第44話
「今でも、キャスターの言葉を一字一句間違いにいえる。」
そう言って俺は目を瞑る。
「今日の午前2時頃、S市の佐藤さんの家に男が侵入し、一家を殺害する事件がありました。」
一旦ここで区切り、息を吸いまた続きを口にする。
「死亡したのは、父親の佐藤哲治さん42歳と母親である佐枝子さん。そして中学1年生の葵ちゃんの3名です。」
言い終わってから、ゆっくりと瞼を開く。
皆の視線は床に向いていた。
若干1名・・・隼人だけは前をしっかりと見ている。
「自分でも忘れたいと思っているのに忘れられないんだ。全て鮮明に覚えているんだ。葬式の日のことも・・・・。」
皆、知っているのだろうか?
俺と隼人が──。
やがて愛ちゃんが口を開く。
「今・・隼人さんは寂しくないんですか?」
「寂しくない。」
即答だった。
「家では1人っきりだけど・・・・」
1人1人の顔を見る隼人。
最後に俺を見て笑顔になる。
「クサい台詞かもしんないけど、皆がいるから寂しくなんてない。此処には俺の居場所がある。」
「そう・・ですか。」
どんな表情をすれば分からず曖昧に笑う愛ちゃん。
ホントに顔は葵ちゃんそっくりだ。
気まずい空気が辺りを漂うが話を止めるわけにはいかない。
親友から引き受けた、この重大な仕事を放棄するわけにはいかないんだ。
「じゃ続き話すな?葵ちゃんが死んだと分かって俺は戻ってきた。葬式はその日に行われ、もちろん出席した。俺は隼人に会っていないから大丈夫か心配でならなかった。そして式場で隼人を見つけて、」
チラリと隼人を見ると、一瞬だけ笑顔になり頷く。
「言っちゃ悪いが安心できなかった。コイツ・・・泣いてなかったんだ。式の最後の最後まで1回も涙を流さなかった。」
皆が一斉に隼人を見た。
やっぱり気づいてなかったんだ・・・・。
「皆ショックで泣いているのに泣きもせず真っ直ぐ葵ちゃんや親父さんにお袋さんを見てたんだ。」
「そう言う螢だって泣いてなかったじゃん。」
隼人の言葉は皆をさらに驚かせた。
だがそれも事実だった。
俺は泣かなかった。
隼人が心配と言うのもあったが中々実感が沸かず泣けなかった。
「こっからは俺が話すとしようなか?終わりだけ頼む。」
迷いのない、その瞳で俺を見てくる隼人。
俺はここで引き下がる。
「虚勢張ってたんだ。俺は大丈夫だ、1人でも生きていける。笑って過ごしてやるからって死んだ家族に伝えるために泣かなかったんだ。ホントは今にも泣きそうだったのな?いざ式が終わってみると・・・・なんて言うのかな・・・・?心の中にポッカリと穴が空いたって言うの?とにかく何もやる気が起きなくて3日間飲まず食わずで仏壇の前にいたわけ。誰も来やしないし、別にこのままれ死んでも良いかなぁ・・・・って思っていたら玄関から葵の声が聞こえた気がしたんだ。」
「まさか・・・葵さんに?」
愛ちゃんだけじゃない皆が食いつくように隼人を見る。
今から話す内容は俺と隼人しか知らない。
「ドアを開けたら居たのは怒った表情の螢だった。」
『なっ・・・なんて顔してんだよ?!ちゃんと飯食ってんのか?!』
『・・・・関係ないだろ?』
『このバカ野郎が!』
「っで殴られた。」
そんなビックリした顔で俺を見るな。
なんか怖いから。
『合宿中の電話で葵ちゃんは何て言っていた?!』
『・・・・。』
『体に気をつけろって言っていたんだろ!?』
螢の言っている事は当たっていた。
だから隼人は何も答えない。
答えられない。
『葵ちゃんが天国で心配するだろうが!!しっかりしろよ!?なぁ!』
「でも俺さすがにキツくってさ・・・・反論も反撃もせず、頷きもせずに俯いてたら螢がいきなり立ち上がってメシ・・作り始めたんだ。」
隼人を無理やりテーブルに連れて行き、椅子に座らせる。
