14話 ケリュネイアの弓姫
「何か分かったかにゃー?」
見通す目で宮殿全体を観察する俺にレニーは問いかけた。
俺達が今いるのは一本道の通路で見通す目で見た感じだとやはり階層は無限のように続いている。
そんな中でルーレシアの反応があるのはここから10階ほど上の階層だった。
どうすればいい。どうすれば最短かつ安全に助けられる。
さっきから胸の辺りが熱い。これは鎧から来るのだろうか。
身体全体から来る暑さと、胸の熱さが酷い。
吐きそうだ。
まるでルーレシアの悲しみが流れ込んできているようなそんな感じだ。
ん?流れ込む。それはもしかしてリンクしているのだろうか。
それならば、ルーレシアがリンクをする印を持っていても不思議ではない。
俺は心の中でルーレシアに問いかけた。
(聞こえるか。ルーレシア)
しかし、反応はない。代わりに頭の中に浮かんだのは、とある呪文だった。
『主の危機にケリュネイアの騎士である私はこの世の断りを捻じ曲げ主の元へはせ参じる』
そうか。なるほど。とっくに打開策は打ってあったのか。ならいけるかもしれない。
宮殿にはそれぞれ仕掛けがあるんだ。
今回もそれを利用する。
聞いた話だと全ての迷宮に適応されるようだし。
もう一度見通す目で俺は宮殿全体を見回した。
今度はこんな文字が浮かんできた。
捻くれ者で天邪鬼。
宮殿には性格まであったのか。
ついでに特性がある。
嫌な事をしたがる。
さすがは魔界の宮殿だ。名に恥じないな。
なら、行けるかもしれない。
(敵は弱くなる。絶対に)
考えると、何だか地面が光った気がした。
「まだだ。ここで待ってろ」
とりあえずレニーは指示に従ってくれるようだ。
それならばありがたい。
俺は忍び足で見通す目を使いながら道を進んだ。
進んでいくと赤い点がいくつかある場所に近づいていく。
もう少し。もう少しいかないと敵の詳細が分からない。
先ほどの敵は一線で殺せたから宮殿内のモンスターは恐らく基準レベルが低いのだろう。
俺の思惑が正しければ、今目の前に移っているモンスターのレベルは高いはず。
それから数歩近づくと、モンスターの詳細が表示された。
Lv.950。スケルトン。
なるほど。一応は成功だ。賭けには勝ったという事か。
正攻法で行けば本来敵のレベルを上げても俺にメリットはない。
だから宮殿は一気に俺の心に反応してレベルを上げたんだ。
つまりスキルの把握まではできないらしい。
そう。俺の頼りは本当にこの鎧の特殊スキルだ。
そして、このスキルを最大限に利用するにはもう一つ賭けをしなくてはならない。
これは大きなかけだ。失敗の可能性もある。その為にはいろいろと試さなくてはならない。
俺は一旦レニーのところまで戻った。
彼女は俺を見るなり不信感を丸出しにしていた。
「ねぇ、一気にモンスターの魔力が強くなったんだけど大丈夫なの?」
「少し黙っててくれ19歳」
「はい。19歳黙ってます」
とりあえずまだ信用があるのか?いや、見定められてると言った方がいいのか。
使えないと判断したら切られるのかもしれないな。しかし、そんな事は今は関係ない。
俺は跳躍をした。
エアリアル・エスケープ。
バチィッ。
弾かれた。壁をすり抜ける事は出来ないようだ。
迷宮でできる小細工の上限は一種類に着き一つのようだ。
なるほどな。
これで感知タイプが居たらこちらの居場所がバレているだろう。
だが、それでいい。今この瞬間にこっちに気を取られろ。
俺は次の小細工を念じた。
(敵の数を今すぐ0にしてくれ)
念じた瞬間、周囲に光が上がり、モンスターの形が形成されていく。
これにはレニーもマジで焦っていた。
「何やってんですか貴方!」
「いいから掴まれ!転移したら直ぐにお前は身を隠せ!わかったな!」
俺は狼狽えるレニーの手を掴んで呪文を唱え始めた。
『主の危機にケリュネイアの騎士である我はこの世の理を捻じ曲げ主の元へはせ参じる』
