6話 マスター級はキリキリ舞い
次なる場所に移動すると、休む暇なくこんな文字が浮かび上がった。
エリアコンプリート!
大きく浮かぶ文字の下にはこう書かれていた。
全てのエリアを攻略しました。
「えっ、なんで」
俺は焦っていた。まだ攻略していない階層がある。
それなのにこんな文字に何やら貫録と風格のある部屋に送られたのだから。
おまけに決戦前ですというようにエンジェルホールまで部屋の中央に置かれている。
急いで見通す目で下を見た。
すると、下の方には無限にも思える階層が広がっていた。
扉を見ると、コンプリートの文字。部屋の名前は直前の間と書かれている。
どうやらこの部屋に来た時点でこの文字が表示される仕組みのようだ。
正直欲がある。まだ見た事もない階層が沢山あるんだ。探求心がとてもそそられる。だが気になる事がある。
この状態がいつまで続くかわからないのだ。
正直このままの状態でなくては困る。
何とは言わないし考えないけどね。
俺は自分のステータスを呼び出して確認する。
Lv.60。
うん。5レベル上がってるね。
落とす武器が正式な値でも経験値はこうなるらしい。
ボスに挑む決心をして、見通す目を取り出した。
前方の扉を見ると、そこには黒い点があった。
赤が雑魚。青が宝。黒はボス。
間違いない。見渡しても最上階には、ここと扉の奥にしか部屋がない。
扉の部屋が決戦の間。ここが直前の間というらしい。
俺は周囲を見渡しながら歩を進めた。こつん。何かに当たった。
見てみると足元に小さな箱があった。
そうだ。ここに来る前に宝箱を開けていた。
しかも仕掛けはハズレでも爆発でもなく転移だ。
残っていても不思議ではない。
俺は拾い上げると、鑑定した。
・ドレインミラー。
・キーアイテム。
地下からここに一気に転移。言われなくてもわかる。ボスに関係するのだろう。
隠しルートであり正規ルート。
俺はドレインミラーを所持品に加えると、もう一度周囲を見渡した。
この部屋は本当に豪勢だ。洒落た赤絨毯。天井にはシャンデリア。休憩用の椅子とテーブル。
食料の貯蔵。一番ありがたいのは、エンジェルホールだろう。
俺は食料には、運の関係で手を付けず、エンジェルホールの上に陣取った。
体力の回復を確認。この回復の間にボスに挑む決意は決めた。
いける。多分できる。そう念じて俺は目の前の扉に手を掛けた。
ゆっくりと軋みながら開いていく。
完全に開け放つと、薄暗い不気味な部屋に出た。
周囲は見渡せる。
天を仰ぎ見れば、大量のつるで覆われていて隙間から太陽の光が差しこまれているのがわかる。
壁は高級感あふれる白。床は赤い絨毯が敷き詰められている。
正面には王座があり、左端に何やら、くの字になっている三つの鏡がある。
部屋の形はドーム状だった。
見通す目で前を見る。そこには薄い霧しか見えないはずだ。
しかし、確かにいた。そこにボスが。
表示はこうだった。
・マスター級ボス。霧の巨人ユミル。Lv.115。
あぁ、まだ効いてる。本当によかった。
最初に仕掛けた俺の小細工が通じなかったら思わず壁を通り抜けてエスケープしていたところだ。
俺は見通す目を仕舞い、最初に貰った剣を投げてみた。
すると、一刀の元に切り伏せられた。
ユミルは剣を持っていた。あれで切ったんだ。
俺はここまで飛んできた大きな斬撃を身体強化に物を言わせて避けると、エアリアル・アクセルで急速接近して、斬撃を放った。当然狙ったのは腕だ。
剣を持つ腕。
こういうのは、攻撃する時に実体化しなくてはならない。
霧じゃあどうあがいても攻撃を加えるのは無理だ。だから、実体化をする瞬間を狙わなくてはならない。
その狙いが通じたのか、剣を持つユミルの腕が落ちて大量の血が噴き出した。
血とか出るんだ。
そう思っていると、ユミルが吠えた。
オォォォォォォォォォォッ!騙したな!
