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第46話

葵の墓に行ってから、1週間が経った。

あの日に変わったことは和樹さんが、また僕に戻ったぐらいで平和だった。

そう・・・だったのだ。

ついさっきまでは・・・・。




「誰と・・・・行くって?」


久しぶりに兄貴や奈緒さんと下校している今、つい先程に兄貴から発せられた言葉を合図に、穏やかな下校風景は地獄へと変わってしまった。



そして今、笑顔は笑顔な奈緒さん。

ただジワリ・・ジワリ・・と黒のオーラが背後から放出している。


「私とだよ♪」


勝ち誇った笑顔で紫織がそう言った瞬間、どす黒いオーラが一気に放出された。

俺は・・兄貴にキレるタイミングを完璧に逃してしまった。


「前に雨の日に紫織ちゃんが迎えに来てくれて、その御礼に映画を見に行く事になってるんだ。」


バカな兄貴は奈緒さんの異変に全く気づいていない。


「残念だったね?お姉ちゃん。」


「何がかなぁ〜?」


お姉ちゃんのトコを可愛らしく言っている時点で挑発以外、何にでもない。

この姉妹はホントに仲良いのに兄貴の事となると犬と猿の仲になるなぁ。

何で俺は冷静に感想を述べているのだろうか?


「何だったら奈緒と優も一緒に行くか?」


空気読めよ兄貴。

それは今言ってはいけない台詞ナンバーワンだぜ。

ほら、紫織が俺に殺気を出してきやがった。

紫織の出す殺気に耐えられなかったのだろうか?

飛んでいたカラスが2羽、俺の後ろの民家に墜落した。

バタバタと音がしているから生きてる・・・たぶん。


「俺は行かない。」


正式には行けない。


「私も行かない。どうぞ楽しんできてください。」


嫌みたっぷりな言い方を兄貴にぶつけ奈緒さんは家に入っていった。

兄貴はやっと奈緒さんが怒っている事に気づいたみたいだ。


「なぁ・・・・俺何かしたか?」


したよ。

ええ、しましたとも!

気づけよアホ野郎!


「じゃ螢さん、明日楽しみにしてますね。さよなら。」


幸せいっぱいな表情で紫織が家に入っていく。

さて、俺はアホな兄貴の質問に答えてやりますかね?


「もし俺が奈緒さんと2人っきりで映画見に行ったら兄貴はどう思うよ?」


気づかれていないとでも思っているのだろうか?

実の弟である俺には最近の兄貴の行動パターンからすでに分かっている。

間違いなく兄貴は奈緒さんに恋をしている。

ホント・・・いまさらだな・・・。


「問題ないだろ?」


平然として顔でそう答える兄貴。

殴っても良いですか?

まぁ俺が負けるけど・・・。


「どうしてそう思う?」


「だって優と奈緒は姉弟みたいなもんじゃんか。それより今は俺の質問に答えろよ。俺は何かしたか?」


姉弟だね・・・。

つまり兄貴は自分と紫織は兄妹みたいな関係だからデートと言う言葉が脳に発生しないのか・・・。

そんな幸せな脳を持つ兄貴言える言葉はこれしかない。


「せいぜい苦しめクソ野郎。」


この直後、下田家の2階からビー玉が投げられ見事に俺の後頭部にめり込んだ。

どんだけの聴力だよ?!

苦しめと言った俺はその痛みに苦しみ、上を見ると紫織が笑顔で親指を地面に向け立てて、俺を見ていた。













そして翌日。

俺は今、兄貴と紫織をストーキングしている。

べつにしたくてしているわけではない。

変態の言い訳に過ぎないだ?

うるせぇよ。

そもそも俺は変態じゃない。


「優君、出てきたわよ。」


尾行の十八番であるサングラスを身につけた奈緒さんが俺に兄貴達が映画館から出てきた事を教える。

そう、ストーキングの言い出しっぺはこの人だ。


1人でしてて見つかったら言い訳できないからと言って俺を強制参加させたのだ。

まぁ俺もデートが気になっていたから即OKしたけど・・・。


「昼食みたいですね。」


2人はファミリーレストラン、略してファミレスに入っていった。


「私達も入るわよ。」


俺は奈緒さんに続いて中に入った。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」


例の如く笑顔の店員さんに迎えられた。

俺が2人だと答える。


「生憎今、喫煙席が満席でして・・・禁煙席でも宜しかったですか?」


すると奈緒さんはムッとする。


「この人は煙草を吸いません。見掛けだけで判断するのは間違っています。」


そう言って奈緒さんは兄貴達のいる禁煙席の方へ歩き出した。

「もも申し訳ありません。」


慌てて謝る店員を無視して俺は奈緒さんの座る席まで歩き出した。

いくら俺が金髪でピアスしているからと言って、今の反応には些か頭にきた。


店員は悪気はなかったはずだ。

だからと言って許せるわけでもなく、俺は無視をした。


「ありがとうございます。」


奈緒さんに礼を言うと


「この店にはもう一生来ないわ。」


プンプンと怒りながら、そう返答してきた。

そう言えば去年、場所は違えども同じことがあった。

あの時は兄貴と2人で入って、店に入るやいなや店員が俺に向かって煙草は吸うか聞いてきた。

それを聞いた兄貴はその場でキレた。

最終的には店の経営者にまで怒鳴り散らしていた。

人を見掛けだけ簡単に判断するな!俺の弟はそんもの吸わない!

