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藍王  作者: 篁 昴流
6/8

黄閣

 ドアをノックする、乾いた音が聞こえた。

 藍宇が入室を許可すると、音も無く扉が開き、劉昇が部屋の前に立っていた。

 劉昇は、部屋に入る前に一礼し、


「お話中失礼いたします、藍宇様」


 と、言って、後ろに立っていた明麗を中に促した。


「母さん!」


 明麗も、用意された高価そうな衣服を身に着けており、誇らしげな表情を浮かべている。


「藍宇、ああ、さすが王様だね、良い服を着て。ほら、みてごらん、母さんもこんな立派な服。さっきまで、劉昇から色々と話しを聞いていたんだけど。あんたの教育係になるっていう、三公の皆さんにも挨拶をしとかなきゃと思って」


 明麗は藍宇の姿を、頭の上から足の先まで見回した後に、三公に向き直った。


「藍宇の母、明麗です。娘の事を、これからよろしくお願いしますね」

「太尉を務めます、尚 麗と申します。こちらこそ、藍宇様のような王を頂くことができ、我々も嬉しく存じますわ」


 尚麗が三公を代表して挨拶をした。


「藍宇、あんたはまだまだやる事があるんでしょ?わたしは、王宮の中を見て回りたいから、誰か案内の人を付けてくれないかしら」

「え・・・でも、もう明日には登極式だっていうし、母さんも少しはここの事、勉強しといた方がいいんじゃ」

「わたしなんかが今更勉強したところで、頭になんか入るもんですか。それに、習うより慣れろっていうでしょ?見て回るのが、一番だね」

「・・・そう、かな。 じゃあ、すみません、誰か」


 誰を見るでもなくそう言うと、


「では、明麗様は私がご案内させていただきます」


 と、劉昇が申し出てきた。

 案内など左大臣ともある人のすることだろうか、と藍宇が眉をひそめたが、劉昇は優雅な動作で明麗を促し、部屋を出て行ってしまった。

 部屋を出る直前、劉昇は尚麗と一瞬視線を交錯させたが、母親に気を取られていた藍宇がそれに気付くことは無かった。



 それからしばらく、藍宇は宮中のことについて簡単な説明を受けていたが、再び扉をノックする音が聞こえ、話を止めた。

 藍宇が入室を許可すると、白いローブに身を包んだ若い男が一人入室してきた。


「失礼いたします、藍宇様。私は、第一神殿の神官を務めます申 填亥(シンテンガイ)と申します」

「よろしくお願いします。氏が申と言うことは、填亥は、一等神官なんですね」

「はい。黄閣への出入りが許されるのは、一等神官以上との決まりがございますれば。 これより、私が藍宇様を黄閣へご案内させていただきます」

「そう。じゃあ、行きます」


 藍宇は、三公に軽く会釈してから部屋を退出し、填亥に案内され黄閣へと向かった。

 

 藍宇が退室してから、三公はしばらく今後の予定を話し合った後に、早々に執務室へと戻ることとしていた。

 昨夜から練っていた新王の教育方針を、新たに再構築する必要が出来たからだ。

 まだ10歳だといえども甘やかすつもりではなかったが、その才覚の片鱗を垣間見た今となっては、所詮はまだ子供だと心のどこかで侮っていた自分たちに気付かされていた。

 藍宇は、確かに、皇帝黄龍によって選ばれた王であったのだと。


「しかし、我々もうかうかしていられなくなったな」

「そうは言うが、随分とうれしそうじゃないか。桂桂?」

「苑前宰相からどれほど学ばれたのかはまだ分からないが、あの御歳であれ程の知識を身につけているとなると、かなり優秀であられることは間違いない。発想力も悪くないどころか、なかなか穿った事をおっしゃる。久々に腕が鳴るじゃないか」

