魔術の基本
「―――申し訳ない。」
中野先生は小屋の中で頭を下げた。
ちなみにこの小屋は岩窟の近くにあった小屋である。
どうも、先生のお仲間の基地らしい。
「まさか、アイツがあんなに早く動くとは思わなかった。」
「アイツ、とは?」
僕が訊ねると、中野先生は少し考え込んだが首を振った。
「まだ教えられない。上にもこのことは話さねばならない。」
「―――そうですか。」
ガルムは残念そうに言うと、傍らの杖に手を伸ばした。
これがガルムの選んだ武器らしい。
「―――援軍は要請した。今日はゆっくり休んでくれ。」
先生はそう言うと深くため息をついた。
僕は、外に出ている、と呟いて小屋の外に出た。
小屋の外は静かであった。
鳥一つ鳴かない。ただ、星だけが僕を見下ろしていた。
(―――気分は、どう?)
声がした。戦闘中の時の。
「―――君は一体、何者なんだ?」
僕はその声の質問を無視して単刀直入に訊ねた。
(私は青龍の精霊よ。刀に宿り力を持つ物を見極め、力を貸すために作られた精霊。)
「……刀の精霊さんか。じゃあ、あの時、力を貸してくれたのも。」
(そうよ。貴方と一時的な契約を結んだ。それで私の力を引き出しただけ……。ねぇ、魔力を少し分けてくれない?)
精霊は少し気怠げな声で僕に強請った。
「あ……でも、どうするんだ?」
(簡単。胸の奥にある力の根元を引っ張ってきて私に移してくれれば良いの。)
「何か難しそうだけどなぁ……。」
僕は青龍刀を引き抜くと、意識を集中させた。
胸の奥って言うと……肺の辺りかなぁ……。
力の根元……よく分からないような……。
(例えば、さ。)
そこで精霊は口を挟んだ。
(誰かに頼りにされて力が湧く時ってどこから力が出る?)
ああ……大体、分かってきた気がする。
胸の奥底―――根幹にある何か、それだ。
僕はそれをある程度引っ張り出すと、腕、手、と移動させてファルシオンの中に流し込んできた。
(あ……うぅん……あはぁ………いいっ……。)
―――あの、もう少し声を抑えて頂けますか?
それを長い時間掛けてファルシオンの中に流し込むと、精霊は満足そうな声を出した。
(ありがと。これで後二百年は持つわ。)
「二百年も?こんな魔力で?」
(貴方の魔力って凄く濃厚だったんだもの。それに、省エネモードだったら長く持つわ。)
「へぇ。」
(一々、口に出さなくても心の中に言葉を浮かべれば聞こえるわよ。)
(こ、こうか?)
(うん、上手。)
精霊は上機嫌そうに言った。
(そりゃ、どうも。)
僕は苦笑しながら礼を言って丁寧に刀を鞘に戻した。
そして、小屋に戻るべく足をそちらに向けた。
「おう?」
僕は部屋の中に入ると、思わず目を丸くした。
剛、ガルム、牧人が各々の布団の上で魔術書を前に何かをやっているからだ。
「ん……こうかな?牧人。」
「いや、もう少しこう拳をきつく……。」
「あ、忍、戻ったんだ。」
ガルムが僕に気付いて声を掛けた。
僕は頷くと、敷いてある布団のうちの一枚に腰を下ろしながら言った。
「布団を敷いてくれたんだ。それで、魔術の訓練、と。」
「そう。先生は少し散歩しに行ったよ。裏口からさ。術は少しは出来るようになったよ。」
ガルムは自慢げに言うと、左手の掌に右手の拳を突き合わせた。
「雷陣、《雷閃光》!」
次の瞬間、バチッと閃光が目の前を走った。
「これは目眩ましの一環かな。弱い雷術は大概出来るようになったよ。」
「へぇ、すごい。」
僕が感嘆していると、ガルムは少し照れながら言葉を続けた。
「属性で得手不得手があるそうだし、牧人の方が土や水を使えて強いもん。俺なんて……。」
「でも、初見でこれだけ出来るってすごいよ。」
牧人はそう言いながら両の手の拳を突き合わせた。
「土陣、《土流壁》。」
すると、彼の目の前に土の壁が出来た。
「グレード高ぇ……。俺なんてまだ一個も出来てねえよ。」
剛は悪戦苦闘しながら言った。目の前で手の甲に掌を重ね合わせる。
「水陣、《水鉄砲》。」
すると、指先から水が出た。ちょろちょろと頼りなく。
「あ……まぁ、出来るじゃないか。」
僕がそう言うと、剛は噛みつくように言った。
「忍はどうなんだよ!やってみろよ!」
「えー……。」
僕は少し苦笑しながら魔術書を開いた。
「えっと……。」
僕は実践で使ったのは風だったから……印の組み方は普通に掌と掌を合わせるのでいいようだな。んで、肝心の呪文は―――。
そうだな、これでいいか……。
僕が目星をつけた呪文は空気砲。術者によって威力の変わる空気の砲弾、と魔術書には書かれている。
よし、これを使うか。
精霊さんに魔力を渡した時のように魔力をある程度引っ張り出して……。
僕は準備を整えると印を組んで呪文を唱えた。
「風陣、《空気砲》!」
どうっと目の前から空気の波動が生じ、剛に直撃した。
「ぐほぉっ!」
剛はそれを腹に喰らって思いっきり吹っ飛んで壁に叩きつけられてのびてしまった。
「あちゃ……大丈夫、だよな?」
「うん、剛だもの。」
ガルムは保証すると、魔術書を閉じて布団の中に潜っていった。
「疲れたから寝る。」
「ああ……じゃあ、僕も。」
「そうだね、寝よ。」