ガーゴイルの根城
「大喬の妹の小喬と言います。」
結局、ついてきたのは大喬さんだけではなかった。
大喬さんにそっくりな妹さんがついてきた。
だが、小喬さんはわずかに日焼けしているように見え、目つきも鋭いように見えた。印象としては大喬さんが美しく、小喬さんが凛々しい、といった所だろうか。
「大丈夫かな……。」
「大丈夫ですよ。」
僕の声に黒田君は馬を操りながら請け負った。
さっきと同じように、僕は黒田君の馬に相乗りしている。牧人は小喬さんと相乗りし、大喬さんは普通に一人で馬を操っている。
「何で大丈夫だと言い切れるんだい?」
「あー……ここからはオフレコですけど。」
黒田君はチラリと背後を見ながら言った。
「彼女ら……喬姉妹の従兄弟なんです。私は。」
「へぇ。」
なるほど、それで村にガーゴイルがいた時に黒田君は我を忘れて走ったのか。
「だから、彼女たちの……お?」
黒田君はそこで一旦口を噤んだ。
「ん?どうしたんだい?」
僕は不審に思いながら彼の肩越しに前方を見た。
廃炭坑のような場所があるが……。
「あそこがガーゴイルの住処と聞きましたが……気配がありませんね。」
「もう中野先生達が掃討したのかな?」
「―――そうですかね?」
「とりあえず、行ってみましょう。」
小喬さんが横に並ぶと、そう言った。
黒田君は頷くと、小喬さん達を庇うように前に出ながら馬をとことこと歩かせて進んだ。
確かに気配は感じない……。
「いや、います!」
鋭く叫んだのは小喬さんだった。
その瞬間、ヒュンッと風を切る音が聞こえた。
いや、感じたという方が正しいかもしれない。僕は反射的に剣を抜き払うと一閃した。
それと同時にいくつかの何かが僕の脇を通り過ぎた感覚がした。
次の瞬間、地面にカランカランと何かが落ち、後方から、くっ、という呻き声が聞こえた。
視線を足下にやると、矢が二本程斬り捨てられていた。
どうやら、僕が反射的に斬ったらしい。
そして背後を振り返ると、小喬さんが少し痛そうな顔で頬を擦っていた。
そこには真一文字に切り傷が走っていた。
「抜かりました……。」
彼女はそう言いながら、両手の物を見せた。
その手の中には十本程の矢……。
それを素手で掴んだらしい。ほんの一瞬で。
―――この人、ただ者ではない……!?
「くそっ!」
「あ、おい!」
と、牧人が突然、馬から飛び降りて駆け出した。
まさに流星の如く、という表現が相応しい。
だが、どこに罠があるか分からない以上、止めないと!
僕も馬から飛び降りると黒田君に叫んだ。
「僕は牧人を止めるから、とりあえずここで待っていて!」
「分かりました。」
僕は牧人を追いかけて駆け出した。
彼はすでに炭坑の中に入っている。
らしくない。僕はそう思いながら力強く地面を蹴った。
牧人は足が速いが。僕も本気を出せば追いつけない訳ではない。
「待てよ!牧人!」
そして、ようやく追いついて牧人の腕を掴んだ。
「くっ!」
「ここがどこだか分かっているのか?」
僕は言い回しで全てを悟らせようとした。並はずれた思考能力を持つ牧人であれば、この問いかけはもはや言い回しとは言えない程安直な言い回し。
だが、それは普段ならば。
「離せ!あの不届き者を討たねば!」
「罠があるかもしれないだろ!」
仕方なく、僕は割と直接的な言い方で怒鳴ると、ようやく彼は我に返ったようだ。
と、その瞬間、地面が大きく傾いた。
「うおっ!?」
「くっ!」
僕と牧人は体勢を崩して傾いた方向に転がり落ちていった。
ゴロゴロゴロ……ドスンッ。
途中から僕は丸太のように転がって落ちていき、無事平面の場所にも着地した後も数メートル転がっていった。
その方が衝撃がないからだ。楽しかったし。少し気分が悪いけど。
ズサササササッ……すとっ。
少し遅れて両手両足を急斜面について摩擦を最大にしながら滑ってきた牧人が華麗に着地した。
さすが優等生。罠を掛かったとは思えない程優雅な身のこなしで立ち上がる。
「―――悪い、忍。」
「いや。」
僕も立ち上がりながら牧人と共に急斜面を見上げた。
落とし穴に落ちてしまったらしい。僕らは四畳ほどの空間にいた。
角度は七十度ぐらいあるのではないだろうか。転がったり滑ったりするのがぎりぎりなレベルだ。自分ももはや垂直に降りていった、と言っても過言ではないかもしれない。
「どうやって上がる?素手じゃ上がれないぞ。」
「そうだな。」
上まではおよそ五メートル。僕らが三人肩車すれば一番上の人の手が落とし穴の縁に届くかどうかだ。
僕は青龍刀を抜くと、その急斜面に刃を傷つけぬようそっと突き刺した。
感触が土だったので刺さるかと思ったが……。
三センチ突き刺さった所でコツンと何かにあたった。感触から言って鉄板か。
「ダメだ。下に鉄板が仕込んである。突き刺せない。」
「そうか……。」
牧人はそう言いながら、急斜面に寄りかかって座った。
「―――少し休もう。魔術を使えば何とかなるかも知れない。少し休んで体力を戻す。」
「ま、それがいいか。」
僕はそう言うと、彼を見習って急斜面に寄りかかって座った。
「―――そう言えば、さ。」
僕はちらっと牧人の方を見ながら言った。
「僕らと違って牧人は、その、魔術師試験ってのを知っていて受験したんだよね。」
「ああ、そうだよ。」
「何で?どんな理由で?」
「魔術師に憧れていたから……っていう理由では、ダメかな?」
「割と現実を見る優等生牧人君が?」
「―――そうだよ、って言い張れば言い張れるけど。正直な所、別な理由がある。来たる時が来たら話すよ。」
つまりは、黙秘か。
まぁ、家の事情とかそういうのだろうな……。
「忍も何でここまで来たんだい?」
「え?」
「魔術師試験なんて聞いたら、普通は馬鹿馬鹿しいと一蹴して帰ってしまうんじゃないのかい?」
「興味本位で来ただけだよ。」
(嘘ばっかり。)
僕が適当に答えると、精霊は鋭く言った。
(何故、嘘と言い切れるんだい?)
(貴方とこうやって心を通して会話できるのよ?貴方の抱いている感情ぐらい理解できるつもりよ。)
(お前には、嘘がつけないな。)
僕は心の中でぼやくと、牧人の方を向いて言った。
「魔術師試験を半分信じたのは……自分が魔術師であって欲しいと願っていたからなんだ。」
突然、話し出した僕に牧人は驚きの色を表したが、ただコクンと頷いて続きを喋るよう促した。
「それは……今から四年程前か。」