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藍王  作者: 篁 昴流
2/8

貧民

 泉台国首都・奏風(ソウフウ)郊外


「藍宇?藍宇!? どこだー??」


 お世辞にも造りが良いとは言えない、土壁作りの民家に挟まれた狭い道を、粗末な衣服を纏った少年が小走りに走りながら、探し人の名を読んでいた。


琥琉(コリュウ)?」

  

 幼馴染の声に気付き、藍宇は伏せていた顔を上げた。

 そして、その声の近さからすぐ近くにいると分かり、目の前に座る柔和な表情の老人に了解をとるように軽く会釈すると、窓から身を乗り出し手を振った。


「琥琉、こっちこっち!」

「藍宇、また師匠(せんせい)の所に来てたのか。さっきから明麗(ミンレイ)小母さんがお前の事を探してるぜ?」

「あ……、もうそんな時間だっけ?!分かった、すぐ帰るよ。それじゃ苑師匠(エンせんせい)、今日はもう帰ります。ありがとうございました。また来ます」


 藍宇は、家の奥の方に座っていた老師にお辞儀し、迎えに来た琥琉と共に早足で家へと戻っていった。


「藍宇!また苑さんの家に行ってたのかい? まったく・・・アンタは小さいし女の子なんだから、家で母さんの手伝いをしてりゃいいの!ただでさえ、家は人手が少ないんだからね」

「………」

「藍宇?」


 いつもなら、はい、と素直に答える娘が俯き黙ったままなのを見て、明麗は眉根をキュッとよせて藍宇の顔を見下ろした。

 藍宇は、今日、節目の一つである10歳の誕生日を迎えていた。平民の子であれば、学校に行き、役人を志す者であれば童試に挑戦している年であった。

 

「でも、苑師匠が言ってたの。知りたいと思うのは良い事だ、って。学べる事は学びなさい、それは己を助け力に繋がる、って」


 顔を上げて、そう自分に訴えかける姿に、明麗は嘆息しながら、藍宇の肩に手を置いて視線の位置をあわせる。


「それはね、男の子なら、まだそうかもしれないけど、アンタは女の子で、しかもまだ10歳になったばっかり。そんな必要は無いの。家で母さんの手伝いをして仕事を覚えて、いつかは結婚をして、そうしていればアンタは一番幸せになれるの。いずれ、コレでよかった、と思えるようになるんだから」


 わかったね?と藍宇の目を覗き込む。

 だが、藍宇は今度も黙ってはいなかった。


「あたしの幸せは、あたしにしか分からない。本当に良かったと思えるかなんてその時になってみないと誰にも分からない事でしょ?平民は男も女も関係なく学校で学ぶ事が出来る。そもそも、法には、わたし達貧民階級も平民階級も同等だとある、と苑師匠が教えてくれた。あたしは出来る限り勉強して、科挙を受けてみたいの!ソレが目標なの!」


 娘の強い意志を携えた反論に、明麗は一瞬息を呑む。が、すぐに我に返り、


「何を言いだすかと思えば。科挙を受ける?何を夢みたいな事言ってるの。今までたったの一度だって貧民から官吏になれた人なんか居ないんだよ?それどころか、科挙を受けることが出来た人すら、いるもんかい。 それを、女の子のアンタが・・・」

「男女は殆ど関係ないって聞いた!今まで、あたし達の中から官吏になれた人が居ないのは、勉強する事が出来なかったからよ! ねぇ、母さん。家の手伝いも今まで通りにやるし、勉強の為にサボったりとかはしないよ。だから、空いた時間は苑師匠の所へ行って勉強してもいいでしょ?あたし達の住むようなトコに勉強を教えられる人がいるのって、滅多に無いことでしょ?」


 お願い、と目の前で手を合わせて母親に懇願する。

 確かに、勉強をする暇など無いほど働かなければならない貧民階級の住む地域に、学問を修め人に説く事が出来る師がいることは普通無いことであった。

 苑老師は、貧民と呼ばれる場所に学問を学ぶ為の道しるべを残そうと、あるときこの集落にやってきたのだ。きっと、学びたがる者もいるであろうと踏んでのことだった。

 明麗は、もう一度深くため息をついた。


「そりゃあね、苑さんは良い人さ。こんな所でお金も取らずに色んな事を私達に教えてくれて。あれだけのお人なら、もっと良い土地に住めるだろうに。けれどね、藍宇。平民の子達は、もっと早くから恵まれた環境で高度な勉強を学んでんのさ。そんなでも、官吏になれるのは優秀な一握りの子達だけなんだよ。アンタだって本当は分かってんだろう?さ、科挙を受けるなんて莫迦な夢は心にしまっといて、手伝いをしとくれ。・・・空き時間に、苑さんの所へ遊びに行くのならかまわないよ」


