考え事 1
*…*…*…*…*
それから、次の日の7月13日。金曜日の午前中。レイーシェル国内、サフラン。北に位置する、それなりに暑い今日この頃。
そんな街の、大きな繁華街の大公道。その道の両端に、ズラリと並ぶ店。ちょうど昼時頃のせいだろうか。平日だと言うのに、屋台やレストランは大行列。あれだけ賑やかなら、商人達は商売繁盛だろう。
そんな道行く人混みの中。
「暑いなぁ…」
ポツリッと、呟くユミィ。姿を見られないように、黒いコートを羽織っていた。暑い中にコートをしていたら、通り過ぎていく人達の視線が痛い。…私だって、好きでこうしてる訳じゃない。
『暑いなら、コートを脱げば?』
頭上から、少年の声が降ってくる。
ソフラ。人工知能型端末機が内臓され、人と同じように話す不思議な生物。手のひらサイズなので、持ち運びラクチン♪
…そんな事、絶対に言えないけど。というか、言わない。まぁ、そんな事は置いといて。
「ううん、脱がない。身分がバレると、大変だし」
従姉妹と違い、私は王位継承者ではない。だが、彼女と姿がよく似てる。私の勝手な行動で、家族に迷惑をかけたくない。
『そう。じゃ、倒れないでね』
「倒れないよ」
ぷぅと、頬を少し膨らませる。
ちょうど、そんな時。仲良く手を繋ぐ3人家族が、目の前を通り過ぎていく。みんな、笑顔で幸せそうに暮らしている光景。
『どうしたの?』
「ううん、何でもない」
切なくなった、悲しい訳じゃないのに。
…まぁ、そんな事より明日の準備と買い物。早く終わらせよう。なんだって明日は、早い。日が登らない内に、都市に行って本部に戻らないと。あ、シルベット先輩は大丈夫かな…。
「シルベット先輩は、今頃どこで何して働いてるんだろう」
『え?シルベットって、ユミィの恩人の事だよね?』
不思議そうに聞いてくるソフラ。
「うん。私がTMSGに入ろうと思った、キッカケの人だよ」
『でも、その人。TMSGを、もう辞めたんじゃないの?』
また不思議そうに、問いかけるソフラ。
「ううん」
首を左右に、軽く振る。
「結婚して、出産休暇と長期休暇で休んでただけ。夫婦で、いきなり復帰したの。昨日、もう異世界の任務に就いたらしいよ」
『へぇ~!復帰して、早々に異世界へ?
スゴイなぁ』
私達にとって異世界で働くという事は、とても名誉ある事だ。それと同時に、命懸けで重い使命を行う任務でもある…。どんなに強い人でも、優秀な人でも、遺体となって帰ってくるケースは…少なくない。
「そうだよ。私が憧れた人だもん。何でもかんでも、1人で仕事をこなす人だから心配。私達の事より、家庭の事だけ考えれば良いのに」
とは言いつつ、シルベットと同じ仕事が出来る事は、嬉しい。なんたって、『あの日』憧れた前日だもん。帰って来てくれて、本当に嬉しい。
『そうなんだ!』
「うん」
『あ!そういえば、ユミィはその子供に会いに行った?』
楽しくて、弾む会話。
「うん。とても、可愛い女の子だったよ。桜色の髪で、シルベット先輩に似てたよ」
『へ~!僕も見たかったなぁ』
羨ましそうに言う彼。
「会えるよ、絶対。そういえば、その子はね
-ー…」
そう言いかけ、会話が途絶えた。ある建物の前で、立ち止まった。ここは…。
赤レンガが印象的な、暖かみのあるカフェ。オシャレの看板には、
『トゥルヌミールの店』と書かれてる。間違いない。ここだ、ここに来たかったんだ。
『トゥルヌミール…?何ここ?』
「カフェ。サフランで有名なカフェで、レイーシェル観光案内で必ず紹介される所よ」
それまでフードの中にいたソフラが、フードから出てきた。
『おもしろそう!早く、行こう!』
ユミィは微笑み、歩き出す。