光の天使 1
時空管理特別警備署1階、案内ロビー。
署内案内サービスから面会会場まで、受け付ける場所。
たった今、ミカエルのいる4階から移動したばかりだ。
ロビーを通り過ぎて、忙しそうな人混みの中。器用に人をさけて、外の玄関。人をよけながら、黒コートを羽織る。
正面玄関から、少し離れた。斜め前の横断歩道。点滅する青信号を無視して、白黒のシマシマ道路を走り渡る。
『ねぇ、ユミィ』
右肩に乗るソフラの声。
「何?」
『今日って結局、どこ行くの?」
ソフラの言葉に、ユミィは渋面を作った。
振り返り、今出たビルを見上げる。洒落た優しい色合いの街中では、目立つ漆黒の建物。
『ユミィ?』
黙るユミィに問いかけるソフラ。
「紙見たから、分かるでしょ?」
『わかんない!荷物集めなのは、わかったけど』
「国立ギベール教会に、行くんだよ」
…『国立ギベール教会』。
世界3大教会の1つ、それがギベールにある。隣国の昔話、神話の天使を祀る教会だ。
遥か昔、かつて天使が青年と恋した。青年も天使を愛した。
だか、それは許されない恋だった。神々は怒り狂い、天罰としてこの世界を滅ぼそうとした。
天使は苦しんだ。青年は、サイネルダ国の王。彼が愛した国を守る為、神々に刃向かった。自分の死と引き換えに、世界を救ったとされる天使。
そんな神話を崇める教会へ、今日は行くのだ。
『あ!ギベール教会か!良い所だね』
「でも、私は行きたくない」
『え?どうして?良い所じゃない』
「仕事関係で、行きたくないのっっ!」
『でも、TMSGってそんな仕事ばかりでしょ?なら、教会に行くのもしょうがないんじゃない?』
「でも、コレって本当に意味あるのかな…」
不満げに、頬を膨らませるユミィ。
『ワガママ言わない。意味があると信じて、頑張るしかないよ。それに、ユミィが憧れて望んだ仕事なんだから、コレくらい良いんじゃないの?」
「まぁね。
でも、理解出来ない。なんで、行かなきゃいけないのか。よく、分からない」
このすれ違っていく人混みの流れのように、自分がどこへ行くべきか。進むべき道が、よく分からない。それに今やらなきゃいけない事が、理解出来ない。
『だって、ユミィはまだ半人前でしょ?
まだ候補生なんだから、荷物とか集めるのが当たり前。それに、いつか…きっと集める大切さが、分かる時がくるよ』
「わかったよ」
人の流れに沿って、目的地(教会)に近い広場を目指す。人混みの中、ただ前を進む。人が多すぎて、街や店の様子なんて見られなかった。
途中、知らない人に謝られた。「大丈夫」
という返事も出来ずに、私はただ前に進んだ。人の流れが早くて、立ち止まる事が出来なかったから。
などと考えている間に、もう広場が見えてきた。白い石畳で整備された広場だ。広く開かれた場所。
その中心にある大きく白い建物…国立ギベール教会。それを囲む黒い鉄格子。
『とにかく、行くだけ行ってみよう。何か、僕らにでも出来る事があるかも知れないし。やり続ける事で、何か意味があるかも知れないよ』
「そうだね」
ソフラに促され、トボトボと教会に向かう。近くまで来ると、銀色の鐘が天辺に見えた。
黒い鉄格子の大手門。そこには、2人の門番が剣を手に、守るように立っている。
「TMSGだ」と言えば教会に入れると、資料に書いてあった。本当に聞いてくれるか、少し不安だ。
1、2回の深呼吸。意を決し、ユミィは大手門へ向かった。
「待て」
低い男性の声。
目の前で剣が交差して、ユミィの足を止める。銀色に輝く細い剣。それは太陽の光を反射して、目に入り眩しい。
「汝、何者だ?」
「TMSGの者です」