と大声で叫んだ。

その帰りに

『確かにお前の格好にも問題あるからな・・少し自重しろ。』

そう言われたが俺は店で兄貴が俺を庇ってくれた事が嬉しくて元気な返事をしてその会話を終えた。


「優君は何にする?」


メニューを見ながら俺に聞いてくる。

ざっと目を通した俺は無難に日替わりランチのハンバーグにした。

後ろに座っている兄貴と紫織を食べながらでも監視する。

少し離れているため話の内容は分からないが笑っているあたり楽しい内容なのだろう。

兄貴に向けられている紫織の笑顔。

今まで俺に向けられた事のない輝きを放っている。

そしてコレからも向けられない。

そんな事を思っていると胸がズキンと痛んだ。

痛みと同時に兄貴に嫉妬し、紫織に怒った。

いつも紫織と一緒にいるのは俺なんだ。

なのに何で兄貴が好きなんだ?!

何でそんなに嬉しそうに楽しそうに笑うんだよ?!

何で俺じゃ!


「優君?どうかしたの?」


「何でもないですよ?」


テーブルの下で拳を握っている自分がいた。


「そ、そう?あ、席を立ったわ。」


急いでサングラスを身につける俺と奈緒さん。

2人が店を出てすぐ、俺達も外に出た。

映画も見て、昼食取ったんだから帰れ!とテレパシーを紫織に送ったが応答はなかった。




紫織と並んで歩く兄貴。

そこはいつもなら俺の場所なんだ。

誰にも譲りたくない場所なんだ。


「公園に行く道だね?」


「そうですね。」


いっそう紫織を諦めようかと考えた事が多々あった。

だがその度に脳がそれを否定する。

そして、また苦しむ。

・・・・気づかなければ良かったのかもしれない。

何で紫織を好きだって気づいてしまったんだろう?

気づかなければ良かったのに。

そうすれば兄貴に嫉妬することも、紫織に苛々することも、胸が痛むこともなかったはずだ。


「ゆ、優君!」


奈緒さんがひどく慌てた様子で俺を見てきた。


「何ですか?」


笑顔を作る。


「手!」


「・・・・手?」


前を歩く2人から自分の手に視線を移す。


「あは・・ははは。」


握り拳に力を加えすぎた俺の手からは血が流れ出ていた。

コレなら誰でも驚くよな?


「俺って馬鹿ですね・・・・すいません。」


「そ、それより止血しないと!あ!!」


バックに手を突っ込んだ奈緒さんは何かに気づいた顔になる。


「ハンカチ忘れて来ちゃった・・・。」


「そんな俺が悪いんですから気にしないでください。」


《トン》


歩いていた俺は何かに・・・・いや訂正、誰かに衝突した。


「すいません。」


さらに訂正します。

衝突したのは兄貴でした。

つまりピンチですね。


「2人で何してんの?」


兄貴はキョトンとした顔で俺の顔を覗きこむ。

ストーキングされいた事実に気づかない我が兄上様。

隣の奈緒さんは同様丸出し状態で、紫織は不機嫌になっている。

さて、どうしたものか?


A.事実を話す。

B.偶々だと嘘をつく。

C.逃げる。


個人的にはCなのだが、ここはあえてBでいく。


「偶々だ。奈緒さんともさっきそこでバッタリ会っただけ。じゃ俺は帰宅中だったからコレで。」


俺は回れ右をする。


「優!ちょっと待ちなさい!!」


まさか・・・・嘘がバレたか?


再度回れ右でもとの状態に戻る。


「血が出てるじゃない!」


あ、そう言えば。

手からは未だに血が流れ出ていた。


「ちょっと来なさい!」


紫織は俺の腕を掴み水道の前までやってきた。

蛇口を捻ると水がでてきた。


「ほら、洗う。」


俺が返答する間もなく流れる水に手をかざす。

水が沁みて少し痛みを感じた。


「はい、手を出して。」


「は?」


「良いから出す!」


気迫負けした俺は黙って手を前に出す。

紫織はそれを確認するとバックからハンカチを取り出し、俺の怪我をしている手に結んだ。


「よし、あとは家に帰ってから消毒しなさい。」


「・・・・。」


「聞いてるの?」


怪訝そうな顔で俺を見てくる紫織を見て俺は・・・・今後どうするか決めた。


「聞いてる。ありがとう。」


「どういたしまして。」


笑顔の紫織。

だけどやはり、兄貴の時とは違った。

俺は握り拳を作らないように気をつけながら笑顔を作る。

そう・・・・紫織に対し、初めて作り物の笑顔だ。

今までは自然と笑えていたし、作る必要なんて無かった。


「洗ったらポストにいれとく。あとさ・・・・」


「なに?」


「明日から俺、1人で登下校するから。」


紫織から笑顔が消え去った。


「なん・・で?」


「あと弁当も明日から作らなくて良いから。」


アホな兄貴と違って俺は直ぐに気づいた。

毎日、俺には紫織が、兄貴には奈緒さんが弁当を作っていることに。

不味くても紫織が作った物だから・・・・完食した時に見せるあの嬉しそうな顔が好きだったから俺は毎日食べていた。

だがそれも、もう終わりだ。


「そう言うことだから。」


紫織に背を向け歩き出す。


「ちょっと待ってよ!」


手首を掴み俺が歩くのを止めさせる。


「何がどう・・・」


俺の腕を掴んでいる紫織の手を引き剥がす。

すると紫織の声が止まった。

俺はまた笑顔を作る。


「さようなら。」


「え・・・?」


再び歩き出した俺を紫織は止めることはなかった。




もう傷つくのは嫌なんだ。

些細な優しさでも俺は喜んでしまう。

でも最後には傷ついてしまう。

もう、たくさんだ。

兄貴の近くにいる紫織をもう見たくない。

自分に向けられる事のないあの笑顔をもう見たくない。

だから・・・・さよなら。

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