試練
明らかにおかしい。
藍宇は闇の中で自分の置かれている状況の異常さに歩みを止めた。
ここは、黄閣の・・・建物の中の筈だ。
それなのに、もう歩き始めてから一刻(30分)は経過していように思う。
いくらこの広い王宮にある建物とはいえ、一刻も歩いて、壁にすら当たらないなどという事があるだろうか。
それとも、自分の時間の感覚がおかしくなっているのか。
いや、同じところをグルグル回っているのかもしれない。
なぜこんなところに自分はいるのだろう。
そもそも、自分は、本当に、ここにいるのか?
自分の体を抱きしめれば、確かにその感覚はあるのに、それすら何か違うもののように感じる。
怖い。何もわからないのが、怖い。
これはいつ終わるのか。
自分は、生きているのか、死んでいるのか。
もしかしたら、自分は死んでいて全ては自分の夢だったのではないのか。
そんな、益体もない思考が、次から次へと浮かんでは消えていく。
頭の中がぼんやりと霧がかったようになり、たまらず藍宇はしゃがみこんだ。
辛い、苦しい。もう疲れた。
「あたし・・・何してるんだっけ・・・」
確かに呟いた筈の声も、闇に溶け、考えただけなのか、声になったの
か、それすら朧げだ。
「誰か・・・助けて・・・。・・・はは、誰もいないんだよね」
そうひとりごちた時、ふとシャマンの顔が頭をよぎった。
ここに入る前、シャマンは何と言っていただろう。
泉台国国王に選ばれた事を胸に刻み臨め、とそう言っていただろうか。
一つの考えが、藍宇の中に急速にまとまり出し、同時に頭も晴れてきた。
つまり、これは。
「王とはこういう事、ってことなのかな・・・。 先も見えず、戻ることも出来ない。何を手がかりにすればいいのかもわからない。 誰も助けてくれない・・・ううん、助言は貰ってた。けど、誰も代わってはくれない。代われない。 考えてなくては、あたしが。 この国を治めていかなくちゃ、いけないんだから。 覚悟を決めないといけないんだ。 そう・・・あたしは、王になるんだ!」
そう藍宇が言葉を紡いだ途端、暗闇から一瞬にして荘厳な雰囲気の空間へと変貌した。
天井は高く、部屋の両側には水路が引かれ澄んだ美しい水が絶えず流れている。
正面には白い石造りの祭壇が置かれ、更にその奥には皇帝黄龍を描いた姿絵が飾られていた。
天窓からは光が差し込み、祭壇を照らしている。
突然の変化に、藍宇は息を飲み、そしてほぅっと息を吐いた。
「藍宇様、お見事でございました。そして、おめでとうございます」
「シャマン・・・、今のは・・・あたし・・・」
「この部屋は、黄閣の最重要部にして、皇帝黄龍の神力に満ちた場所。時に、王たる者へ試練を与えます。藍宇様がこの部屋に入られてから、まだ数秒も経過していないのですが、きっと途方もなく長い時を過ごしたように感じられたことでしょう」
「たったの、数秒・・・。それじゃ、今までのは全部・・・」
「藍宇様の精神の中で、起こった出来事でございます。ですが、それは決して幻などではありません」
「分かってます。・・・今のが、天啓なんですか?」
「いいえ、それは違います。天啓は、これより受けていただきます。さぁ、藍宇様。あちらの祭壇の前までお進みくださいませ」
シャマンに促され、藍宇は祭壇の前に進んだ。
二人は向かい合う形で祭壇の前にたち、シャマンは、藍宇の額に右手の指先で触れ、
「それでは藍宇様。目を閉じ、深く息を吸い、吐いてください。 そうです。そのまま額に意識を集中し続けて下さい」
息で数を数えるようにし、額に意識を向ける。
シャマンの触れている額が熱を持ったように暖かく感じる。
どれほどそうしていたのか。やがて、スーっと熱が引くように冷たくなり、目を開くよう声がかかった。
「もう、目を開けても良いぞ」
「・・・・・・誰?」
そっと目を開いた藍宇の目前に立っていたのは、藍宇とさして変わりの無い少年の姿だった。
白い神衣を身に付け、透き通らんばかりに白い肌。そして、髪までも白いなか、力強い輝きを持つ黄金の瞳がその存在感を際立たせていた。
「・・・え? シャマンは・・・」
「ぼくがシャマンだ」
「ああ・・・・・・・え?えっ!?」
「どうした?まさか黄金に輝く龍が目の前に現れるとでも想像していたか?」
「そう・・・じゃないけど。 え?シャマンが皇帝黄龍?」
「そうだ」
悠然と浮かべられた笑みは、やはりただの少年のそれではなく、彼が間違いなく何千年もの時を経た者であることがうかがい知れた。