11話 暗闇の町
俺が閉じ込められているのは、牢屋というよりはあまりにも豪奢な部屋だった。
明らかに客室だ。
最初は牢屋然とした古臭くカビと湿気の籠った空間にいた。しかし、三日経った辺りだろうか。
急に待遇が変わったのだ。
正直見張りは一週間を目途に観察終了として居た為この移動はキツかった。
だが、三日間もその次の日も見張りの巡回は決まって同じ時間だった。
だから五日目の朝。監視が消えると同時に俺は霧となって抜け出した。
この五日間で監視と会話する事はなかった。
それどころか、全ての監視に話しかけるなと念を押された。
しかし、それはかえって都合がいい。
相手も話しかけない。牢屋の中を見る事もない。トイレもついているので一々呼ぶ必要もない。食事は部屋の中を伺う事もなく置かれるだけだ。
にしても外に出た俺は明らかに異質だ。恰好から何から何までこの国では。
だから人目につかない様に動くしかない。
先ほど霧を最大まで使ってみると、霧化できるのは5秒間だった。連続で使えるのは3回。その後にくるクールタイムは5分。使うときは細心の注意を払わなくてはならない。
俺が閉じ込められているのは王宮から離れた王族が使う別荘らしい。
少し距離があるが丁度いい。とりあえず俺は別荘から出て近くにある酒場に潜り込んだ。
天井で聞き耳を立てているとこんな声が聞こえて来た。
「なぁ。姫様を本当に殺してしまってよかったのか」
「馬鹿言え。殺してはいない。人間を招き入れた罰として閉じ込めただけだ」
「でもプリズンゲートの中にいれらたら帰ってくるなんて」
「あぁ、無理だろうな。しかし、掟を破った。あの人はもうケリュネイアではない」
「そんな掟は……」
「それ以上はやめておけ」
「……」
どういう事だ。
人間を招き入れたのは、どう考えてもルーレシアだ。
それ以外にはいない。
何故だ。俺が途中で引き返しておけばよかったのか。
賢くて温厚だと聞いていた。
それなのに何故ケリュネイアの民はこんなにも黒ずんでいる。
背中から浮き上がる黒い靄は何だ……。
待てよ。プリズンゲート。それは魔物が入る宮殿だ。
それにルーレシアの魔力の波長と随分違う。
いや、違うなんてもんじゃない。魔力が別物だ。
あれはアンデットやデーモンの魔力の波長だ。
間違いない。昔父さんが討伐したのを見てるから覚えている。
エアリアル・エスケープ。
俺は天井からすり抜けてアクセルを使って一気に酒場で話している男たちに接近した。
酒場は円状となっており、部屋の中央にカウンター。他にはテーブルとイスがまばらにある状態だ。
人は少ない。
男二人を合わせて5人しかいない。
しかし、そんな事は今は関係ない。とにかく確かめなくてはならない。
俺はカウンターに腰かける二人組の一人に一気に近づくとケリュネイアの剣を男の首筋に突き付けた。
「今の話し詳しく聞かせてもらえないか?そして、お前が何者なのかも」
どうしたものか。人間。しかも突然の侵入者を相手にして剣を突き付けられている者はおろか、他の客もピクリとも動かない。
目の前にはカウンターがあり三人がいる。
話していた二人とマスターらしき男だ。
そのマスターらしき男がこちらをゆっくりと見る。
「遅かったじゃないか。グラシアスの皇子よ。それともケリュネイアの騎士と言ったほうがいいかな」
突然しゃべりだした男。しかし、聞こえてきた声は女性の声だった。
この男を媒介に通信しているのだろう。
「なんだ。喋れたのか。随分と遅いから言語を理解する知能がないのかと思ったよ」
会話の中、この場にいる5人の邪気が一層に強くなった。
「威勢がいいなぁアロン皇子。しかし、お前はこの国から出る事は出来ない。そして、お前が守ろうとした娘は私リリスの贄となる。あの美しい娘は私の美貌を上げるいい材料になりそうだ」
それだけ言うと、高笑いをして通信は途切れた。
「ゲスがって言いたいけど、そんな暇ないみたいだな」
ザンッ!
目の前の男二人とマスターが変身しようとした。
邪気が膨れ上がる瞬間、俺は三人の首を躊躇なく切り裂いた。
ごとりと落ちる首。
そして、背後からは奇声。
振り向いてみると、蛇。ナーガがそこにはいた。
上半身は村人で下半身は蛇。槍なんかも持っている。
行けるか?いや、行けるな。
俺は踏み込みと同時に下段から剣を一気に上げた。
ザンッ!両断が出来た。
おいおい。こいつら弱いのか?
俺はもう片方と鍔迫り合いをしながら、見通す目を取り出して最後に一体を見た。
Lv.50。確かに低いな。
俺は剣を見た。
Lv.100。うん。たけぇ。
確かにこんだけレベル差があれば当然か。
次に俺は自分を見た。
Lv.101。40をユミルで上げたとしたら1は今の5体か。恐らく上がる寸前だったんだろう。
それに俺は剣の部分はしまっているが、甲剣を今もまだハメている。
その分も上乗せされるから大体の奴には負けない。
色々と確認を済ませた俺は、片腕でナーガを切り裂いた。
酒場を出ようとすると何やら騒がしい。
恐らくわらわらとナーガの軍勢が群がっているのだろうな。
そう思って出てみると、それだけではなくあらゆるアンデットやビースト。加えてデーモンが跋扈していた。
皆一様にこちらに向かっている。
しかも、先ほどまで明るく照らされていた町の上空は黒の雲に覆われている。
なるほど、ある意味では一度この国を離れるのは悪くなかったのかもしれないな。
それにしても多い。
恐らく国民全員が飲み込まれたのだろう。
一応全体を見通す目で見る。
レベルはまばらだった。
100越えもいれば、50未満もいる。
俺は腕を振ってニーズヘッグの刃を出した。
一気に行こう。俺は霧スキルを使いながら倒すよりも先に進む事だけを考えて移動を開始した。
それから30分が経過した頃だろうか。
ニーズヘッグとケリュネイアの剣の二刀流でも敵の数は減らないし、もう数の多さと土地勘のなさでどこに向かっているのかさえもわからなくなっていた。
ルーレシアが無事かもどこの国がこんな真似をしたのかもわからない。わからない事だらけだ。
あぁ、しゃらくさい。
俺は的になる事を覚悟で上空へと飛んだ。
すると見える見える。目的地までの道筋が。
そう。見えた。目的地と掲げられている旗が。
「あれは……」
俺が注目したのは魔物ひしめく町ではない。
上空を覆い尽くす黒い雲でもない。
旗だ。
あの旗は、革命軍。ナスィーリエの柩。
あいつらの革命が意味するものは、破壊と殺し。
俺はあの旗の方へ向けて走り出した。地を行くよりも空の方が早い。
槍や魔法が飛んでくるが、俺は無視をした。先ほどと違いぐんぐんと進んでいる。
その間にも視線を周囲に巡らせるのを忘れない。
どこかにあるはずだ。プリズンゲートの入り口が。
魔物にのみ入る事の許された宮殿への入り口が。