翔べ!聖女
ああ、メンドくさい、ウザい、憂鬱だ……
私達は今日も大通りを歩いてる。王都の民に挨拶回りする為だ。
前世を不慮の事故で命を落とし、数奇な運命を得て、この世界へ転移する事となった。だが……
「聖女様、先日はありがとうございました! 父の体調もすっかり良くなりました!」
これだ。これがウザく、私を憂鬱にさせる。
「聖女様! 家の祖父が腰を痛めてしまいまして……よろしければ奇跡をお見せくださいませ」
その女性の後方に腰をかなり曲げ、杖のついた老人が見える。そもそも出歩いたら駄目じゃないか? 私は老人に四つん這いになる様指示し、徐に手にした鎖で老人の腰を打つ――
「アァァァッ……」
聞きたくもない老人の嬌声が辺りに響く。老人はみるみるうちに元気を取り戻し、感謝の言葉を口にする。
「ありがとうございます、聖女様!」「流石は聖女様!」「聖女様万歳!」
ああ、今日も憂鬱な一日始まる……
「今日も不機嫌そうな顔をしているでござるな?」
そう話しかけてくるこの男は、マイケル・ラインウェーバー。金髪碧眼のアメリカ人だ。私と同じ様にこの国に保護されているんだが、なかなかにポンコツだ。強いのだが、スキルとの相性が抜群に悪い。だが、私のスキルはそれ以上に酷い。
こういう時はマイケルに八つ当たりするに限る。今日は何をさせようか……
そんな時、辺りが微かにざわめきだし、大通りを向こうから歩いてくる男達が見える。
――何だ、アイツ等? 赤いジャージ着てるし、転移者か? レトリバー王にも他に転移者がいれば連れて来る様言われてるしな……
「よし、マイケル行け。アイツとコンタクトとってこい」
「え? 嫌でござるんですけど? あれはかかわったら超駄目なヤツでござるよ!?」
「いいから、行け!」
私はマイケルの尻を蹴飛ばして向かわせる。まあ、あのジャージ男、あんなモン担いで歩いてたら、はたから見たら狂人にしか見えんわな……
マイケルはかなり脅えていた。そもそも何故、自分から狂人に話しかけなければならないのか? 取り巻きの男達も山賊の類だろう。いざとなれば自分の忍術で逃げるか……
しかし、ヤンキーにしか見えないこの男を何が狂人とさせんとするのか。それはこの男が肩に担ぎ、血糊で赤黒くなったモノだ。
――それは鈍器というにはあまりにも禍々しすぎた
――禍々しく 刺々しく 悍ましく そして大雑把すぎた
――それは正に釘バットだった
民明書房刊『異世界に見る釘バットの考察』より
「あの、……もしや日本人ではござらんか?」
「いや、違うが?」
……なんだあの侍モドキ? あの後ろにいた女もプロレスラーにしか見えんが……
「ヤマダさんは異世界の日本ってとこから来たんじゃないんスか?」
「ああ、何となく嘘をついただけだ」やはり理由は特にない。
そうだ、俺はここへ遊びに来たのだ。職なんとかとか、研なんとかとか1週間近く前のことを覚えているほど、俺の脳細胞は暇ではないのだ。
こうして、俺は王都に着いたのだった――