 今度は、藍宇は反論しなかった。しかし、是、とも言う事でもなかった。


 その夜、藍宇は寝床の中で、夕方明麗に言われた事を思い返していた。

 母親の言う事も最もだ、とは思っていた。平民の子がどんな勉強をしているのかすら知らないし、苑師匠の言う事を聞き覚えてはいるが、教書を使っている訳でもない。紙と筆が無いわけではないが、そういくつも易々とは使えない。そんな自分が科挙を受けるのは無謀かもしれなかった。

 でも、出来ないのとやらないのとは違う。

 始めから、出来る訳が無いと決め付けてやらないのは、それこそ莫迦だと藍宇は思った。

 やっぱり、勉強は続けよう。どんな結果になっても、やらないで後悔するよりは、やって後悔した方が、ずっと良い。

 そう結論付けると、藍宇はスーっと深い眠りに入っていった。



「・・・・・・え!まさかっそんな・・」

「・・・ん?」


 次の日の朝、藍宇は母親の取り乱した様な声で目が覚めた。

 日の昇り具合から見ても、まだ普段自分が起きる時刻にはまだ早かった。

 もう少し寝ようかとも思ったが、こんな早くに誰が来たのかという好奇心も手伝って、藍宇は寝床から起き上がり服を着替えて玄関に向かった。


「きっと何かのお間違いです!そんなうちの子が・・・まだ10歳ですし、何よりあの子は女の子でございますよ?」


(あたし・・・?)


 壁の影に隠れて玄関の様子を伺うと、そこには対応する母親と、見るからに身なりの良い数名の男女が並んでいた。


「そりゃあ、親の私が言うのもなんですが、他の同い年の子に比べて、チョット大人びた所があるのは承知です。でもまさか――――」


(・・・・・・?何の話し・・・・・・?)


 藍宇は、隠れていた壁から顔を、そっと出してもっと詳しい様子を伺おうとした。

 とたん、パチッと、母親と話していた男と目が合ってしまった。

 あ。と、もう一度壁の向こうに隠れようとしたが、男は、ふっ、と笑い藍宇に声を掛けた。


「隠れずとも良いのですよ。出てきていただけますか?」


 そう言われ、藍宇はおずおずと壁から離れ、後ろを振り返って自分を見る母親の隣に並んだ。

 母親の顔を見上げると、なにやら複雑な顔をしている。

 この人達は誰? と母親に聞こうとした。が、藍宇が口を開く前に、男は片膝を地につけてしゃがみ、藍宇の顔をよく覗き込んだ。

 それと同時に、後方に控えていた他の男女も一斉に頭を下げ、礼をとる。

 藍宇と母親がその状況に息を呑んでいると、膝をついている男がおもむろに藍宇に話しかけてきた。


「君が・・・、失礼致しました。あなたが、藍宇様ですね?」

「―――――そうです」

「申し遅れました。私は、泉台国左大臣・楊 劉昇と申します。藍宇様、あなた様をお迎えに参りました。」


 迎えにきた


 国の官吏が、何ゆえに自分の様な子どもを迎えに来たのか・・・


 藍宇は、ゴクリと生唾を飲み込むと、男――劉昇に問いかけた。


「迎えって、どう言う事・・・ですか?それに、なんであたしに様なんか付けるんですか?」


 それは――、劉昇が説明をしようとした、が、母親はそれをさけるように、


「藍宇!どこかで遊んでおいで!母さんはチョットこの方達と話しがあるから!」


 その言葉に、劉昇が口を開く、より早く、藍宇がピシャリと言い放った。


「でも、この人達は、あたしに用があって来たんでしょう?だって、あたしの事知ってたし、確認も取った。なら、話しをするのは、母さんじゃなくてあたしじゃない!?それくらい、分かるよ」


 藍宇の毅然とした言葉に、母親は唇を震わせ、黙りこんだ。

 そして、藍宇は改めて劉昇を見据え


「いったいあたしに、何の御用ですか?」


 その言葉を聞くやいなや、劉昇はじめ、後ろに控えていた官吏達は顔を引き締め、その場に伏礼した。


「え・・・」


 その状況に、藍宇は恐怖を覚え身体を引いた。

 自分は国の偉い人に跪かれるような身分ではない。

 それなのに、これはどういう事なのか。


「展 藍宇様。守護神・皇帝黄龍が神託に従い、泉台国 新王にお迎えいたすべく参上いたしました。先王・綾王(リョウオウ)陛下の崩御後七夜目の“占”により、あなた様が次王であるとの託宣が下った次第にございます」


 劉昇がハッキリとした声で、藍宇にそう告げた。


「・・・王、あたしが・・・!?そんな!」


 今度は藍宇が青ざめてしまった。

 あたしが、王に・・・?そんな莫迦な!?だって、あたしはただの子どもなのに・・・。


「驚かれるのも無理はございません。ですが、あなた様が王である事は揺るぎの無い事実でございます」


 藍宇が瞳を揺らし、ふ、と母親を見上げた。

 そこには、先ほどよりも更に血の気が引いた母親の顔があった。


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