いいえ。違います。
俺はユミルが吠えている中で、もう一度見通す目を取り出した。
そして見る。
うわぁ。
霧の巨人ユミル。Lv.1000。
どうやら小細工がバレたみたいだ。というか、見通す目は何だか相手の消耗している体力が見えるらしい。こんなの初めて見る。誰にでもあるのだろうか。
この双眼鏡の解説ではあれをゼロにすれば勝ちらしい。
多分だけど、途中で気づかれなければユミルでさえも一撃だった。
しかし、途中で気づいた事により、HPというゲージの減少を半分くらいに抑えたようだ。
やるじゃんユミル。
俺は見通す目をしまうと、また接近して切りかかる。
うん。スカだ。結局実態を捉える事は出来なかった。
それどころか、ユミルの高速の攻撃が襲い掛かってきた。
俺はそれを寸前のところで受け流す。
ガクッと体力が削られる。きっついな。
まぁ、使いこなしてないんだ。こんな攻撃を食らえば痛いかもしれない。
それにしてもまずった。とっさの事でエスケープが使えなかった。
俺は跳躍して距離を取る。
スキル選びで速度の系譜スキルを取って置いて本当によかったと思う。
とりあえず現在の状況を確認しよう。
物理は通じない。
攻撃は実体化の時のみ。
俺の攻撃手段はこのニーズヘッグ。
移動はスキルとニーズヘッグ便り。
回避は問題ない。
どうする。俺はここで思い出した。先ほどのキーアイテムを。
チラリと部屋の隅を見た。そこには鏡があった。まだ距離がある。
俺は一気に駆け出した。考えがあるんだ。意味のない物があそこに配置されるか?俺はそうは思えない。
ユミルが追いかけてくる。こいつ以外に早い。
霧だから緩慢な動きかと思ったが、俺の武器とスキルの強化に安々と追いついてくる。
焦る次の瞬間、ユミルの攻撃が俺を捉えようとした。
エアリアル・エスケープ!
寸前のところで回避した。そして、もう既に一段階目の目的は達した。
目的の寸前まで来ていた。
急速接近して足りない距離をエスケープで補う算段だった。
そして、それが成功した。
俺の手には先ほどユミルに両断された村で貰った剣がある。
それを思いっきり鏡の方へ投げ込んだ。
カラカラカラ。
くの字になっている三つの鏡の前で剣は止まった。
さて、どうなるんだろう。
ブォッン!
次の瞬間予想は当たっていた。
ユミルは鏡の前の立たれるのを極端に嫌うようだ。
本当なら自分で前に行ってもよかったのだけれど、無用な消耗は避けたかった。
でも、もう大丈夫。
戦闘の結末はたった今決まりました。
次から恐らく警戒してくる。潜り抜けるのは無理だろう。
俺はユミルが動くのを待った。
5分経ったが、ユミルは鏡の周辺をうろうろしている。
あの位置ではダメだ。ユミルは鏡の前に立っていない。俺はまだ警戒中のユミルから視線を外して入ってきた扉の方向を見た。
開け放たれたいる。
俺はユミルを注意深く観察しながら元来た扉の前に立ち、足でちょんと向こう側の床を叩いて下がった。
扉が閉じる事はないらしい。
加えてユミルは鏡に夢中だ。
俺は急いでエンジェルホールの中に入って体力を回復させた。
みるみる内に傷が癒えていくのがわかる。
魔力から何から何まで完全になると、また部屋に戻る。
まだ鏡の前をうろうろしている。今は丁度9分くらいだ。
恐らく今刺激するのは危険だ。だから待たなくてはならない。
俺は見通す鏡でユミルを見る。そこにはしっかりと興奮状態と表示されている。
一分経過。丁度十分だ。
見通す鏡で見るユミルの興奮状態も消えた。
俺は宝具をしまうと駆け出した。
ニーズヘッグを構えるのも忘れない。
お前は削られているかもしれないが、こっちはもう全開だ。
しかし、一気に距離を詰めるわけにはいかない。中間地点くらいで俺は足を止めた。
ユミルが来るのを待つ。そして、何時でも飛べるように姿勢を整える。
ゆるゆるとこちらに向かってくる。
10分で頭が冷えてしまったのだろうか。
俺は更に鏡に近づくようにニジリよった。
面白い。ユミルは俺が歩を進める度に動きが速くなる。
そうだ。こうしよう。俺は走り出した。
トップスピードを保つ。ユミルもどんどん早くなる。
かなり扉に近くなったそんな時、俺は深く念じた。
今直ぐにユミルを抜いて鏡の前に立つ。
すると。
「っ!?」
ブォッン!
