2話 霧の子犬にご注意を!
障害物など気にせずにしばらく走っていると、上空から鳴き声がした。
鳥だ。鳥族の中で最も弱いモンスターの一角。
トリメーンだ。
眉毛が凛々しい以外に何の特徴もない可哀想な鳥だ。
そいつの群れが今上空を飛んでいる。
……おせぇ。
噂には聞いていた。トリメーンは緩慢な動きをし、成熟期を超えた繁殖を終えた辺りで一斉に駆られると。
つまりいつでも狩れるモンスターという事だ。
しかし、スキルの感じを掴むのにはいい感じだろう。
俺はスキルを発動した。
身体から風が溢れる。それはそうだ。速度上昇は風を司る能力なのだから。
俺は足を軽く上げて地面に叩き付けた。
ステップ・アクセル。
ボソッと呟き発動させる。その瞬間に体力が微量ながらに減った。
進む方角は直進。一歩目で大きく前に出ると、次の一歩で空高くへと跳躍する。
もちろん俺が駆け抜けたのは木の隙間。そこから急に出て来た事でトリメーンは驚愕した。
ただし俺に切られた後に。
おせぇよ。おせぇって。反応しようよ。
しかし、情けをかける事はない。
俺はそのまま、ぼそりと呟いた。
エアリアル・アクセル。
空中で紋章が浮かび上がり、俺はそれを蹴った。
速度が出る出る。
俺は反射神経に物を言わせて鳥共の隙間を縫いながら無造作に乱切りをしていった。
速度が緩み始めた時だろうか、急に風が強くなる。
ぐえぇぇ!
そして、聞こえてきたのは大きな鳴き声。
この群れの長だ。
俺はそいつの姿を確認すると、一匹のトリメーンを掴み。
ぐぇ?
俺の行動を観察している親鳥の目の前で凛々しい眉毛を刈り取った。
ぐぇ!ぐぇぇぇぇぇ!
怒り狂っている。そう見える者もいるだろう。
所見では誰でもそう思う。
しかし、俺は知っている。こいつがビビっているのを。
俺はもう一度風の魔法陣を踏むと、一刀のもとに親鳥を切り裂いた。
親鳥は恐らく5~10レベルだろう。
このクラスを倒すと、大体というか、初心者は必ずレベルアップするのだが、俺はそうではなかった。
そして、モンスターと対峙するのも初めてではない。
昔。小さい頃に父に冒険に連れまわされていたのだ。
今は連れてってもらえないのか?と言われれば、残念ながら答えはイエスだ。
母が偉く冒険に反対するのだ。
その所為で俺は今家出中という事になる。
どうしてそんな事をするのか。
そんな事はわかりきっている。
自分の力を試したい。自分だけの冒険が欲しい。強いスキルが欲しい。
強い欲求がそこにあるから。
だからいつの間にか俺の家出は常習的になっていた。
家を出たのが夜中だから今頃家の方はメイドやら何やらが大騒ぎしている頃だろう。
しかし、そんな物は俺の冒険の前では無意味だ。
人間は贅沢であれ。これは父から教えてもらった。
あぁ、そうさ。俺はわがままなんだ。文句はこんな風に育てた父にでも言ってくれ。
俺はあれこれ考えながら着地した。
下には鳥の死骸だったものが散乱している。
即ちドロップアイテムだ。
それを鑑定スキルで鑑定していくと、こんな物があった。
・鶏肉×2
・イカシタ眉毛
・みすぼらしい羽根
・飛び出た眼球
めぼしい物はなかった。
本当ならばモンスター固有のドロップカードなんかが手に入ればなーとか思っていたが、そう簡単にはいかないらしい。
「こんな物か」
俺はそれを全て回収して所持品に追加すると、街へ戻るのではなくひたすらに道のない木々の隙間を歩いて行った。
そこには崖があり、上へ上へと続いている。
エアリアル・アクセル。
そう呟いて駆けあがっていく。
あぁ、やっぱり選んでよかった。
自分のスキル選定の間違いの無さに感動しつつ崖は丘の上に到達した。
辺りには綺麗な水が流れる川があり、それを辿っていくと滝があった。
滝下の向こうに広がるのは砂漠。
ただし、砂漠に行くまでには、しけりにしけった岩道が随分と続いている様だ。
何だか物足りない景色に飽きた俺は後ろを振り返った。
そして、見た。
えっ?何かがいる。何だあいつ。めっさ動いてるんだけど。というかさっきいなかったよね。
突然現れたそいつは、霧を辺りに撒き散らしながら俊敏に動いている。
小さくワンワンと泣いている青く光る子犬。
俺は身構えた。腰に差した剣を抜き、一気に接近した。
しかし、直ぐに犬は遠くへと逃げる。
速いしこいつ隙が無い。
父に連れまわされ、書物などで色々勉強していたからモンスターの知識はある。
しかし、こんなやつ見た事ない。
ここは正直初歩と初歩の中間地点。
だからめちゃくちゃ強いなんて事はないはずだ。
俺は高速で動くそいつを追う。
ダメだ。
アクセルを使っても追いつかない。犬が速すぎるんだ。
俺は試しに不規則に動いてみた。それでもダメだ。
あれ?
