考え事 2
トゥルヌミールの店の中。
パッと見、懐かしくて優しい雰囲気。
入ってすぐ、右側はカウンター席。左側は、椅子とテーブル。なんて事ない普通の店。だけど、全て手作りなので、ホッとする安心感がある。
他の客がいない事を確認して、コートを脱ぐ。…珍しい。有名店なのに人がいないなんて。
『コート脱いで、いいの?』
「うん。ここ、ジャスミンさん…元先輩の店だから。ここなら、バレても平気だよ」
「いらっしゃーい!」
カウンター席の奥、垂れ幕から女性が出てきた。黒の短髪をなびかせるジャスミン。その人は目を見開いて持っていたおぼんを放り出して、走ってユミィに抱きつた。歓迎してくれて、嬉しいが。…支えきれず、床に倒れてしまう。
ガンッと派手な効果音がして、床に頭を打つ。…とても、痛かった。そうしている間に、笑いながらユミィを立たせてくれた。
「ごめんね。まさか、あんたが来るとは
思わなかったよ」
「ニカッ」と、歯を見せ笑う彼女。色の黒い肌に負けない、真っ白な歯。相変わらず、変わってないな。まぁ、それが彼女の良い所だ。
「カウンター席にでも、座ってて」
そう言うと、入り口の方へ走る彼女。言われた通りに、入り口近くのカウンター席に座る。
『…ここ、ジャスミンの店だったんだ』
しみじみと呟くように言うソフラ。
「そうだよ」
『…やっぱり、元気だね。ジャスミンって』
「そうだね。いつも通りだ」
2人でバレないように、クスクスと笑いあう。
「だれが、いつも通りだって?」
いつの間にか、頬を赤いジャスミンが戻って来た。走ったんだろう。辛そうにハァハァと息を整えて。それから、ユミィの隣に座った。
『あれ?店は?』
頭上のソフラが、ジャスミンの肩に飛び移る。
「いいの!閉めてきた。だって、元後輩が来てくれたんだからっ!」
見てて清々しい笑み…シルベット先輩と同じ。少年のような明るい笑顔。
「で、どうした?こんな所に来て。愛華…嫌、ミカエルとかにでも怒られたか?」
「いいえ」
そう言うと、ジャスミンは眉間にシワを寄せた。
「なら、どうして?」
「明日から、転勤なんです。その前に、またジャスミンさんに会いたくて。…ダメですか?」
「悪かねえけど…。けど、転勤って大変だろ?仕度とか」
言葉を区切って、話すジャスミン。
「そうですね。でも、もう大丈夫です。準備は、もう出来てますから」
「そうか。それなら、良いけど」
ドカッとテーブルの上に、足を投げ出す。はしたない、女の子らしくない。
『はしたないよ、ジャスミン!』
私と同じ事を思ってたらしいソフラが、声を張り上げた。
「いいんだよ、ソフラ。細かいよ」
枯れ木のような細い指で、ソフラの頭をはじく。その途端、ソフラの顔が泣きそうになる。そんな顔を見て。
「ソフラを、いじめないで下さい!」
いつもより感情の入った声。自分でも、不思議だが。
「ごめん、ごめん」
パンッと、両手で拝まれる。先輩である彼女に、少し睨む。
「本当に、ごめんって!」
「上の者なら、寛大に許してあげて下さい。ソフラも、謝りなよ」
『なんで~!?』
「あんたも、悪い。優しく言わないと、ダメよ。キツい言い方だと、相手も自分も不機嫌なるよ。だから、不愉快にさせてしまっての『ごめんなさい』は?」
『ごめんなさい』
「こっちこそ、悪かった」
頭をかき、ソフラの頭を撫でるジャスミン。それを見て、口元が緩んで微笑む。
「よく出来ました」
私も、ソフラの頭を撫であげる。ソフラは、嬉しそうに笑う。
そんな光景を見ていたジャスミンが、気がつかれる事なく、静かに微笑んだ。
「まぁ…こういう時もあるな。まさか、この歳で後輩に怒られるなんて。思いもしなかったよ」
「あ、ごめんなさい」
今頃になって、羞恥で顔を薔薇色に染めた。そんな後輩の顔を、微笑ましそうに見つめ。
「良いって。そんな感じだと…TMSGも、変わってないんだな。後、どれだけ…犠牲者が出るんだろうな」
イライラした棘を持つコトバ。ほのぼのした空気を、一気に消す。かつて、前線で戦っていた雰囲気を醸し出す。このピリピリしている感じ。…私は、この空気はニガテだ。
「それは…」
続けようとしても、止まる話。隣にいるジャスミンの顔が、ドンドンと険しくなっていく。
「…私のようになりたくなければ。誰も信用するなよ。味方も、敵も。だって、信じたせいで、こうなったんだからな」
自らの豊かな胸に、手を当てる彼女。
「知ってると思うだろうけど…。もっと救助隊が早ければ、私は手術なんかしなくて良かったっ!!どっかのお偉いさんを、信じたのがバカだった!!」
悲しみを帯びた瞳、キツくて怒りを口調。…血を吐くような切ない思い。
「いいな?ユミィ、お前だけは信用するなよ、何もかも。私みたいに、何かを失いたくなければ。
いいか、私はお前の事を心配してる。だから、こんなに言ってるんだぞ」
「……」
何も応えられず、黙った。ユミィは、言わない。彼女の気持ちが、痛い程伝わってきたから。
…でも、私達は自分の命を捨てでも、赤の他人の命を守らないといけない。それが、誰だろうと、嫌いな人であっても。
……それがTMSG、時空特別警備隊だ。
たとえジャスミンのような目にあっても
、それが私達の仕事だ。そのような個人的な事は…「言い訳」と言われ、教官達に許されない。
だけど、人して…まぁ、私レーシェだけど。半神半人だけど…。
でも、でも…人して、そのような助けられた人を見殺しにするような事は、おかしいと思う。
2つの考えが、ユミィの胸の中で交差する。