プロローグ
はじめまして、こんにちは!
『それは妹術ですっ!』を見つけてくださりありがとうございます!ちなみに妹術と読みます。
世界《インパリィ・エンジェスタ》
そこは、ある存在を
我が身より「大事」に思い、
我が身より「優先」し、
我が「天使」のように扱う世界。
その存在と我が身を使うことによって生まれる『奇跡』
それを特別科目として組み入れた学園が多く存在する、妹術特化都市《デイアンシスタ》
その中でも、優秀な生徒が数多く存在し、数々の偉人を輩出してきた一つの学園が存在する。
これは、その学園に通う、ある生徒達の物語――
❀ ✿ ❀
季節は春。
学園では新入生を迎え入れる時期だ。
進級する者もいれば、もちろん留年する者もいる。
そして今年、高等部二年にギリギリ、死ぬ気で頑張って奇跡的に進級できた妹志真 秀夜は現在、ある危機に陥っていた。
「季節限定春色焼き芋……今日の昼二時までじゃねえか!?」
「うるさいぞカス。授業中に叫ぶな」
秀夜の悲痛の叫びに対して冷静につっこんだのは、秀夜のクラス――八組の担任、口の悪さと目つきの悪さに定評のある豊口 磨呂。通称まろ様だ。
「だ、だってよまろ様! 大ピンチなんだよ!」
「何度その名前で呼ぶなと言えば分かるんだお前は。ぶっ殺すぞ」
「真顔で言うのはやめてくれ。冗談と分かってても怖い」
「誰が冗談だと言った。私が嘘をついたことはあるか?」
「ぐっ……た、確かに……まろ様の授業に遅刻してきたやつに『悪臭を放つ缶詰を寮に送り付ける』って言った後、嘔吐しながら倒れていた生徒が出たり――」
うっ、と口元を押さえながら青ざめる男子生徒。
「『私にできることはできるだけ実行してやる』ってまろ様の最初の言葉を鵜呑みして、まろ様の授業中に寝言を装い『まろ様ぁぁぁ……その綺麗なおみ足で俺のナニをナニしてください』って言ったやつにはたたき起こしてナニを蹴り上げたり――」
ナニを押さえながら幸せそうな表情をする男子生徒。
「……俺、死んじゃうの?」
「安心しろ。物理的には殺さん。社会的に殺す」
「やめて!」
「黙れ。それで、なんとか焼き芋を使って殺してほしいのか?」
「どうやって殺すんだよ。と、そうだ焼き芋! ピンチなんだよ!」
「話をループさせるな。本気で殺すぞ」
「いや言わせて!? 何がどうピンチか言わせてくれよ……」
相変わらず鋭い目を生かした無表情で「殺す」を乱発するまろ様。
だが、秀夜にはどうしても引き下がることはできない、重大な理由があった。
その必死さを感じ取ったのか、まろ様は仕方ない、というように肩をすくめた。
「よし、話してみろ。くだらん理由だったら殺す」
「ほんとか! 実はな…………」
「溜めるな早く話せ」
あからさまにイライラしているまろ様を無視して、ゆっくりと溜めてからようやく話す。
「実は、妹が食べたがってた『期間限定春色焼き芋』の販売終了時間まで、あと三十分しかないんだよ!!」
現時刻は昼の一時半。
焼き芋の販売場所までは走って二十五分はかかる。
五限目の授業が終わるのは一時四十分。終わるまで待っていたら確実に買えない。
どうしても妹の為に買ってやりたいという理由に、まろ様は目を閉じてうつむく。
しばらくするとゆっくりと顔を上げ、目に見えてわかる怒りのオーラを身にまとい低い声で話す。
「妹志真、お前なぁ……何故それを最初に言わなかった! さっさと妹さんの為に買いに行けボケが!」
「す、すまねぇまろ様。行ってきまーす!」
「まったく、何度言っても止めないのか。……やっぱり殺すか」
この二人の繰り広げた茶番を見せられていた他の生徒達は、皆こう思っただろう。
『妹志真、絶対間に合えよ。妹さんの為に!』と。
❀ ✿ ❀
「ま、間に合った……」
教室を飛び出してから一度も止まることなく走り続けた結果、屋台を閉める直前だった焼き芋屋に、秀夜はなんとか間に合った。
残り一つとなった焼き芋を、無事に買うことができ一安心である。
あとはこの焼き芋を家に持ち帰り、妹の帰りを待つだけだ。
妹の喜ぶ顔を想像すると、どうしてもだらしない顔になってしまう。
だが、ここで気を抜いてはならない。
家に着くまでが焼き芋係。
買った焼き芋を大事そうに腕の中に収め、辺りを警戒しながら慎重に運ぶ。
周りから見れば、挙動不審で謎のスローペースで歩く不審者だが、本人は全く気にしていない――というより、気づいていない。
「ふう……。特に危険なものはないな。待ってろよ我が妹よ! お兄ちゃんがお前の大好物をしっかり持って帰るからな!」
と、商店街の中心で妹へ叫ぶ兄の姿は、正しく不審者。
だが、それを聞いていた周りの人々の秀夜を見る目は不審者へ向けるそれではなく、「妹想いの立派な兄」に変わり、周囲からは所々で拍手が起きる。
何故、ただそれだけで不審者から立派な兄へと変わったのか。
普通に見ればそんなの異常だ。数百年前までは……。
この世界、《インパリィ・エンジェスタ》にまだ名前が無かった頃のこと。
地上に、ある神が舞い降りた。
何故、突然神が人々の前に姿を現したのかというと、その頃の世界では女性への差別――特に第二子以降の妹にはひどい差別があった。
