プロローグ
とある日の昼下がりである。
「弟子。しばらく東方門まで行って来い」
男口調でそう言ったのは長い髪をポニーテで結んだ着物姿の女性である。その体型は男なら惚れ惚れするほどのグラマーな女性であるが、
「・・・・・・」
彼女、森野際花に目を向いている神埼詠刃はまるでバカを見ている目をしていた。
加えて、さっきまで走っていたせいで疲れている詠刃は汗が気持ち悪くて少し気が立っている。
落ち着きのために先ず「はあ・・・・・・」と息を吐く。
「で? いきなり何言い出すんだバカ師匠」
「バカ師匠とはなんだ」
「バカをバカと言って悪いか」
女性の表情としてはカリスマが溢れてる、まるでマフィアの女ボスらしい言葉に怯まず返す詠刃は肩に乗せてた鞄の紐を下ろして際花に渡す。
「悪いだろバカ弟子が」
鞄を受け取った際花は「ちょっと入れ」と言って部屋に入る。
入れと言われて詠刃は靴を抜いて床に上がる。
「いいかげん風呂に入りてんだがな・・・・・・って重っ!」
際花は押入れを開き、その中から硬い何かを取り出して隠語の文句を言う詠刃に投げた。
長くて重いそれは、剣でも入ってそうな重さをしていたバックである。四角刑で幅は広い。
というより・・・・・・。
「これ、剣入ってるだろ」
「ああ」
あっさり認めるけど、そこは気にしない。
「さっき、東方門に行けってのはこれか? おい師匠、うちは何時からこんな宅配仕事もやるようになったんだ?」
「細かいとこは気にすんな。明日昼時間台にある蒸気機関車で三時に着くはずだ」
要するに「黙って行け」ってか。よし。
「嫌だ」
バックを畳みに立たせ置いてそう言い張る。
「行かないってか」
「ああ」
めんどくさい。勝手な話し持ち出すな。という感じもあったのだが、一番の理由は他にある。
そんな訳で行くつもりも、ましてや知らない人のところまで行く気も何一つもない。
というか、拒否感がする。
「・・・・・・そっか」
さて、腹を括るか。
これから数分間は気持ち悪さとか気にする場合ではなくなる。
パぁぁぁぁ――――ッッ!!
まるで木製の床に衝撃波が起きたような一撃。
いや、一踏み。
その後、衝撃を真に受けた畳の床は足の直ぐ横にある畳一枚が外れ上がり、倒れた。
詠刃は畳みが外れて直ぐ後ろへ退き、そのまま外へ出る。
素足のまま荒く着地する。
抵抗するための行動ではなく逃げるための行動であって、反撃する行動に入るのは今からであるのだが・・・・・・。
その行動全てが既に遅かったという事実を知ったのは二秒後であった。
「・・・・・・っ!」
着地後、地を向いていた視線を前に向けた瞬間、そこにあったのは美女の顔だった。
ただし、殺気を纏った顔である。
次に詠刃の目に入ったのは、いつの間にか際花の右手に長刀が自分に向かって突いてくる事だ。
詠刃はそれを――、
パッ!
長刀を相手に真剣白刃取りで取る・・・・・・事は出来ず、右の掌で長刀の刃を左の方に拗らせて逃げた。
そのまま距離を空く。
「なあ師匠、俺まだ剣も持ってないんだぞ・・・・・・一人だけ武器使ってずるいんじゃねぇのか?」
際花は長刀を両手で構い、「知るか」と言い返す。
その後、詠刃は武器を取る事も出来ず、家の外、庭中までを走り回り、ただの一方的な狩りとなったので、詳しくは省略する事として――。
明日の昼下がりの時間帯に蒸気機関車へ乗る事となった詠刃は、汗だくだった上にぼこぼこに遣られた体を洗って湯に首もとまで沈ませた。
それでも嫌な気持ちはどうも洗え流せない。
どこかがおかしいと思われたのなら、これが自分の筆力です。
読んでもらい、ありがとうございます