その瞬間に俺達は淡い光に包まれて転移した。
アンデットが高速で接近し、剣を振り上げる瞬間だった。
転移を完了した瞬間。俺は地獄を目の前にしていた。
戦争だ。宮殿のアンデットとリリス軍のアンデットが戦っている。明らかに宮殿側が優勢だった。
そんな地獄を俺は霧になりながら観察し、レニーは異空間に隠れていた。
どうやらこの短期間で相当数の敵さんがやられてくれたようだ。
やはり強敵の無限湧きはキツイか。
俺は柱に隠れて見通す目を取り出した。
部屋は四角形。石造があちらこちらにあり、あいつ等が駐屯していたことから予想すると本来ここに敵はいないのだろう。
しかし、今はもう敵であふれかえっている。
先ほどバッチリとルーレシアの姿も確認した。
敵さんは円になってルーレシアともう一人の女性を守っている。
その女性は恐らくリリスだ。というか、見通す目でバッチリと詳細が見える。
Lv.400だそうだ。でも関係ない。
しかし、何だ。様子がおかしい。どうおかしいのか。それはルーレシアだった。
アンデット化とかそういう物ではない。
見通す目で見るルーレシアの数値が異常に上がり始めている。
その異常な姿を見て、横にいたリリスが頬を緩めた。
「いい子ね。そのまま覚醒するのよ。そのままよ」
10秒くらいだろうか。
もうリリス軍の数もまばらになり、いよいよリリスの軍勢壊滅かという時、ルーレシアは口を開けた。
その口から風が溢れ出し、近くにいた者のレベルが10ほど下がった。
俺はそれを見て急いでエスケープした。
自分を見て確認すると、どうやら俺のレベルは無事らしい。
もう一度視線を戻すと、ルーレシアは体に光を纏い、俺が上げた初心者の服ではなくて白き清純の鎧を身に纏っていた。その手には金色の弓があり、構えて矢を引けば虹色の閃光が現れる。
それは一寸違わずリリスの元へ向かっていくがリリスによって弾かれてしまう。
今のでルーレシアのレベルは上がっていた。1しかなかったのが、今ではLv.200だ。
しかし、それでもリリスの方が高かった。
「その体を私に頂戴。その力は私にこそ相応しい」
弓を受け流したリリスは光悦の表情を浮かべながらルーレシアに接近していく。
でもこれでルーレシアとケリュネイアが狙われた理由が分かった。
伝記通りだ。強靭な脚力と弓を扱う一族。弓は力に覚醒したものでなくては手に入れる事が出来ないのか。そして、その覚醒には先ほどの呪文が必要だったのかもしれない。信頼できる者との絆ってところか。
目の前では新たな力を手に入れ、別人のような身体能力を得たルーレシアとリリスが対峙している。
一触即発だ。二人とも譲るつもりはないらしい。
しかし、このまま悠長に観戦してはいられない。
もう俺が底上げしてしまったスケルトンたちが迫っている。
潮時だ。悪いなルーレシア。頑張っているところを横取りしてしまう。
リリスは急速接近し、ルーレシアは下がりながら戦っていた。
そんな二人の周囲が突然い霧で満たされる。
「!?」
「何?」
2人が狼狽える次の瞬間。
「ぐぅっ」
俺は背後からリリスを刺していた。
もちろんニーズヘッグで。
「こんばんは。リリス。お前の命を狩りに来た。あまり冒険者を舐めるな」
俺はそのままリリスの体を引き裂いた。
多分レベルは上がってるだろうな。
俺は驚いて目を見開いているルーレシアの方を見た。
「見違えたぞ。こんな短期間で俺のレベル抜かすなんて許さん!これからも冒険付き合えよな」
「うん!」
俺達は近づいてハイタッチをした。
「お熱いところ悪いけど、さっさと移動するよ!ここヤバすぎるにゃー」
聞こえて来たのは背後からだった。気を利かせてゲートを作っていてくれたらしい。
「話はあとでしよう。今はズラかるぞ」
俺の言葉にルーレシアは頷いた。
2人で扉の中に入ると、待っていたのはニヤニヤしている自称19歳だった。