非人道的に扱われる女性達。
ただ子供を産む為の道具としか見ていない、中にはそういう見方をしない人もいたが、ほとんどがそうだった。
その様子を見ていた神は、妹を連れて自ら地上に降りた。
そして、全人類が注目する中で神は言った。
『女性はそのような扱いを受けるために生まれてきたのではない。女性も其方達と同じ人間。過酷な環境を共に生き抜く同志である。女性を男性と同等――もしくはそれ以上の扱いをせよ。さもなくば……全人類に神の裁きを与えよう』
その言葉に人類は恐怖した。
しかし、神は話を続けた。
『特に妹! 妹はすっっっっごくいいから! 見てこの子、僕の妹なんだよ! めっちゃ可愛くない!? 容姿もそうだけど存在自体がもう可愛いすぎるんだよね。もう、ほんと天使! いや神だけどマジ天使! あ、みんな。兄妹仲良くね』
神は妹に溺愛していた。異常なほどに。
だが、人類はそれを見て一切引くことも軽蔑することもなく、ただただ「美しい」と思った。
そして神の言葉により新たな世界――世界《インパリィ・エンジェスタ》が生まれた。
しばらく新しい世界を地上で見守っていた神は、より兄妹の仲を深めるべく一つの力を授けた。
それが『妹術』だ。
兄妹の仲を深めるためはもちろん、その愛がどれほどのものなのかを確認するためのものでもあった。
百年ほど、地上で人類の成長を見守った後、神は再び天界へとお戻りになられた。
だか神は気づかなかった。
行き過ぎた愛は、時に人を傷つけることを。
妹術を使うことによって、兄妹は一つの恩恵を受けることができた。
それは、愛を具現化するということ。
妹術で生まれたその愛は、人々の役に立つこともあったが、強過ぎる場合うまく制御できずに暴発することもあり、それにより多くの人が傷つくことも過去にはあった。
そう、それは過去の話。
現代で研究や改良を重ねて進化した妹術。
それは、学園の特別科目として取り入れることができるほどに進化している。
学園の生徒全員が妹術を行使()しているわけではない。
強制ではなく、妹術はあくまで選択科目なので、兄妹間で妹術の実技科目を受けているわけではない。
秀夜とその妹もその受けていない側であった。
時計台を見上げれば、時刻は昼の三時。
焼き芋係は現在、家の近くにある公園で一人寂しくブランコを漕いでいた。
「鍵、持ってくるの忘れた……お芋冷めちゃうよぉ……」
家に着いても鍵がなければ入れない。
鍵といっても鉄製の差し込み式のものではなく、学生証と数個の電子式の鍵、あとカード類などが一つの電子端末となっているものだ。
仮に家に忘れたのではなく、落としていたとしても指紋・音声認証でロックされているので特に心配はいらない。
六限目が終わるのは三時ちょうどだ。妹が帰ってくるまでもう少しある。
「はぁ……暇だ。誰か通りかからないかなー」
と、その時。
ぶつぶつ言っている秀夜の目の前に、一人の女の子がとおりかかる。
(制服は着てないけど小学生……か? 何かを探してるのか?)
女の子は、辺りをキョロキョロしながら不安げな足取りでその場をうろつく。
なんとなく放っておけない感じだっので、一応声をかけてみる。
「あのー、君。何か困り事でも?」
「っ……!?」
秀夜が声をかけると、怯えるようにビクッと肩を揺らし、少しずつ秀夜から後ずさる。
「え、なんで後ずさるの?」
「いや……その……」
きゅ〜〜〜〜きゅるきゅるきゅる。
「〜〜〜ッ!?」
可愛いお腹の音を鳴らした女の子は、お腹を押さえて、顔を真っ赤に染めながらどんどん後ずさる。どうやらお腹が空いているらしい。
「お腹、空いてるのか?」
「……」
コクンとうつむきながら軽くうなずく。
だが、あいにくと秀夜の手元には妹の為に早退してまで買った焼き芋しかない。
なにか買うといっても、この場を離れなければならない。
女の子は動く気力もないという感じで地面にへたりこんでいる。
おんぶしていく手もあるが……お互い初対面な上、小学生とはいえ異性ということもあって少し気はずかしい。
(どうしたもんかな……)
焼き芋をあげるしかないのか。
でもこれは妹の為に買った――
きゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜グルゴゴゴゴ。
「「……」」
お腹の音が、早く何かよこせやと言わんばかりに急かしてくる。
これ以上はちょっとまずいような雰囲気だ。
女の子も涙目で、恥ずかしさと空腹でわけがわからなくなっている。
(さて……マジでどうしよう)
……しばらく微妙な時間が流れる。
結局、頭の中で闘っていた秀夜が折れることにした。
「よ、よかったら……これ、を、どうぞ……」
「……いいの?」
「ああ。お、お兄ちゃんは優しいんだぞぉ」
「泣きながら渡されても……」
なぜか自然と涙が溢れてくる。
妹の笑顔より、見知らぬ女の子の空腹を満たす方を選んだことへの罪悪感と謝罪の気持ちがこもった涙だ。
だが、これは人助けの為だからきっと妹も許してくれるはず!
