プロローグ
天空に浮かぶ蒼穹。
たった一人で訪れたそこの最上階に俺はいた。
不気味な暗さ。辛うじて周囲を見渡せる明かり、壁は高級感あふれる白。床は豪勢な赤じゅうたんが敷き詰められている。
ドーム状の部屋の端に不自然に配置された、くの字の三つの鏡。
天は沢山のつるで覆われており、そこから光が差し込んでいる。
俺はそこで今まさに戦闘をしていた。
攻撃が放たれる。真上から。横から。正面から。
徐々に俺の体力は減っている。
目の前にいるのは霧状の敵。名はユミル。
現在俺が挑んでいるのは天高くに存在する城に住まう王。
霧の巨人ユミルだ。
こいつはとんでもない。
霧だから攻撃は当たらないし、次の瞬間には真後ろに居たりする。
所持スキルのエアリアル・エスケープがなければ絶対に避ける事は出来なかっただろう。
そんな無駄な事を考えていると、俺の体は宙に飛ばされていた。
「ぐっ」
しかし、俺はとっさに剣で受け止めて体を捻り、飛ばされる方向を制御した。
ゴロゴロと転がり、急いで立ち上がる。
チラリと後ろを見ると先ほどの不自然な鏡が俺の後ろを囲むようにあった。
そう。俺はこの位置に立ちたかった。
霧の巨人ユミルが最も立たせまいとするこの位置に。
予想通りユミルは俺に勢いよく襲い掛かってきた。
ユミルが俺を殴る瞬間、俺はエアリアル・エスケープの空間移動でユミルと位置を入れ替えた。
「この時を待ってたんだ」
俺は所持品を取り出してユミルに向けた。
所持品が光り輝いた。
俺が手に持っているのは、能力を奪う鏡。ドレインミラー。
次の瞬間。ユミルは小さなスライムとなり、俺は巨大化していた。
巨大化した霧の体で腕だけを実体化させ、俺はユミルに剣を振り下ろした。
ブチュ。
ユミルはねじ切られ、淡い光を放って消えていった。
そして、俺の体も元に戻る。
俺は不安だった。
モンスターを倒す瞬間。
誰でも不安になるのがこの瞬間だ。
何故なら、蒼穹・迷宮・地下ダンジョンの三つのマスター級モンスターは世界に一つしかない個体。
そいつは低確率でしか、あるものを落とさないのだから。
そして、それは俺が求めているもの。
当然倒した俺はドロップ品を期待したが、今現在何も起こっていない。
それどころか、何層にも連なる蒼穹が崩壊し始めた。
「はぁ」
俺は溜息をつくと、記憶を頼りに部屋から出ようとする。
数歩歩いた。重い足取りで一歩一歩をずっしりと。
十歩くらい歩いた頃だろうか、唐突に後ろで光が上がった。
急いで振り返ると、何だかスロットがフル回転している。
こいつは知っている。
モンスターを倒すと、三つの現象が起きる。
一つは無。何も起こらないハズレ。
一つは大当たり。倒して一瞬で物が現れる安全的な当たり。
最後はこれだ。完全に賭けなのだが、ここで当たると高確率で高品質の物が手に入る。
物にもランクがあるのだ。
俺は急いで所持品を漁った。
このスロットの確立を上げる物。
それはモンスターにまつわるキーアイテムだ。
もし、それを持っているとしたらあれしかない。
状況が状況なので俺は必死だった。
「あった」
やっとの思いで見つけた物。
それは使い切ったはずのドレインミラーだった。
俺は急いでそれをスロットに向けて投げた。
すると、ぽちゃんという音がしてスロットに吸収される。
ひときわ強い光を放つ鏡。
それから数秒後、光が止むと。
「やった。やったぞ」
目の前には霧に包まれたカードがあった。
それを見て俺は足の力が抜けそうになるが、必死に耐えてカードの元まで駆け寄った。
カードを手に取ると、カードは光を放って消えていった。
目の前にはこんな文字が浮かんだ。
蒼穹カード・ユミル。
それはカードの種類とランクを示していた。
「くっそ。手に入れてしまった」
俺は思わず流れる涙に構いもせず、握り拳を作って歓喜した。
運が良かった。
本当にそう思う。
今、俺が持っているのは、最上級カードなのだから。