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藍王  作者: 篁 昴流
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 身なりを整えられた藍宇は、これまでに見た部屋に比べるとやや簡素な設えの部屋へ案内された。

 そこで彼女を待っていたのは、3人の男女だった。


「藍宇様、お初にお目にかかります。三公が太尉を務めます、尚 麗ショウレイと申します」

「お初にお目にかかります。司徒を務めます、司 桂桂シケイケイと申します」

「お初にお目にかかります。司空を務めております、兆 辰チョウシンと申します」

「はじめまして。 展 藍宇です」


 いずれも、40代から50代ほどの年であろうその3人は、立ったまま藍宇に深々と頭を下げ自己紹介した。

 藍宇も、それに軽く頭を下げた。


「藍宇様、私どもに敬語は不要でございますよ。まあ、慣れるまでが大変なのでしょうけど」

「はあ、さっき劉昇にも言われました」

「ほほほ、さあ、立ち話もなんですから、お座りになりませんか? お茶の用意もできておりますし」


 尚麗は、にっこりと笑いながら藍宇に椅子をすすめる。

 藍宇が椅子に座るのを見てから、3人も椅子にかけた。


「さて、藍宇様。私ども、三公についてはご存知でしょうか?」

「はい。三公とは、太尉・司徒・司空の三つの官職の総称で、太尉が軍事策士・司徒が学術指南・司空が武術指南を司ります」

「まあ、よくご存知でいらっしゃいますね」

「どちらかで学ばれたのですか?失礼を承知で申し上げますが、藍宇様のご出身は・・・」

「ええ、学校へは行けませんでしたが、苑師匠に教わりました。ふらっとあたしたちの村にやってきて、住み着いたお爺さんなんですけど、何でも良く知っている人で、あたしたちは暇さえあれば苑師匠に色々な事を教わっているんです」

「ほう、そんな人が」

「母さんは、きっと名のある方だと言ってました。もしかしたら、知ってるでしょうか」

「苑・・・なんと言うのですか?名は」

「えと、確か、(えん) 白泰(はくたい)師匠だったと・・・」

「!?」


 声にこそ出さなかったが、3人は同様の反応を見せた。

 互いに顔を見合わせ、まさか、といった表情をしている。

 心当たりがあるのは、見て取れた。


「やっぱり、知ってるんですか?」


 藍宇の問いに、尚麗がゆっくりと頷き答えた。


「・・・もし、その老師が我々の知っている方と同一人物なのだとしたなら、それは、この泉台国前宰相であった、苑右大臣殿でございます」




 苑 白泰。前国王 綾王(りょうおう)の絶対的な信頼を受けた宰相。

 その前王である紫王(しおう)によって宰相に任命されるも、僅か3年後に紫王が崩御。

 次王として綾王が立つ。綾王の意思により宰相の任を継続、以後50年にわたり綾王の優秀な片腕を務め上げた。

 綾王崩御の約一年前、突然の退官。その経緯は詳しくは不明。現在、行方不明である。

 