涙を拭い、改めて女の子焼き芋を差し出す。
「いいから、これ食べな。本当に動けなくなるぞ」
「あ、りがと」
女の子は焼き芋を恥ずかしそうな嬉しそうな表情で受け取り、小動物みたいに両手で持ち、ちまちまと食べ始めた。
「なんか、可愛いな」
「!?」
「……あ、ごめんごめん、変な意味じゃなくて、なんか可愛いなーって」
まるでリスかハムスターにエサを与えているような感覚だ。
「というか君、髪の毛地面についてるぞ。ベンチにでも座らないか?」
「ん。そうする」
公園のベンチに移動した二人は少し間を空けてに座る。
女の子は未だにもちゃもちゃとかわいい食べ方をしているが、そろそろ気になることを聞いてみる。
「えっと、」
「!?」
秀夜が話始めようとしただけで、またビクッとなる。
(まだ警戒してたのか)
また少しずつ距離をとる女の子の反応に、軽くショックを受けながらも強引に話を進める。
「君、さっき何か困っていたように見えたけど、あれは空腹と関係ある?」
「……な」
「え?」
「陽菜……私の、なまえ」
陽菜。腰まである長さの、少しボサボサした薄い桃色の髪をした小さな女の子はそう名乗り、再びもちゃもちゃと食べ始める。
「あー、陽菜ちゃんね。んで、どうなんだ?」
「家、探してたの」
「友達か誰かか? 場所、分からないのか?」
「……うん」
「さすがに名前とかは分るよな?」
「えと、確か――」
「兄さん」
「「!?」」
陽菜ちゃんの言葉を遮り、ひどく冷たい声音が背後から聞こえてきた。
思わず秀夜もビクッとなり、振り返るとまるでゴミを見るような目で兄を見下ろす妹の姿があった。
「お、おう……今帰りか?」
「はいそうですよ。その帰り際に小さい女の子に問い詰めている不審者を見かけたので、助けてあげなきゃと思い声をかけているところです」
「え、えぇ!? そんな風に見えてたのか!? いやこれには訳が――」
「問答無用です。教室の前で兄さんを待っていたら豊口先生が、『あいつなら早退したぞ』と言っていたので心配していたのに……まさかこんなことをしていたなんて思いもしませんでした」
盛大な勘違いをしている人物は秀夜の妹――妹志真 夏雪だ。襟で切り揃えられたサラリとした黒髪が美しく、一見大人っぽいイメージだが、可愛らしい柄のカチューシャが彼女の中身を表しているようにも見える。
そして、その夏雪の後ろにもう一人いることに気づく。
「あっれぇ? 秀夜せんぷぁーい。もしかして誘拐とか企んでたんですかぁ? そんな小さい女の子どうするつもりだったんですかぁ?」
「ぐっ、お前もいたのか姫衣。というかマジで違うから! この子が――」
夏雪と同じ中学部三年で秀夜の後輩――佐倉 姫衣。ビヨーンと横から生えたツインテールが似合っていて、やや小柄で容姿は可愛い。が、ご覧の性格である。
小さい時からの付き合いでご近所さん、いわゆる幼馴染みだ。
そして、姫衣と夏雪が秀夜の腕を片方ずつ掴んで強引に引っ張り、そのまま公園の出口へ向かう。
「帰ったらじぃーーーっくり、聞かせてもらいますね」
「あ、今日お邪魔しますねー。なゆちーと勉強会をするつもりだったので。先輩の言い訳、楽しみにしてますね♡」
「く、くそ! 陽菜ちゃん、そういうわけだすまねえ、交番に行くことを勧める。 じゃあなうぉっ! ちょ、引っ張りすぎだ!」
そして、陽菜以外誰もいなくなった公園。
急な展開ぽかーんと見ていることしかできなかった陽菜だが、一つだけ聞き逃さなかった言葉があった。
「……しゅう、や?」
そうつぶやいた陽菜は秀夜の勧め通り交番へ向かわず、まだ見える三人の背中を見つけると、貰った焼き芋をもちゃもちゃと食べながら気づかれないように後をつけた。