのが気に喰わん。だからアレは殺す」
「本気か?」
ホオジロが俺に真剣な顔で問い掛けるが、魚の表情などわからんよ。
「殺すどうこうは置いたとしても、あそこの海域から海王を離してくれるだけでも相当助かる」
作戦の内容は決まった。俺、ブラド、モハメドの3人が海王討伐隊。俺が挑発して、モハメドの操舵技術で海王を海域から引き離す。そしてホオジロと斥候部隊が逃げたサハギンを追う。
次の攻撃を凌いだ後、作戦開始だ――




