第37話
目の前にはベッドの上で眠る隼人。
そして、ベッドの脇に座り手を握る美帆がいる。
『葵は死んだんだ!』
決して口には出してはいけないはずの言葉。
それを俺が言ってしまった。
『葵は死んだんだ!』
くそったれ!
控えめなノックをして1人の医師が部屋に入ってきた。
「皆さん今日はもう帰った方がいい。彼はあと2・3日目を覚ましそうにない。」
嘘だ・・・・。
2・3日?
ありえない。
一生かもしれないんだ。
「また明日、来なさい。」
しぶしぶと言った感じで皆が部屋を出ていく。
再度、隼人の顔を見る。
そして俺が最後に出ようとした時だった。
「後で戻ってこい。」
俺にだけ聞こえる声で誰かがそう言った。
嘘だろ?
そう思って隼人を見ると先程からと同じ体勢で眠っていた。
「螢?」
目を真っ赤にした奈緒が俺の名を呼ぶ。
「い、今行く・・・。」
部屋を出る間際にもう一度隼人を見る。
右手が掛け布団から出て親指以外の4本立てていた。
左手のリストバンドを誰にも見つからないように外し、鞄に突っ込む。
病院を出たあたりで今気づいたと言わんばかりの演技する。
「病室にリストバンド忘れてきた。」
変に思われないように自然体で振る舞う。
たぶん奈緒辺りが『待つ』と言うはずだ。
「待ってるから早く取りに行ってきて。」
やはり奈緒がそう口にする。
「いや先に行っててくれ。」
「でも・・・!」
「優、任せた」
優に眼で合図を送る。
すると優は眼で訴えかけてきた。
『何があったか後で教えろ。あと演技下手だ。』
演技下手は余計だ。
「分かった。」
それを聞いて歩き出す。
「ちょっ!」
奈緒が何か言っているが無視して歩き続ける。
4本指の示す意味は『戻れ』
病室の前まで来て、ノックするか迷ったがノックしないで中に入った。
「来たぞ?」
「おう。」
確かに隼人は返事をした。
そして目を開けて、体を起こし『うーん!』と言いながら体を伸ばした。
「悪いな〜。寝たフリしてて。」
俺は何故寝たフリをしていたとか、何故俺だけを呼んだなどの疑問よりも違った疑問が浮かび上がった。
それは・・・
なんでお前が謝るんだ?
謝らないといけないのは俺のはず。
「いや・・・その・・・」
「止めてくれて、ありがとな?」
違うだろ?
なんで・・・・?
なんで俺を罵倒しない?
「俺どうかしてたわ。本当にありがとう。」
「違うだろ?」
「は?」
分からない。
そう言いたげな顔をしている。
「なんで俺を罵らない?怒らない?俺はお前に」
「葵は死んだ。それは事実だ。」
「・・・・もしかしたら、もう目を覚まさなかったかもしれないんだぞ?」
彼は一度ため息を吐いて、呆れ顔で俺を見る。
「お前さぁ・・・・俺が倒れたの自分のせいだとでも言いたいわけ?」
「だってそうだろ?あの状況下で葵は死んだんだと口にするべきじゃなかった。」
今度はやれやれと首を振る。
「偶々、葵に似ている子を見て騒ぎだした俺をお前は必死に止めようした。違う?」
「違わない・・・・。」
実際はそうだ。
俺は隼人の暴走を止めようとした。
「だろ?だったら悪いのは俺だけ。」
でも
「・・・俺にも非がある。」
「いい加減わかれ。悪いのは俺だけだ。」
少し怒り混じりの声。
少しだが真剣に怒る隼人は久しぶりだった。
「俺、今日あの子がお前と衝突するより前に見てた。」
「・・・・それが?」
「お前にその子の事を言っていれば、こんな事態にはならなかったはずだ。」
「・・・・それがお前の言う『非』か?」
首を縦に真っ直ぐ動かす。
「バーカ。」
バーカ、その台詞の意図が読めず黙っていると隼人はまた口を開いた。
「普段のお前なら分かるだろ?もっと冷静になれ。例えお前が事前に教えてくれたとしても結局は倒れていたと思うぞ?」
「そん」
「そんな事はない?あるさ。冷静になれ。」
「俺は冷静だ。」
「だったら分かるだろ?もしお前が葵に似た子を見たと俺に言ったとする。すると俺はどうすると思う?」
答えは明白だった。
「・・・・その子に会いに行く。」
「正解。そしてその子に会ったとすると、最近記憶が混乱した俺はどうなる?」
「また記憶が混乱して、葵と勘違いして騒ぎ出す・・・・。」
「最終的には?」
「・・・・気を・・失う。」
でも、もしかしたら違ったかもしれない。
似てるな・・・で終わったかもしれない。
「な?悪いのは俺自身。オッケー?」
「・・・・。」
「オッケー?」
オッケーなわけない。
「冷静になって分かったよ。誰も悪くない。無論、お前もだ。」
「俺も・・か・・・。ハハ・・。」
隼人の乾いた笑い声は、俺には異常なまでに悲しく聞こえた。
たぶん・・・・それは
「明日・・・ぶつかった子連れてきてくんない?俺謝った気がしないから。」
3年前のあの時と
「ああ。でも大丈夫か?」
「大丈夫。明日までに自分の中で整理つけとく。」
「そっか・・・・。なら任せろ。」
「まかせた。ってもう暗いな・・・・奈緒が心配してるぞ?」
「そのまま、返す。」
「確かにな。・・・・じゃ。」
「おう。」
同じ笑い方だったから。
病院を出ると携帯がメールを知らせる音を発した。
隼人からだった。
《和樹が心配だ。任せたぞ親友。》
和樹・・・・。
確かに心配だ。
隼人と同じく心に大きな傷を受けた彼は大丈夫なんだろうか?
また心配の種が増えた。
《任されたぜ!親友。》
メールを送信して、どっと疲れが出てきた。
優に真実を言うか言わないか迷いつつ、家に向かって歩き始めた。