「だが、俺は武術指南が担当だ。女王に武術指南など、どう対応したものか」

「女王だからこそ、身を守る手段が必要だろう。まして、藍宇様のご出自を考えれば尚のことだ」

「む。・・・しかし、我々は、また良い王を頂く事が出来るようだな。女王というのは、前代未聞だが」

「女王だからこそ、出てくる発想もあるだろう。これから泉台国は、大きく変わるかも知れないな」

「だが、幼いから、女だから、貧民の出だから、としばらくはご苦労なさるだろうが」

「それは、藍宇様が一番分かっておられるはずだ。我々がここで気を揉んでも仕方がない」

「確かにな」


 なんにせよ、これまでとは比較にならないほど、忙しくなるのは間違いない。

 二人は、一刻も早く今後の予定を組み立てるべく己の執務室へと足を進めた。



 填亥に案内され、藍宇は伽涼殿から渡り廊下を進み、長い回廊に入ると左に曲がり更に進んだ。

 歩きながら填亥が、ここは駿鳳宮の北側、内廷と呼ばれる区域にあると説明する。

 先程まで藍宇がいたのが、内廷の西側にあり王が寝起きする伽涼殿。

 そして、今居るのが内廷の中軸線上に位置する後三宮と総称される3つの宮を囲む回廊であり、向かう黄閣は、駿鳳宮の最北に位置するのだという。

 回廊を抜け外に出た先に、緑豊かな芝生が広がっている。その中央に黄閣はあった。

 黄閣の中にはいると、そこに、白いローブを纏った老神官が待っていた。

 老とはいっても、背筋はシャンと伸び、ともすれば若々しさすら感じられる、不思議な人物だった。


「シャマン様。藍宇様をお連れいたしました」


 填亥が、シャマンと呼ばれた老神官の前で深々と腰を折り頭を下げる。それは、シャマンが一等神官より高い位を持つ事。つまり、この国の神官長であることを物語っていた。


「ご苦労だった、填亥」


 シャマンは頷きながら填亥を労うと、ゆっくりと視線を向け藍宇への前へと進み出た。


「改めまして、藍宇様。わたくしは神官長を務めますシャマンと申します。どうぞ、シャマンとお呼びください。 これより先はわたくしがご案内申し上げます。

わたくしの後についてきてくださいませ」


 シャマンは、そう言って藍宇を後ろに伴い、黄閣の奥へと進んでいった。


 黄閣そのものは、それほど広い造りではないようで、いくらも歩かない内に現れた立派な扉の前でシャマンは立ち止り、そして、扉に手を添えながら、藍宇の方を振り返った。


「藍宇様。こちらが黄閣の中心、皇帝黄龍のおわす廟です。この中で、天啓を受けることとなります」

「はい・・・あの、具体的に、あたしは何か儀礼的な事をするんでしょうか?」

「お入りになれば分かりますよ。 ・・・が、そうですね。一つだけ進言いたしましょう。 藍宇様、あなたはこの泉台国王として選ばれたのです。それをしかと胸に刻んで臨んでくだされば結構です」

「分かりました・・・」


 では、と、シャマンが扉を内側へと押し開き、藍宇に中へと促した。

 明かりがともっていないのか、中は暗く、様子が全く窺い知れない。

 緊張からか、未知の体験への畏れからか、手が汗ばむのを感じた。そして、ごくり、と唾を飲み込みながら藍宇は、廟の中へと踏み込んだ。


「・・・っ」


 まっくらだ。

 窓すら無いのか、そこには闇が広がっていた。

 これでは、天啓を受けるどころか、何も見えないではないか。


「ねぇ、シャマン・・・・・・えっ?」


 本当にこれでいいのかと、シャマンに問おうと後ろを振り返ると、そこにも闇が広がっていた。

 確かに、今入ってきたはずの、廟に通じる扉すら見えなくなっていたのだ。

 いや、正確には、見えなくなったのではない。扉が忽然と消えていたのである。

 まだ一歩ほどしか進んでいないのに、扉があった筈のところに伸ばした手は、空を切った。


「ど、どうして? シャマン!?」


 声を上げても、自分の声が闇に溶けるだけで、他に何の音も聞こえてこない。

 もう一度前へと振り返ると、暗闇に慣れてきた目が、かすかに先へと進める空間がある事を捉えた。

 進むしかないのだろう、と結論付け、藍宇は床がちゃんとあるのかを確認するかのようにそろそろと足を踏み出しながら、ゆっくりと前へと進みだした。


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