『ほら、食え。』
出来上がったのは短時間の定番である焼き飯だった。
ジーッと見た後にゆっくりとした動作で手を動かし隼人は口に運ぶ。
『葵ちゃんの代わりにはなれねぇけどさぁ・・・・。成るつもりもねぇけどさぁ・・・。俺は死ぬまでお前の親友で居続けてやる。』
ピタリと隼人の手が止まった。
『親友でいてやる。一緒にいてやるから・・・・。くっ・・。』
泣いていた。
俯いているから分かりにくいが螢は涙を流していた。
『一緒にバカしてやるから・・・・。』
『うっ・・く・・・・。』
『だから・・・。』
『ぐぅ・・・ぅっ・・・。』
『だから、変な事考えるな。』
「2人とも声押し殺して泣いた。あの時の焼き飯の味は分からない。泣いたからってスッキリするわけじゃなかったさ。ただ何かしなきゃと思って螢に言ったんだ。」
『俺は何をすればいい?』
目を真っ赤にして隼人は螢に問う。
『笑え。まず、毎日が心から楽しめるようになれ。それが第1歩だ。』
「そう言われた。もし無理だったらどうすればいいって言ったら」
『俺が絶対に楽しめるようにしてやる。』
「だって。さすがに俺も呆気にとられた。馬鹿かって。」
「馬鹿はお前だ。」
「ははは、そうだよな。学校始まってすぐだったかな?和樹がいなくなったのは?」
すると和樹は少々慌てた様子で弁解する。
「し、仕方ないだろ?父さんがイギリスに来てくれって言うから!」
「誰も責めてないって。そんで和樹もいないし、まだ心から楽しめないでいたんだけどさ・・・・そのぉ・・・・ほら、アレだ・・・・な?!」
俺に助けを求めるなアホ。
「美帆を好きになったんだろうが。はい、それで?」
「そ、それで・・・・こう好きって言うだけなのに何かウキウキ、わくわくってな感じで・・・・俺がその事を螢に言ったらさ、笑うんだ。自分の事のように嬉しそうに笑うんだ。」
「嬉しかったんだ。悪いか?」
仏頂面なのは恥ずかしさを誤魔化すためですが何か問題でも?
「ありがとう・・・・。美帆は俺が告白した時どうなったか覚えているよね?」
そりゃ覚えていなかったら悲惨だろうが。
「うん。手を眼に押し当てて涙流しながら好きだって言ってくれた。」
うん、知っている。
隼人に頼まれて陰から覗いてから。
「この頃からホント毎日が楽しくなってきたいた。家族との死を受け入れられていたと思っていた。螢。」
バトンタッチだな。
「じゃ話すぞ?最近、隼人は2度倒れた。1度目は合宿所で。2度目は学校な?」
「疲労だったんでしょ?」
美帆の言葉に俺は横に頭をふる。
「最近一家殺害事件が起きたよな?隼人はそのニュースを見て記憶が混乱、倒れた。これが真実だ。」
「え・・・?」
「ごめん美帆。心配かけたくなくて。」
隼人は困った表情で謝る。
「私についた嘘って・・・・この事なの?」
「あぁ。」
俺がそう答える美帆は悲しそうな表情になった。
悲しいのは分かるが・・・・問題は次なんだよなぁ・・・・。
皆さんショックを受けなければいいけど・・・・とくに愛ちゃんが心配だ。
「その時、2人で秘密にしようと決めた事があった。」
皆が皆、真剣な眼差しを俺に向ける。
「医者に言われてたんだ。隼人は今、精神が不安定の状態にありちょっとしたことで、また混乱して倒れるかもしれない。その時はいつ目を覚ますか分からない。もしかしたら2度と目を覚ます事はないかもしれないってね。」
「そんな大切なこと・・・何で!?」
机を思いっきり叩き立ち上がる奈緒。
「言ったらまた皆に気を使わせてしまうだろう?だから俺が螢に頼んで秘密にしてもらった。責任なら俺にある。」
「とにかく座──。」
奈緒の腕を引っ張り座らせようとした時、奈緒の手は震えていた。
長い付き合いだからかな?