「あまりに突然のことでしたが、綾王陛下はただ一言、これで良い、と。 それ以降、右大臣の座は空位となっているのです」

「あの、苑師匠が・・・」


 驚いた、の一言に尽きた。

 貧民の土地にやってきて、住み着いた博学の老師。

 そんなに偉い人だったなどと、思いもよらなかった。国府の人間が、貧民の土地に足を踏み入れた事など、数えるほどしかなかった。

 まして、退官したとはいえ、かつては国王に次ぐ権力を持つ宰相であった人だなどと、誰が思っただろうか。

 藍宇は、何と言って良いのか分からなかった。


「まさか、貧民の地にとは思いもしませんでした。 ですが、今考えてみればとても苑右大臣らしい行動です」

「そうだな。あの方は、常に国民を想い、この国の行く先を憂いておいでだった。貧民への対応が遅れに遅れていた朝廷に、真っ先に波紋を投げかけたのも苑右大臣だった」


 藍宇は、貧民への対応が、朝廷で取り沙汰されていたとは思っても居なかった。

 これまでだって、貧民には何の助勢も無かった。国府は我らが居ることすら知らない。それが大人たちの口癖だったことを知っている。

 だからこそ、官吏となり、国府の目を貧民へ向けさせたかった。


「師匠は、朝廷で貧民の事を?」

「ええ、貧民の救済措置についてお考えだったようです。特に重点を置いておられたのが、無償学塾の設置でした。子ども達に学問を学ばせる事が、国の義務であると」

「でも・・・」

「おっしゃりたい事は分かりますわ。結果的に、まだ何も変わっては居ないのですから」

「苑右大臣が突然退官され、議案は宙に浮いたままとなっているのです。それに、その議案を通すには、まだいくつもの問題があります。大変申し上げにくいことですが、今の朝廷において貧民への対策に率先して取り組もうと考えている官吏は、居ないに等しいでしょう」

「・・・・・・」


 黙りこんでしまった藍宇を見て、さすがにまだ早かったか、と桂桂は思い、


「すっかり話しがそれてしまいましたね。今は、まだ、朝廷の内部の事について覚えて頂くのが先決です。この話しはまたいずれいたしましょう」

「ああ、お茶が冷めてしまいましたわね。入れなおしますので、お待ちくださいね」


 尚麗が、女官を呼ぼうと席を立とうとした時、


「・・・お金、の問題が大きいですよね」


 と、藍宇が呟いた。


「え?」

「貧民に対する無償の学塾となると、当然、指南書や書き取りに必要な紙なんかも支給制になるし、そこで教える教師もかなり必要になりますよね。となると、その費用は国費から出るわけだから、各官庁へ回される筈だった予算を削る事になるでしょう。でも、それを良しとしない官は当然いるでしょうから、まず議案の可決は難しい。それを避けるなら、国費の基となる税収入を増やすしかなくなりますけど、税率を上げるとなると今度は国民が黙っていない。税を上げる原因が貧民のためであることが分かれば、それこそ一揆が起こってもおかしくは無いだろうし」


 つらつらと冷静に問題点を挙げる藍宇に、尚麗達は驚きを隠せなかった。

 貧民の出である、たった10歳の少女が、わずかな知識でこれほどの考えを示すなどと、誰が想像できただろうか。

 まして、政治の事などは何も知らない筈であるのにもかかわらず、だ。


「どうかしました?あたし、何か変なこと言ったかな」


 黙りこんでしまった3人を見て、何かおかしな事を言っていたのかと、藍宇はおろおろとし始めた。


「とんでもございません。とても良い着眼点です。さすがですね、藍宇様」

「皇帝黄龍の神託に、やはり間違いはなかった。今、それを実感させられていた所です」


 尚麗は、そこで改めて席を立ち、室外に控えていた女官にお茶を入れなおすよう命じると、また席に座りなおした。

 すぐに、女官によって暖かいお茶が入れなおされ、藍宇の杯に注がれる。

 藍宇は、そのお茶を一口飲み、ほっと息をついた。


「政治の事は、正直まだなにも分かりませんけど、それはこれから勉強していかなくちゃいけない事だから」

「藍宇さま。即位された後は、すぐに朝議が始まります。我々は政治に関与することは許されておりませんが、王より命じられた場合においてのみ、助言の機会は与えられております。その旨、覚えておいてくださいませ」

「そうですか。・・・即位って、いつするんですか?」

「登極式は、明日執り行われることとなっておりますが」

「明日!?そんなに急なんですか」

「ええ、ですからソレまでに藍宇様には行っていただかなければならない事があるのです」

「やらなきゃならない事?」

「はい。これから、その事について簡単ながら説明させていただきますね」


 戴冠式の前に行う事とは、天啓を受けることであった。

 王として即位する前に、宮殿の一番奥にある黄閣(コウカク)と呼ばれる神宮へ赴き、皇帝黄龍の啓示を受けるのだという。

 元来、最高位の神官長のみが聴くことが出来るとされる皇帝黄龍の声を、唯一、一生にただ一度だけ受けることが許される時なのだという。

 どのような啓示を受けるのかは、歴代の王のみが知るのみである。そして、王達はその内容を一人として洩らしたことは無かった。

 ただ、天啓こそが泉台国の全てである。と、数代前の王が一言だけ洩らしたと言い伝わっているのみであるという。

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