目の前の2人は、同時に頷く。彼らは背を向け、鉄格子を開ける。扉を開けて、門の前に戻る2人。さっきと同じ、剣を手にして立つ姿。その格好で、どちらが言った。
「さっさと、行け」
ユミィは彼らに一礼し、門をくぐろうとする。
「待て!コートを脱げ。置いてけ」
嫌だったが、しょうがない。家族にゴメンナサイと心で謝りながら、コートを脱いだ。
白みを帯びた淡い金髪…淡黄金色と呼ばれる長髪が、太陽の光を浴びて輝く。
綺麗すぎる整った顔。
美人といい、髪色といい…これは、すべてレーシェの特徴だ。そして、この顔は、王女に酷似している。なぜなら、ユミィは王家の血が流れているから。
彼女の姿を見た門番の顔付きが、変わる。酷く青ざめ、跪く2人。
「「王家の方とは知らず、失礼しました」」
2人の大きな声。丁寧すぎる言葉使いと言い、その姿と言い、嫌でも自分が王家の者だと思わせる姿勢。
「そんな…やめて。頭をあげて下さい、
お願い」
困り果て、オロオロするユミィ。他人から敬われる事は、好きじゃない彼女。そんな事はおいて、それでも跪く門番。
そんなユミィを、見かねたソフラが溜め息を零した。
『確かにユミィには、王家の血が流れてる。でも、レーシェや人の血も流れてる。普通に接して下さい。ユミィも、そう願ってるよ』
ソフラの言葉を聞いて、ようやく門番の顔が上がる。
「この事は、内密に。私が叔父に怒られるので」
ぎこちない笑みを浮かべて、一礼。
颯爽と門を抜けて、走って教会の中に入り込む。教会の中に入った瞬間、大きな溜め息を零した。本当だったら、コートのままで教会の庭とか見たかった。逃げるようにしてここまで来たから、足元の白い石しか見えなかった。
『結構、有名人だね。ユミィって』
「だから、コート取るの嫌だったよ。せっかく、滅多に行けない教会に行けるんなら、コート被って楽しもうと思ってたのに!なんなのよ!まったく、もう!」
教会の中なのに叫んでしまった。
それは、はしたない事。案の定、どこからか注意する声がした。
「静かにして下さい!」
高いソプラノの音。知らない誰かに、怒られてしまった。ビクビクしながら、周りを見渡す。あれ?…誰もいない。何だったんだろう…?
『怒られちゃった』
戸惑ったソフラの声。無意識に上を向くユミィ。
黄金色に、キラキラと輝く天井。よく見ると、それは水晶の欠片だった。不規則に天井に埋められ、キラキラと輝く様子は星空のようだ。
正面の奥に、透明な分厚いガラス。…何で透明なんだろう。
ここの教会、何だか変。
全部ステンドグラスにすれば、鮮やかで綺麗にだろうに。それに、ここにあるべき物がない。例えば、『聖天使像』とか。パイプオルガンとかは、ちゃんとあるのに。変なの。
「今日はもう日が登ったから、天使は見えませんよ。もっと早く来れば、見えましたよ」
さっきと同じ声。でも、さっきとは違って、優しいソプラノの音。
声を探して、奥の透明ガラスの方を向く。どこからか、女性…自分と同じか年上の女性がやってくる。
自分と同じ、白みを帯びた淡金髪。その髪を高い位置で、1つに結っていた。薄黄緑色のワンピース。
「さっきは、すみません。王家の方ですね?許して下さい」
恥ずかしそうに顔を赤らめる女性。
「いえ。こちらこそ、すみません。でも、私は王家でもあっても、一応一般人です。気にしないで下さい」
女性は翡翠色の瞳を見開いて、その後すぐに微笑む。
「分かりました。ユミィさん」
2人の距離が近くなった。
「はい、改めまして。ユミィ・リア・モーガンと申します。で、コッチが…」
『ソフラだよ!!』
説明してたのに、邪魔された。ま、いっか。女性と一緒に微笑みあって、握手をした。
「はじめまして、ユミィ。説明遅れました。私の名前は、レーネと申します」