さっきのスピードだ。とんでもないよこいつ。
とっさにエスケープで回避したが、ヤバかった。
でももう一回やらなきゃならない。俺はユミルの後ろに、鏡とユミルに挟まれているのだから。
そう。まだ距離が足らないんだ。
もう一度鏡の事を思い浮かべた。
もう抜けきった。俺は鏡の前に行く。
ドゴッ!
今度は躱すわけにはいかなかった。
初めてユミルの攻撃をニーズヘッグで直に受け止める。
「かはっ!」
とんでもない威力だ。苦痛で今にも胃の中の物を全て吐き出してしまいそうだ。
アバラから変な音がした。
俺は吹き飛ばされながら、これは折れたななどと考えていた。
俺は無事着地した。
一発食らっただけで満身創痍だった。
魔甲ニーズヘッグがなかったらと思うとぞっとする。
しかし、息を整える時間なんてない。
ぐぉぉぉぉっ。
もう既に目の前にユミルは迫っていた。
当然だ。俺は鏡の目の前にいるのだから。
ユミルが拳を勢いよく振るう。
まったく。剣の腕を切り落としていなかったら鏡ごとやられていたな。
エアリアル・エスケープ!俺はユミルと位置を入れ替えた。
そして……。
「ドレインミラー。お前の能力を寄越しな」
ユミルを鏡に映した。
クの字の三つの鏡とドレインミラー。多分これが能力の発動条件なのだろう。
気が付くと俺は巨大化していた。
見下ろすと小さな物体が見える。
スライムだ。今のこいつの本体なんだろう。
俺は迷う事無くニーズヘッグでユミルを両断した。
ブチュッ!
すると、空中に白い文字が浮かび上がった。
オールクリア。
ただの一文。しかし、俺にはとんでもない重みがあった。
クリアしたとなると報酬があるはずだ。
しかし、何も出てこない。もう既に巨大化は解けてしまったというのに。
俺は見通す鏡で下の方を見た。
下の階層がどんどん崩れて行っている。
もう終わりか。これもしかして落下しなきゃいけないのか。
そんな事を考えていると、どこからか音がする。
音の方を向いてみると、そこには新しい扉があった。
あぁ、あそこが出口か。
それを見ながら思う。俺は正直不安だった。
何も手に入らないんじゃないかと、そう考えてしまった。しかし、それがいけなかったんだろう。俺は欲を出した。ユミルとの戦闘に勝って賭けに負けたんだ。
しかし、今は清々しい気分だ。
何せ俺の手の中には、このドロップ品があるのだから。
そう。何も気にする事はない。
清々しい気持ちで俺は扉の方に足を向けた。
そして、一歩を踏み出すと、後ろから大きな光が上がった。
まさか。俺は振り向いた。
視線を向けると、目の前にスロットが回っていた。
聞いた事がある。
マスター級のドロップには三種類の現象があると。
一つは無。ハズレである。
もう一つは確実な当たり、直ぐにレアドロップが現れる。
最後はスロット型。
掛け要素が大きいが、当たれば一攫千金。とんでもないレア物が手に入ると。
そして、確かこれには確率アップの方法があったはずだ。
そうだ。キーアイテムだ。
俺は急いで所持品を漁る。
キーアイテムは使い切ったら消滅するとされている。
しかし、確率アップの方法があるならば、まだ手元に残っているはずだ。
………………。
あった。予想通りあったドレインミラーを回り続けるスロットの中に投げ入れた。
ぽちゃん。淡い光を放ちドレインミラーはスロットに吸い込まれていった。
そして一拍の後、スロットは大きな光を放って消えた。
代わりの残っていたのは、霧に包まれながら宙でクルクルと回っているカードだった。
「そんな。こんなのって」
俺は信じられないというようにカードに近づいていく。
しゃがみこみ、そっと拾う。
ぽぅっ。ドロップカードは淡い光を放ちながら消えていった。
俺は急いでステータスを確認する。
そこには、こう書かれていた。
・蒼穹カード。霧の巨人ユミル。
効果。
・霧化。
・非実体化する。攻撃の際に部分的な実体化が可能。
俺は思わず涙を流しながら握り拳を作ってステータス画面を見入っていた。
「手に入れてしまった。夢にまで見たマスター級カードを」