俺は違和感を感じた。あの子犬。俺の目を常に見てる。
何だか俺は見透かされているような感覚を覚え目を瞑って再び不規則に動いて乱切りした。
すると。
「当たった。しかも二回も」
聞いたことがある。三宮殿には一つ発見不可能なものがある。
天高く浮かぶ蒼穹という宮殿。発見は不可能とされ、しかし、道はある。
そして、その道が子犬らしい。光を帯びた子犬は人を導く。
人の心を見通す子犬。
しかし、見通せる者には興味がない。そんな不思議なモンスターらしい。
未だ数人しか到達した事のない蒼穹。
その入り口が目の前にあるってのか。
俺の手は震えた。
そうか。心を見れる者に興味はない。
しかし、見えない者には興味がある。
「うしっ!」
俺は堅く目を瞑った。
そして、気配のいる方に行き、近づいてきたところで切り伏せる。
これを何回も続けた。
はぁはぁはぁはぁ。
そう。何回も続けた。
今もまた切った。これで999回目だ。
こいつは倒れない。もう日も暮れ始めている。
町ではブラークトンが怒っている事だろう。
しかし、今の俺にそんな事は関係なかった。
何度切られても鳴き声すら出さない子犬。今はもうワクワクよりも恐怖感の方が強いかもしれない。
でも諦めるなんてできない。
今対峙している子犬が伝説通りなら、いつ消えてもおかしくはない。何せ気紛れらしいから。
何時消えるかもわからない緊張で俺の胸は張り裂けそうだった。
例え不気味でも希望がどんなに小さくても目の前にあるチャンスを俺は捨てたくなかった。
俺は地を蹴った。そして、切る。
きぇぇぇぇ。
子犬は泣いた。こいつは本当に子犬だろうか。何この怖い鳴き声。
鳴き声を聞いた次の瞬間、体が浮遊感に包まれる。目を開けてみると、そこは見た事もない場所だった。
今俺がいるのは川のある岩場ではなくて、石造りの円状のフロアだった。
天井は円錐型。手の届くかどうかという位置に鉄格子があり、あとは正面に扉と地面の中央に円状の光の柱があるだけだった。
俺は疲れ切った体を引きずってとりあえず光の円盤の上に立った。
あぁ、父さんの言う通りだ。ダンジョンの自慢をされた時、父さんは俺に言っていた。ダンジョンでは、いかに早くに光の円盤。
エンジェルホールを見つけるかが攻略のカギだと。
俺がエンジェルホール内で体力の回復に努めていると、手元に何かが落ちて来た。
こつん。
見てみるとそれはカードだった。
固有モンスターカード。
初めてだ。初めて手に入れた。
そう。これこれ。俺はこのカードがどうしても欲しかった。沢山。部屋に溢れ返るくらいに。
俺はそのカードを握り締めた。
すると、ぽうっと光を放ちながら消えた。
たった今、このカードの所有者になったんだ。
俺は迷わずに自分自身を見た。
さっき取ったスキルを念じて思い出す。
すると、こんな文字が浮かんだ。
エアリアル・エスケープ。
・空中での絶対回避を可能にするスキル。
・回避方法は一時的な異空間への転移。
・空間魔法の系譜。
異空間の系譜……間違いない。レアだ。
そりゃあそうだ。絶対攻略不可と認識される宮殿の門番を倒したんだ。
俺はもう一度周囲を見渡した。
「たどり着いたんだ。夢の始まりに」