奈緒の心が読めた。
奈緒は自分達を信頼してくれていないと思っている。
それが悔しくて、泣きそうなのを堪えて震えている。
何故かそれを理解できた瞬間、
「え?」
戸惑いの声を出す奈緒。
「「「「「「あ?」」」」」」
そして何してんだコイツ?と言いたげな声を出す一同。
無理もない。
俺がいきなり奈緒を抱きしめたんだから。
「奈緒や皆を信頼していなかったんじゃないから。」
「ど・・どうして・・・?」
「バ〜カ。何年一緒にいると思ってるんだよ。」
そっと優しく頭を数回撫でて奈緒を自分から引き離した。
「皆も信頼していなかった訳じゃ・・・。」
何その目は?
マジ怖いんだけど??
紫織ちゃんからは殺意が感じられますよ?
「なななに?」
我ながら情けない事に声が震えている。
「真面目な話をしている最中に何で抱き合うかなぁ・・・?普通はしないよねぇ?」「落ち着け美帆!まず拳を下ろすんだ!」
病室での光景を思い出したのは・・・・記憶がない隼人以外の全員だった。
「しししかたないだろ?奈緒が泣きそうだったんだから!」
事実。
事実だから。
だから・・・ジリジリと近寄らないでくれ!!
「美帆ごめんね。ホントなの。」
ピタリと美帆は止まった。
「分かった、奈緒を信じるわ。」
俺は信じないのか?
へこむぞ?
「真面目な話が兄貴のせいでぶち壊しだ。」
ぶち壊しをやたら強調する優。
「悪かったって!」
必死に謝る俺。
でも自分では正しい事をしたと信じています!
「なぁ・・皆で葵に会いに行かないか?愛ちゃんの紹介もあわせて。」
隼人の提案に皆が次々と賛成していく。
「螢は?」
全員が俺を見てくる。
「もちろん行くさ。」
すると皆が笑顔になり立ち上がり、歩き出す。
葵ちゃんの眠る場所に向かって・・・・。
「螢先輩、1つ聞いても良いですか?」
皆と距離をとって歩いていた俺にさり気なく近づき、そう言ってくる愛ちゃん。
「何をだ?」
自然と目で奈緒を追っている自分に『いい加減、好きだと言え』と言いつつ会話に徹する。
「隼人先輩の家族を殺した犯人は・・捕まったんですか?」
首を横に動かす。
「じゃ・・まだ逃亡ちゃうなのですか?」
また首を横に動かす。
「死んだよ。」
俺の言葉に歩む足を止める愛ちゃん。
「遺書に『私が殺した。』みたいな事を書いてビルの屋上から飛び降りた・・・らしい。」
「そんな・・。」
前から隼人が俺の名前を叫んでいる。
「今、行く!行こう?」
「・・・はい。」
佐藤家之墓。
2つの墓石が俺の目の前にある。
1つは隼人の両親のお墓。
もう1つのお墓には彫られた『葵』と言う文字がある。
途中で購入した線香の束に火をつけ墓石の前に置き、みなで合掌する。
「父さん、母さん、葵・・久しぶりだね?」
そう呟いた隼人は最近、身近に起きた出来事を次々と話す。
そして、
「初めまして、愛です。」
愛ちゃんが自己紹介する。
なんとなく葵ちゃんが目を丸くした・・・そんな気がした。
その後また隼人が話し始め、その話を俺達はずっと黙って聞いていた。
「じゃあ、また来るから。」
隼人はそう言って立ち上がり、墓石に背を向け歩き出し、皆ついて行くが和樹だけが動かなかった。
「和樹さん?帰らないんですか?」
優の言葉に和樹は微笑む。
「葵さんと話をしてから帰るとするよ。」
「じゃ俺達は待ち」
声を出す優の腕を掴んで連行する。
「兄貴?」
「今は・・2人っきりにしてやろうぜ?」
そう言うと優は何も言わず歩き出した。
そう・・・久しぶりの再開なのだから2人っきりに・・・・。